最後からちょっと先の、でも過程のお話
フロアにドアベルの音が響いた。
「いらっしゃいませ」
すぐさま駆け寄って人数を確認し、空席へ案内する。開いたドアから吹き込む冷気が、暖房を効かせているせいで乾燥している顔に染みた。
「潤ちゃん、3番さんにこれお願い」
「承知です」
店長から料理を受け取り、伝えられた通りの席へ運ぶ。帰り際、隣の席にあった空の皿を片付けながらカウンターへ戻る。
店内は落ち着き始めていた。午後三時を過ぎると、やはりどうしても客足はまばらになってくる。ウチの看板は店長のコーヒーと料理だから食事時に来客が偏るのはやむなしではあるが、これではただのレストランだ。以前「もう少しカフェっぽくデザートとか力入れないんですか?」と聞いたら、「アタシ甘いもの苦手なのよね〜」と言われた。もう看板にカフェって入れるの辞めればいいのに。
洗い物を一段落させて、束の間の休息に入った。カウンターの中から何の気なしに広いフロアを見渡すと、相変わらず陰気な店だなぁ、と思う。
僕だけではないのだと思う。窓の外に見える道行く人々もきっと同じ気持ちだ。照明の問題ではない、明るさが、この店には足りない。
玲さんが辞めたあの日から、一年が経った。
この一年で、これまで玲さんが担っていた役割は僕のものになった。
例えば、シフトの量。就職活動が終わって久しい今日この頃、僕は毎日のようにレインダンスで縦横無尽に働いている。おかげで玲さんが一人でこのフロアを切り盛りしていた時分の忙しさを身に染みて感じていた。
一方で、玲さんが必然的に担っていたこの店のマスコット的役割というのは、やはり僕のような一介の男子大学生には荷が重く、そもそも跡を継げないし継ごうとも思わなかった。そのせいか、玲さんがいた頃は季節に応じてジグザグのグラフを描いていた売上も、辞めて以降は当時の平均より少し下の水準でただひたすら横ばいとなっていた。
仕方がない、と自分でも思いつつ、やはり少なからず力不足を感じるのは否めない。だが店長は何も言わない。それが是である、とでも言うように、いつも通り料理とコーヒーのオーダーを捌いていく。しかしその変化が少なからずこの店の先行きに影響が出ていることは、ただのバイトである僕としても察しがつく。
そんなタイミングで僕がレインダンスを辞めるのだから、なおさら店長には申し訳ない気持ちが先に立ってしまう。
玲さんが辞めて丸一年。大学卒業のタイミングが近づいてきた今日、僕もまたレインダンスを辞める。
冬に差し掛かってそのことを店長に伝えた時、案外あっさりと了承をもらい、簡単に励ましの言葉さえもらってしまった。その言葉に冷たさはなく、心地のよい蝋燭の炎のようなあたたかさがあった。やはり慣れたものなのだろうか、と思う一方で、特に何を期待していたわけでもないが、思いのほか淡々としたその対応に僕は面食らってしまった。
ひとつ気がかりなのは、僕が辞めることを伝えてから……いや、伝える前においても、人を採ろうとしなかったことだ。
玲さんが辞めた段階では最終学年も目前というところだったし、あと一年もすればそんな日が来るだろうと予想はできたはずだった。仕事の習熟期間も考えたらもう一人や二人採用してもいいものだが……まさか僕が留年するとでも思っていたのだろうか。はたまた、誰にも言わずひっそりと店を畳むつもり、とか。
そんな馬鹿なことが──と思いつつ、あながち間違いではないのでは、と不安になる。この店の、仕事でも存在としても要であった玲さんはもういない。今日、僕が辞めれば、この店にはもう店長しか残らない。店長のモチベーションとしてはどうなのだろう。それにとても本人には言えないが、ボディービルダーのような男が一人でやっている陰気で胡散臭い店に誰が来るというのだろう。
「……はあ」
思わず嘆息が漏れる。
店を辞めるというタイミングになって店のことを一層心配しているとは、僕もなかなかこの店に浸かってしまっているらしい。
