氷龍公子、その1―風邪を引いたヨゼフ―
九年前に奴隷として闇の領国レザンドニウムに召集され、領主が放つ魔物と戦ってきた四人の元奴隷戦士達が、葉龍族の故郷バデリウスの樹海で再会を果たした。それも束の間、葉龍族のヒアは葉龍女神ルナの力を受け継ぐ《葉龍戦士》として目覚めて間もなく、樹海の村に残ることに決めた。が、その代わりに彼は戦士として葉龍族や村を守るために力を使う、とリタ達に誓う。こうして、一時的にヒアと別れ、三人はデラル島の南端に停まっている船に乗り、次の目的地に向かう。
――その頃のレザンドニウム領国――
領主のキアは、玉座の間で、ある魔道師を待っている。二分後、彼の一味の魔道師が、玉座の間に入る。彼はキアの前まで来ると、片膝をついた。
「この度は、このリバドブルムをお呼び頂き、ありがとうございます」
リバドブルムという名の男性が、畏まった口調でキアに挨拶する。やけに大量の脂汗をかきながら、キアは独り言を言う。
「デュラック……。あの忌々しい砂龍王子め。水龍騎士アークレイ、火龍族の斧使いバイル、そして葉龍族の弓矢使いルナまでも目覚めさせおって。俺は少々、奴のことを見くびっていたようだ。まさか、あれほど強いとは……」
「あの、失礼ですが、砂龍王子デュラックとは、誰のことでしょうか? 伝説ではあの王子は、他の龍戦士と共に闇龍封印を成功させた。が、その代償に彼らは息を引き取った、と語り継がれておりますが」
「俺にはわかるのだ。あの紺色の鬣の龍少女こそが、デュラックの生まれ変わり。だからこそ、再び十人の龍戦士が目覚めないように、あの少女を抹殺しておかなければ。今度こそ、ガルドラは俺のものになるのだ」
キアは、とても領主とは思えないような、恐ろしい発言をした。彼の闇のオーラは、リタ達が領国を出る以前よりも黒く、殺気に満ちている。リバドブルムは反抗したいという気持ちを押し殺し、ただキアに従う以外になかった。彼は前以て領主から与えられていた指示を思い出し、言う。
「キア様、ギルネスの街にある《岩龍女神シトラル》の神殿は、俺にお任せ下さい。必ず、あの女砂龍を抹殺してみせましょう。そうすれば後継者もいなくなり、王家の血が絶えます。そうなれば、この魔界は、あなたのものです」
氷系魔道師メアリーは、悪意や殺気、そして憎悪に満ちた悲しげな顔をして、キアに於かれている状況を予想していた。
(お父様、一体どうされてしまったのですか? 私達が子供の頃までは、普通に魔道族の民を見守ったり支えたりして生活してたはず。それなのに――それなのに、私とリゲリオンの十一歳の誕生日に、突然態度が変わってしまった。まるで、何かに操られてるような……)
メアリーの中では、冷酷な領主に対する僅かな抵抗や複雑な想いとが交叉するのだった。その時、彼女は赤い髪をした男性の魔道師に呼び止められた。
「メアリー姫、キア領主のことだが……」
男性は言葉を詰まらせながら、メアリーに重要だと思うことを話し始めた。
一方、リタ達は、デラル島から南に三十キロ離れた島国《ポラテルド》に行く船に乗り、次の目的地がどのような所かを、ヨゼフが持参している本と照らし合わせ、確認していた。
ポラテルド。――そこは、他の属性の龍族の住処と違い、厚く冷たい氷に囲まれ、永遠に厳しい寒さが続く、雪国のような島国。そこには、《氷龍族》という氷の属性の龍族が暮らしており、彼らは皆、《大公》の位についている魔族を慕っている。
「その船で後四分もすれば、ポラテルドに着くんだね。それにしても、頭が痛い……。おまけに、体が重いし」
ヨゼフは、がんがんと痛む頭を押さえながら、リタ達に今の症状を訴える。
「大丈夫? 取り敢えず、熱を計ってみよう」
そう言ってリタは、ヨゼフの額に手を当てる。すると、彼の体がかなり熱くなっているのがわかった。
「ヨゼフ、君はどうも風邪を引いてしまったみたいだね。どうしようか……。神殿の場所を突き止める前に、一泊しなくちゃ」
「それは駄目だ!」
「どうして、駄目なのよ? 仲間が体調不良を訴えてるのに、置いてきぼりにはできないわ」
ナンシーは、続けて言おうとした。が、リタはナンシーが言い過ぎてはいけないと思い、彼女を制止した。
「ナンシーの言う通りだよ。どこか、泊まれる場所を探さないと。とにかく、無理は禁物だよ」
リタはヨゼフに、《耐氷属性マント》という、青と水色のマーブル模様が入っているマントを着せる。このマントは防寒着のように、どのような寒さでも耐えることができる物だ。火の属性を持つ火龍族の魔族達には、不要な物であるが。
リタが耐氷属性マントを着た時、船はポラテルド公国付近に着いた。だが、ここから先は、三十メートルも歩かなくてはならない。今にも倒れそうなヨゼフを背負いながら、ナンシーはゆっくりと、船から降りる。
「ナンシー、大丈夫? 僕の風邪が移ったりしないか?」
「大丈夫よ。私達火龍族は、風邪を引いたり、移されたりしない特色があるわ。気兼ねしないで」
