バデリウスの樹海の悪霊、その3―ヒアの妹と葉龍族の女神―
とても深い溝をも乗り越え、扉に入ったリタ達。その部屋は、極めて神秘的な力に満ち溢れている。部屋中に木立や草が生い茂り、それらもまた、葉龍族の民が大切に育てている木々とは違った瑞々しさに溢れている。
「凄いな、この神殿の木々は。俺達が守ってる樹海とは、段違いだ」
「本当。なんか、草原を思い浮かべる。そして、葉龍女神ルナのご加護を受けてるみたい」
四人は、珍しげに部屋中を見回す。すると、遠くからヒアのことを呼ぶ少女のような声が聞こえた。
「お兄ちゃん!」と叫びながら、ヨゼフと同じ年頃に見える少女が、四人の所まで走ってきた。
「プレシオ! どうして、こんな所にいたんだ? クレルが心配してたぞ。もちろん、俺もだけどな」
ヒアが、妹のプレシオに仲間達を紹介しようとした時だった。例の扉を開き、この部屋に緑色の半袖マントに身を包んだ謎の魔道師が、五人の前に現れた。
「そこの背の低い水龍族の男の子の情報を仕入れたから、あたしが葉龍女神の神殿まで追跡してたんだけど。目的はもちろん、龍戦士達のうち誰か一人を領国に連れて帰り、処刑することよ。まあ、一番手っ取り早いのは、砂龍神デュラックの後世であるリタ姫を殺すことだけど」
「その声は、ミントか? リタを殺すとか、よくそんなことを平気で言えるね。キアの命令で動いてるってのはわかる。でも、僕達にも生きる権利はある。だから僕達は、この魔界に生まれてきたんだ」
ヨゼフは、ミントという名の魔道族の少女のことを前から知っているように――でも、彼が思っていることを主張した。
「ヨゼフの言う通りだ。どうして君達の一族は、生きる権利を奪うことを平気でするようになったんだ? 九年前のあの日が来るまで、普通に共存し合ってきたじゃないか」
リタとヨゼフの疑問に答えるように、少女はマントのフードをはらった。彼女はキアに酷似した態度で振舞いながら、二人に話す。その態度は、葉っぱのカチューシャや愛くるしい顔とは裏腹に、最も邪悪に満ちている。
「あたし達の一族は、キア様の絶対的な命令に従うことによって生きながらえてるの。逆を言えば、この魔界における全ての地を治めようとなさってるキア様のお考えに背くあなた達は、ただの屑でしかない。つまり、命を落とすことになるのよ」
葉系魔道師ミントの話を聴いていて、四人の顔は怒りに満ちてきた。
「ふざけるな! この魔界に、屑と呼ばれる魔族はいない」
「そうだ! 誰にも、存在価値を決める権利などない」
「私達は、魔族達の命を無闇に閉じてる程冷酷な魔道師に、負けないわ! もうこれ以上、誰も死なせたくないからね」
「プレシオ、ここは危険だ。どこか安全な場所に、隠れててくれ。俺達なら大丈夫だ。さ、早く行け」
ヒアの言うことに、プレシオは素直に従った。彼女が檻状に巻きついている蔓の中に身を隠すと、ミントが攻撃態勢に入る。四人もそれぞれの武器を構え、攻撃態勢に入った。
「このあたしに勝てるかしら? 悪いけど、あなた達は中級の葉系魔道師ミント様の敵じゃないわ」
「はなから余裕かましてると、痛い目を見るぜ」
そう言うとヨゼフは、威嚇するような薄紫色の目でミントを見ながら、槍先を彼女の方に向ける。
「アークシュ・ホルム!」
ヨゼフは、ミントに水属性の中級呪文で、攻撃した。が、その呪文は当たるどころか、彼女が身につけているマントによって弾かれてしまった。
(九年前のあの日よりも、確実に強くなってる。相手が十二歳とはいえ、油断できないな)
ヨゼフは、少しだけ過去を振り返った。が、彼は気持ちを切り替えて、槍を持ち直す。
「さっきの意気込みはどうしたの? まあ、所詮はあの冒険家の息子だもの。あたし達の一族に歯向かうなんて、やめた方が身のためよ」
ミントはヨゼフに向けて、ただ攻撃するように、自惚れと自尊心に満ちた発言をした。それを聴いていたリタは、遂に堪忍袋の緒を切らす。
「ミント……と言ったよね?」
「ええ、そうよ。それが何か?」
ミントは、冷ややかに笑いながら言った。リタは、その態度を許さなかった。
「君は自分で何を言ってるのか、わかってるの? 今の発言といい、神殿に入ってきた時の態度といい……。君は完全に腐ってる! 君は軽率な発言で、私の大事な弟分を傷つけた。だから、私はそんな君を許さない! 許すもんか!」