「……僕、今日辞めますよ。何か一言とかないんですか」
「ん?」
昼時くらいから居座り続け、店長が料理の片手間で作ったショートケーキを美味しそうに食らうももこさんに、僕は心から悪態をつく。
「はえ、ほうはっへ?」
「真っ先に伝えたじゃないですか。なんなら店長に話す前に」
ももこさんは口の中のケーキを飲み込んで、いつものカフェオレを(ストローで)呷った。
ここ一年くらい安定した人気を保ち続けているももこさんは、半年前からドラマの撮影か何かでトレードマークだったツインテールをばっさり切って、昨今流行りのボブにしている。その髪型がファンの受けも自分の受けもいいらしく、最近はカフェオレを飲みながら、しきりに肩につかないくらいの毛先をくるくると弄ぶのが癖になっていた。特に興味のない話の時はいつもそうだ。今もそうだ。
「ぷはー。そういえばそうだったわね」
「祝い品を所望します」
「客に物をせびるな。あたしはね、この一年間あんたにがっかりしっぱなしなのよ」
もみくちゃになった毛先を解放し、カウンターに肘を立て、話を急に変える。
「いつになったらいい報告を聞かせてくれるのかねー」
親戚のおばちゃんのようなご指摘に、僕はつい、聞かなかったフリをした。
あの日──駅で玲さんと話した最後の日以来、僕は一度も玲さんと会っていない。連絡もしていない。理由は単純に、玲さんには自分の夢に集中してほしいから。
まずは玲さんに、進みたい道の方向を一心に見ていてもらうこと。それが、あの日僕が口にした言葉を実現するための、まず最初の一歩だと思った。
具体的にどういう関係になりたいとか、それを言うのかどうかとか、今は考える必要はない。会えないわけじゃない。何より、僕があの日想いを伝えたのは、玲さんの選択を僕自身が尊重したいと思ったからだ。玲さんが夢に集中できない環境に僕自身がしてしまうのは、何か違う。
「……冗談よ。まあ、あんたのことだから、あたしがいくら言っても何もしないんだろうけど」
僕の頭を覗き見たような台詞を吐かれて、まさにその通りだと、また無言を貫く。
「でもそれだけ何の音沙汰もないなら、玲も忘れてるんじゃない? あんたのことなんか」
「縁起でもないことを……」
「だって、あたしならそれはそれ、これはこれって考えるけどね。どうせ会える距離にいるんだし」
「……願掛けなんですよ。ひとまず受かるまでは会わないっていう」
「誰の?」
「僕の」
「笑止」
ここ最近で一番ムカつく含み笑いだ。そのふわふわの髪が揺れる度に煽られている気がする。
「ま、その心意気と気遣いだけは褒めるに値するけどね」
やれやれと息をつくももこさんが憎たらしいのは今に始まったことではないが、まあ……玲さんのことが気にならないかと言われると、無論そんなわけはない。
聞かなかったフリをしたのも、その裏返しだ。頭の中で、去年のあの日の僕と、それはそれ、これはこれな僕が鎬を削っている。ももこさんにはそこまではバレていない。でもやっぱり僕は、こんなにも優柔不断なのだった。
それでも表に出さないところは成長したな、と自らを鼓舞していると、
「潤ちゃん、お店も落ち着いたし、外の掃除しがてら様子見てきてくれる? 天気悪くなるらしいから」
キッチンから顔を出した店長が言った。
「了解です」
「がんばってね、万年雑用係さん」
「偉大なる雑用係と言ってください」
また満面の笑みでショートケーキを頬張り始めたももこさんを置いて、僕は店から出る。
「──お」
途端、鼻頭に何かが触れた。冬の終わりのまだ冷えた空気よりも一段と冷たい何か。
雪だった。
ゆらゆらと行く宛てもなく重力に引かれて落ちていく雪が、うっすらと、冬の暮れの景色に大雑把なまだら模様を残しながら降り始めていた。
季節外れもいいところだ。店の前を歩く人々が、僕と同じように顔で冷たさを感じてから、堰を切ったように歩みの回転数を上げている。
