エルフっ娘とクレープ
「今日こそは負けないんだよっ!ロアちゃん!」
今日、私は1人の少女に宣戦布告をしていた。
なぜかと言うと、いつも私はこの勝負で負けていて一度も勝ったことがないからである。
口にパンをくわえたその少女は美味しそうにそれを齧りとると、興味なさそうに私の方へ顔を向けた。
その表情からして少し面倒くさそうでもある。
「あのねラクア、食べ物は争って食べるもんじゃないの。美味しく食べたもん勝ちなんだよ」
「む…た、たしかに…!!」
そう、私は今大食い対決を申し込んでいたのだ。だが正論を言われてそれに納得してしまったらもう勝負に持ち込むことはできない。
まあ私もそこまでして大食い対決したかったわけじゃないんだけどね!私少食だし!
「あ、でさラクアー。最近近くにできたクレープ屋知ってる?どうやら人間から技術を伝授してもらったらしくてさ…ボクもうあれが食べたくって食べたくって…」
急に話題を変えたと思ったら、急におねだりしながら私の方へ近づいてきた。もう口から溢れるようによだれが垂れ流しになっている。食べ物のことしか頭にない証拠だ。
忘れていたけど…というか最初に呼んでたけどこの少女の名前はロアちゃん、この言動からわかるように食べ物のことで右に出るものは1人たりともいない。食い意地が凄いということだけで村でも結構な有名人だ。
それにこれだけ食いしん坊なのにスタイリッシュな体型してるからね…!!胃袋ブラックホールだよ!
「クレープ…クレープ〜」
ちらりとロアちゃんの方へ目線を向けてみると、彼女はすでに自分だけの世界に入っているのか、幸せそうな顔でよだれを未だに垂らし続けていた。
「わかったから…よだれ拭かないとだめだよっ!」
私は未だに未だに妄想しているロアちゃんの口元を拭いてあげると、ロアちゃんを戻ってこさせるために両肩をゆさゆさと揺さぶった。
「はっ」という声を漏らすと同時に意識を取り戻したロアちゃんはキョロキョロと周りを見渡している。
そんな自分のいた場所も曖昧なほどに妄想していたとは…妄想の力恐るべし。
でも、人間の技術をそのまま受け継いだクレープかぁ。今まで私も人間の作ったものなんて食べたことないし、正直興味深々だよ…!
聞いたことはあっても見たことはないし、クレープの姿形も、中にクリームが入っていることしか知らない。考えるだけでよだれが出そうだよ、甘いのかな、辛いのかな…もしかして苦かったり!?
「クレープ…クレープかぁ〜、クレープクレープ〜」
「ラクアも自分の世界に入り込んじゃってるよ!!」
私は「はっ!!」と起こされるように元の世界へと戻ってくると、そのまま辺りを見渡す。周りはいつもの村と変わりなく、近くの住居が私たちを囲んでいた。
まさか私までも妄想の世界へと落とされてしまうとは…これが、クレープ。クレープ恐るべしだよ、侮っていい相手ではないようだね。
私とロアちゃんは顔をあわせると、うんと2人とも頷き、右腕を掲げた。私とロアちゃんもどうやら考えていることは同じのようだ。
「「打倒クレープ!!私[ボク]たちは絶対クレープなんかには負けないんだよ!!」」
私とロアちゃんはそう叫ぶと「おぉぉぉぉ!!」と雄叫びをあげながら、前方へと歩き出した。目指すはクレープ屋、標的はクレープ!ニコニコと満面の笑みを浮かべたまま私たちは前進する。
だがしかし、ここで私は重大な問題に気づいてしまった。そう、私はクレープのある場所など知らないのだ。どこにあるのかもわからないのにただ歩くなど時間の無駄でしかない。
所詮私たちはクレープの足元にも及ばなかったということなのか…!!
私は悔やむように地面に拳を叩きつける。が、そんな私を元気づけるようにロアちゃんが私の肩にそっと手を置いた。そして、任せろとでも言うように1人再び前進し始める。
「ラクア、いい匂いがする方へ行けば必ずクレープはあるはずだよ…!!」
何の根拠もない理由…しかしその一言は、策の無くなった私を勇気づけるのには十分すぎる一言だった。
私は差し出される手を握りながらゆっくり立ち上がると、少し恥ずかしそうな笑みをロアちゃんに向ける。
そうだよね、2人で力を合わせればきっとクレープも出迎えてくれるはずだよね。
「うん、行こうロアちゃん!」
「あ、ラクア。ボクシュークリームも食べたい」
ふわふわの生クリームが折りたたまれた生地の中に入っている食べ物を食べながらロアちゃんはそう言った。
美味しそうなそのクリームの入ったその食べ物をたいらげると、何やらいい匂いのする方向へ指差し、ロアちゃんはそう言ったのだ。私は直感的にそれがクレープであることを悟った。
私は無言でロアちゃんの口元についたクリームを眺める。そしてそれを拭いてあげると、同時に大粒の涙を流しながら口を開いた。
「ロアちゃんの裏切りものぉぉ〜!!」
私が急に泣き出したことに驚いたのか、ロアちゃんは慌ててもう片方の手に入れ持っていたクリームを生地で折り包んだ食べ物、たぶんクレープを手渡す。どうやら最初から用意していたのだろう。
手元から漂う甘い香りに私の涙は出し尽くしたわけでもないのにどこかへと消えていった。
「ご、ごめんラクア。驚かそうと思ってたんだけど、まさか泣くとは思わなくて…」
私は顔をぶんぶんと横になって振りながら涙を拭き、何も言わずそのクレープに口をつけた。
そしてぼそりと「ありがとう」と付け加える。
まさか私のぶんまで買ってくれてたなんて…感謝の気持ちで一杯だよ。私は心の中でそう思った。
そして作戦成功と思った瞬間、ロアちゃんにクレープを無言で奪われた。