リタは、頭に血がのぼっている。それは、いつもの彼女とは違った、別の何かが入り混じった感情があるようにも見える。
「クロス・ヒャッカンタフ!」
リタは葉系魔道師ミントに対する怒りを、《クロス・ヒャッカンタフ》という名の砂属性の中級呪文に絡ませ、放つ。彼女が放った魔法は、橙色の閃光となってミントに直撃した。ミントのマントは、跡形もなく破けてしまった。
「なかなかやるわね。今度会った時は、こうはいかないからね」
ミントは、吐き捨てるように言うと、姿を消して逃げた。リタは安堵の胸を撫で下ろすと、地面に座り込む。
「疲れた。なんて子だよ、あのミントって魔道師は。ヨゼフ、村に戻ったら、じっくりとあの子のことを教えてもらうよ」
「……わかった」
いつもは反抗するヨゼフも、現時点ではリタに従うしかなかった。戦闘が終わり、窮屈な場所に隠れていたプレシオが出てきた。
「三人ともありがとう。君達のおかげで、神殿の悪霊達も、取り敢えず身を引いてくれたみたいだ。それに、プレシオが無事で良かった」
ヒアは、笑顔で三人に礼を言った。
「さて、葉龍女神ルナとご対面だ。神殿を荒らしてしまったから、それを償わなきゃな」
ヒアは、いつになく上機嫌だった。四人はプレシオの案内で、葉龍女神の祭壇に行った。
「あたしがここに来た本当の目的は、葉龍女神にお祈りを捧げるためだったの。でも、その途中で、ちょっと気になる気配を感じて戻れなかったんだ」
「そうか……。でも、あなたが無事で何よりよ。さあ、早く葉龍女神に、お祈りを捧げなさい」
ナンシーは、プレシオに命令するように言った。プレシオは、日頃の葉龍族の生活ぶりを葉龍女神に伝えるつもりで、祈りを捧げた。すると、祭壇の水晶玉が黄緑色に光った。と同時に、ヒアの体も黄緑色の光に包まれる。
(え? もしかしてヒアって、四人目の龍戦士?)
リタがそう思っている間にヒアの体は、本来の龍の姿に戻っていた。リタ達の目に映っていたのは、深い緑色の鬣、黄緑色の体、そして葉っぱでできた羽や葉脈がある耳が揃った姿である。彼が自分の腕や足元を見ていると、水晶玉から女性の声がした。
『葉龍族のヒアですね? あなた達の神殿内での行動や活躍、それぞれの気持ちの変化などを見させて頂きましたよ。そして、私はこの十七年間、ずっとあなたを見守ってきました』
「あなたは、葉龍女神ルナですか?」
『そうですよ。それが、どうかしましたか?』
「あの、俺を十七年間見守ってきたとは、どういう意味ですか?」
『それは、あなたが吟遊詩人ディアトニスの息子として生まれ、九年間あの領国に幽閉され、そしてまたこの樹海に戻って来るまでの過程を、見守り続けてきたということです。私が見たところによれば、あなたは私の力を受け継ぐにふさわしい者だということが、わかりました』
葉龍女神ルナの話を聴いているうちに、ヒアは少しずつではあるが、状況が飲み込めてきた。
(今俺にできることは、葉龍戦士として村のみんなを――そして、このガルドラを魔の手から守ることなんだ。俺は決めた。村に残って、みんなを守るために力を使おう)
ヒアは、ルナ女神の言葉を完全に鵜呑みにしなかったが、それでも半分は事実だと受け止めている。
『先程も言いましたが、あなたは私の力を受け継ぐにふさわしい者です。ですから、あなたにこの弓を授けましょう』
そう言ってルナ女神は、ヒアに弓を授ける。それは、外見は極普通の弓に見えた。が、よく見ると本体にルビーが鏤められ、千五百年経った今でも、輝きを失っていない。
『それは、私が他の龍戦士達と一緒に闇龍アルエスを封印した時に使った《ルナ・アロー》という弓矢です。この私が選んだのですから、あなたならきっと、上手に使いこなして頂けると信じていますよ』
そう言って葉龍女神ルナは、水晶玉から語りかけるのをやめた。新たな葉龍戦士の誕生に、リタ達は驚いた。
「やれやれ。今日はとんだ災難だったな」
「そうだね。でも、ヒアにかけられた呪いも解けたし、大事に至らなくて良かったよ。さあ、村に戻ろうよ。きっと族長も、待っていらっしゃるはずだからね」
リタの催促に従い、一行は村に戻った。