彼らを見ながら、僕は不思議と、小さな高揚感に包まれた。
もう幾ばくか日を経れば、僕もそちら側だ。残りわずかなモラトリアムにピリオドを打つように、僕は店の裏手から取ってきた竹箒を華麗に捌き、砂を掃く。この掃除が終われば僕もこの店からお役御免となる。最後の奉仕作業と言い換えてもいい。お金は貰っているけど。
この高揚感は、別にもう少しでそちら側に行けることへの期待などではない。かと言って、まだ社会に身を投じていない僕の、このモラトリアム的立場にいるが故の余裕からくるもの、というわけでもない。
もっともっと低いレイヤーの、この世界にとってみればあまりにも些末な、僕だけの直感。
雪の日は、何かいいことが起こる気がするのだ。
◇
バイトの初日から早速遅刻する人って、どんな人だろう。
いやまあ、それは私であり、自分のせいではあるのだが、運命的にそれを回避できたかと言われると難しい話だ。誰だって電車で目の前の席のおばあさんがぐったりしていたら、心配して声をかけて、最寄りの駅の医務室に付き添うくらいはするだろう。
「はっ、はっ……」
そしてそれを巻き返そうとして、こうして走っているのである。言い訳を考える前に足が動くのだから、我ながら律儀だと思う。
使う路線も駅も、久しぶりというだけでかつてと何も変わらない。前は何度も通っていたからこそ足は勝手に動く。いい感じだ。これならまかないを一品減らされるくらいで済むだろう。
そして走りながら、思う。
「いや、キッツ……」
そりゃそうだ。机に向かうばかりで、一年近くまともに運動していなかったのだから。
立ち止まり、深呼吸を二、三度して、強引に息を整える。
そうして体力の低下に直面している私の心は、不思議と穏やかだった。もうちょっと動いておけばよかったとか、そういえば少し体が重く感じるけどもしかして……とか、運動不足による後悔のようなものは何もない。
ただ──こんなにも見慣れた景色が新鮮に感じるのは、最後にこの道を歩いてから丸一年が経ってしまっているからか、この春から通う大学も同じ動線であるからか。
主には、変化した私の立場がそう感じさせているのだと思う。今までとは違う別の何かになったような気がして、この脚もまるで誰かのそれを借りて拙く動かしているような気分で。浮き足立って地に足つかない感覚。目に入るものも、知らない誰かの目で見ているようだ。
そんなもつれた状況の中でも一目散にバイト先へ向かうのは、罰の軽減のためと、少しの緊張と、それに何より……楽しみだから。
この心情は、一年間の証明だ。我慢した私、努力した私、結果を出した私が、一年間頑張ってしまったツケなのだ。
この日を待った。ずーっと待った。でも待っていたのは、私というよりはたぶんあの人たちで。もっと言うと、あの人で。
その顔を思い出すだけで、私はまた走り出せる。体が引っ張られるように、自然と足が前に出る。
会いたい。
早く会って、全部伝えたい。
お礼と、謝罪と、この一年の間に変わった私のことを、全部、全部──
「──っ……」
見えた時には、もう止まれなかった。
古ぼけた外観の、見慣れた店。着いたと思う間もなく、彼はその店の前にいた。
竹箒を持ったまま、急に電柱の影から飛び出してきた私を見て呆然としている。むしろ驚いているのは私の方だった。心の準備ってどうやるんだっけ。そういえば最初の一言目を考えていなかったな。というかそんな都合よく外で掃除してるか普通。
「……玲さん?」
時が止まったと錯覚して数秒、彼が口を開いた。
「……い、いかにも」
「?」
「あ、じゃなくて、はい。お久しぶりです……潤さん」
私を見る彼──潤さんの目が丸くなる。
一年ぶりに見る潤さんは、少し髪が短くなったくらいで、あまり変わっていなかった。どうなっていることやらと内心楽しみにしていた私は残念さを感じつつも、ちょっと安心した。