ナンシーは、幼い子供をおんぶするような態勢で、リタの近くに来た。リタは先を急ごうよ、と言いたげに人差し指で乗船場から北の方角を指して、合図する。二人はヨゼフの様子を見ながら、北へ北へと向かう。
ヨゼフは喘息のような咳を出し、苦しそうに息をしている。おまけにこの島は、北に進めば進むほど、吹雪と霰が混ざったような妙な天候に見舞われる。それはまるで、この龍達が公国に行くのを妨げているかのようにも見える。それにもめげず、リタとナンシーはただひらすらに公国への道を進む。その途中、彼女達は公国の兵士と思わしき男性に、声をかけられた。
「おーい、君達。この公国に何の用だ? ここから先は、ルース大公殿下の許可なしには、通れないぞ」
「私は砂龍族のリタ。今日は氷龍神ガトラの神殿に行くため、どうしてもこの公国を通らなくてはならないのです。ですが、仲間が風邪を引いてしまい、どこか泊まれる場所を探しているところです」
リタは必死になり、兵士に今回起きたことを訴える。
ヨゼフは、ますます咳き込むばかり。その様子を見て、兵士はリタ達の話が事実だと理解したのか、公国まで案内すると言った。リタは兵士に対し、静かに頭を下げた。
二人が彼について歩いていると、そこにはフィブラスの城よりも少しだけ高く立派な城が建っているのが見える。
「着きました。ここが、ポラテルドの氷龍城です」
「ねぇ、ちょっと思ったんだけど、せめて大公様に挨拶していかない?」
「私もそう思ってた。ヨゼフが心配だけど、このまま挨拶しないのもどうかと思うし」
「ヨゼフ、立てる?」
ナンシーは、そっとヨゼフを降ろす。
「大丈夫。これくらい、どうってことないさ」
ヨゼフは強がってみたものの、上手く立てなかった。というよりはむしろ、ふらふらとしていて、物に掴まらないと危ない状態だった。ナンシーは、引き続き彼をおんぶして、城の中まで運ぶ。
氷龍城は氷の島にあるだけあり、壁は火龍族の火の魔力をもってしても溶けにくい程の厚い氷の素材でできている。だが、その反面、城内はつるつるしていて、滑りやすい。兵士はちょっと待ってて下さい、と言って玉座の間らしき部屋の扉を開け、誰かと話をするために入った。
「お待たせ致しました、リタ殿。大公殿下が、あなた達とお話がしたいそうです」
半ば強引に引っ張られるように、三人は兵士の後ろについて玉座の間に入る。その部屋の二つの玉座には、リタ達と同じように龍の姿をした男性と女性の魔族が座っている。
「ようこそ、我が公国へ。私はルース。この国の大公だ。そして、こちらは我が妃のアルトナ」
氷龍大公ルースは、簡単な自己紹介を済ませ、本題に入る。
「君はリタと言ったかね? 君達はなぜ、ガルドラを冒険しているのだ? この魔界は今、十属性の龍族と魔道族による争いが絶えない状況下にあるはずだが」
「はい、そこは承知の上です。実は私達、伝説の龍神達の力を受け継ぐ《新たな龍戦士》を捜して、旅をしているのです。その途中で、《闇龍アルエス》という龍が何者なのかを探すというのが、もう一つの目的です」
リタの話を聴きながら、ルース大公は彼女達に頼み事をする。
「実はこの城の地下には、神殿があるのだが……。一ヶ月前から、息子のアイルがその神殿に戻って来たきり、戻って来ないのだ。アイルはおっちょこちょいだから、妃も娘も心配している(もちろん、私もだが)。君達には、息子の捜索を依頼したい。引き受けてくれるかね?」
ルース大公は、金色に光る目で真剣にリタ達を見ながら、頼んだ。リタは引き受けようかどうか、迷っていた。が、どちらにしても、氷龍神ガトラの神殿には行く予定にしている。
(私としては、ヨゼフを外しての冒険は極力避けたかったのに。でも、彼が風邪引きなら、この城で看病してもらうしかない)
リタは条件付きではあるが、公子を捜すという依頼を引き受けることに決めた。
「大公殿下、私はその依頼を引き受けます。が、条件があります」
「ほう、どういう条件だね?」
「私とナンシーが神殿を冒険している間、ヨゼフを看病して頂きたいのです。彼は風邪を引いていて、歩くのもやっとなのです」
リタは必死に土下座をし、ルース大公とアルトナ公妃に頼み込む。
「わかった。この水龍族の少年は、私達が預かろう。風邪は万病の元というからな」
「ありがとうございます」
「リタ……ナンシー……」
ヨゼフは苦しそうに息をしながら、二人に分厚い本を渡す。その本の表紙には、《古代文字辞典》とある。
「それがあれば、僕がいなくても古代文字を解読できるはず。ちゃんと用例も載ってるし」
そう言うと、ヨゼフはすぐさま兵士達の寝室に連れて行かれた。ルース大公夫妻との面会を終え、リタとナンシーは公国の兵士について、氷龍神ガトラの神殿に向かう。分厚い氷でできた階段を降り、二人は神殿の出入り口らしきものを見つけた。兵士は扉の鍵を開けた。礼を言ってリタとナンシーは、早速中に入る。
「この辺は滑りやすそうだから、気を付けないとね」
「そうね。それと、私の魔力で作る火で、この神殿を溶かさないようにしないと」
明るげな会話を弾ませながら、二人はアイルという公子を捜し始めた。