安心して、目の前にいるのが潤さんなのだと、心の中で反芻した。
自分でも分かる。私は今、余程惚けた顔をしているのだろう。
「えっと……」
だから言葉に詰まるし、あまり彼の方を見ることができない。我ながら愛いやつだ。数十秒前に巻き戻りたい。
「あの、今日は……」
「やっぱり来てくれましたね」
「え」
潤さんが優しく微笑んだ。
「ど、どうして」
「雪が降ってきたから」
鼻先を冷たい何かが掠める。
見上げると、そこでようやく、空からふわりふわりとまばらな雪が降ってきていることに気が付いた。
「一年前のこの日も降ったし、一年後の今日も降るなら、きっと何かいいことがあるんじゃないかなって思ったんです」
淀みなく、真っ直ぐに潤さんの言葉が伝わってくる。
一年会わないだけで、こんなにも簡単に踊らされてしまうのか。心の中のどこか足りなかった部分が、潤さんの言葉で埋まっていく。かつての私は本当に幸せ者だったんだなと思い知らされる。
「と、いうか……玲さん、なんでメイド服なんです?」
「……今日からまたレインダンスで働くんです」
「あーなるほど、そういう──は?」
「今日は大切なものを返しに来ました」
「いや、それより今なんて……」
「そんなことより、今日は大切なものを返しに来たんです。手を出してください」
そう言うと潤さんは、怪訝な顔で何度も首を傾げながら手を差し出してきた。私はショルダーバッグからあるものを取り出す。
「それって……」
「潤さんが初めてレインダンスに来た時、貸してくれたハンカチです。返すのが遅くなってごめんなさい」
折り畳んだハンカチを潤さんの手に乗せ……そのまま、両手で握り締める。彼の手の甲の冷たさが掌をくすぐった。
「あ、ありがとうございます。でも別に返さなくてもよかったのに。僕も今の今まで忘れてたくらいですし……」
「潤さん」
「は、はい?」
つい、握る手に力を込めてしまう。
言葉にする前に口から飛び出してしまいそうな気持ちを、なんとか飲み込む。
あれもこれも、伝えようとすればするほど、集約されていく。
「私の背中を押してくれて、ありがとうございました。私の夢のために迷惑をかけてしまっていたら、ごめんなさい。でも……」
想いが、体を追い越していく。
ずっと夢見ていたわけじゃない。
かつて私は、心のどこかで、ただふんわりとした意識のまま、レインダンスで働く日々が続けばいいと思っていた。
何も変わらない日常の中に、私という存在が溶けていく。とてもいい気分だ。昔からの仲間がいるこの店が心地よかった。ここにいる間だけが、本当の私でいられる気がした。
それは虚構でもなんでもなくて、ただただ純粋に私の胸の中にある事実だった。店長の淹れるコーヒーが至福と共にお腹を満たしてくれる。そんな幸せを漠然と感じ取って、漠然と望み続けていた。
でも、違った。
その望みは、これまで自分自身の過去と真正面から向き合おうとしなかった私の、ただの逃避だった。レインダンスに集まるみんなと過ごすのが楽しくて、嬉しくて、こんな日々が毎日続けばいいと思いながら、私は縋るように自分のことから目を背けていた。
それに気付かせてくれたのは、潤さんだった。
目を逸らした先にある尊く虚しい日常の中に、潤さんが飛び込んできた。流れていく日々の中の小さな出来事だと思った。私が望む穏やかな世界の、期間限定の登場人物なんだと思った。
そう、思っていた私を、潤さんはことごとく裏切っていった。
どうしてそんなに、何かに立ち向かえる力があるんだろう。
どうして迷っても、最後は前を向くことができるんだろう。
どうして──こんなに、この人に引力を感じるんだろう。
不思議な人だと思った。同時に理解しようとしてもできない自分がいた。そもそも私自身、新しい誰かを理解しようとしていたこと自体に驚いたが、それがどういうことなのかを知るのに、あまり時間はかからなかったように思う。
これは、憧れだ。
そう思い至った時、やっと自分が、外側しか見ていないことを知った。
私の中の脆く傷つきやすいと思い込んでいた部分を覆い隠して、見ないようにしていた。その方が楽で、目を背けてさえいれば、過去は何事もなくただそこにあるだけだから。
潤さんが、気付かせてくれた。
そして強く憧れた。この人のようになりたい、この人の隣に立てるようになりたいと、心の底から思ってしまった。
じゃあ、どう実現する? ……なんて疑問は、それこそ解決するのに時間は必要なかった。
今まで逸らしていた目を向けるべき場所は二つ。
ひとつは、過去。そしてもうひとつは──
「夢に一歩、近づきました」
強く言えた。この一年間の集大成とも言える言葉。潤さんに一番伝えたかった言葉。
「それって……受かった、ってことですか?」
「はい!」
「お、おぉ……!」
どこかで聞いたようなセリフで驚く潤さんは、勢いよく両手で私の手を握り返してきた。
「おめでとうございます……本当に、おめでとうございますぅ!」
「なっ、なんで潤さんが泣くんですか!?」
ポロポロと涙をこぼす潤さんの顔を、渡したばかりのハンカチで拭く。ああ、また後で洗って返そう……。
本当に、この人は──
「おぉ、ですよね、玲さんが泣いてるのに僕が泣いちゃダメですよね」
「え」
言われて、目元を拭うと、指先が濡れていた。
「あ、あれ……」
驚き、戸惑う。今日はこんな泣きっ面を見せに来たわけじゃない。
「そ、そうですよ、ここは私が嬉し泣きしてるので、潤さんはどーんと構えててください!」
笑ったまま潤さんに伝えたかったのに。
堪えようとしても止まらない涙を誤魔化すように、笑ってみる。でも笑えば笑うほど、細めた目の縁から涙が落ちてくるのを止められない。だいぶ面白い顔になってるだろうなあ。かっこつかないなあ。
「どーんと、構えててください……。潤さんの性格だから、難しいかもしれないですけど、構えててください。ね、潤さん」
拭くのをやめて、気持ちに駆られ、また彼の手を取った。
伝えたいことはもう十分、言葉に集約されていた。
「その隣を、歩かせてください。私は潤さんの隣を歩きたいです。ずっと一緒に、隣にいてください……」
笑って言えた。やっと言えた。
でも分かってはいた。そんなことを言ったら最後、自力で泣き止むのはもう難しくなる。
雪の冷たさも感じないくらい、体が熱くなっていた。行き場のない感情が体温を上昇させ、涙となって溢れ出す。
いつの間にか、こんなに真正面から気持ちをぶつけることができるようになっていた。自分勝手と言われようが何だろうが、選びたい道を自分自身の手で掴むことを覚えた。かつての私では考えられないことを、何よりそれを示してくれた大切な人の前で、言葉として口にしている。
もう逃げない。
目を逸らすことはない。私自身のことも、これからのことも。
だから、胸の奥底で湧き上がるこの気持ちも、この上なく素直に実感している。
ああ、私は──こんなにも、この人のことが好きだったんだ。
「それは僕のセリフですよ」
しゃくり上げる私の手を、潤さんが優しく引き寄せる。
はっと顔を上げると、いつもの優しい笑みが降り注いでいた。この人はどうしてこうも、優しく笑えるんだろう。
本当に、好きになったのがこの人でよかった。
「玲さんの隣を、ずっと一緒に歩かせてください」
「……はい!」
潤さんはまたにこりと笑って、私の手を引く。
向かったのは、レインダンスの入口。久しぶりに見たその焦げ茶色のドアは、私にとっては、新しい世界の入口のように見えた。
いくつもの選択と、その上に浮かぶ確率を潜り抜けた先に、私たちは存在している。
この一歩もまた、私が選んだ選択のひとつであり、私が掴み取った未来の結果なのだ。
誰一人、例外はいない。
人生は、選択と確率によって成り立っている。




