プロローグ
(ああ……。また、この夢か。もう、この夢は見たくない)
ここは、ゼテロイド系第一魔界ガルドラ。
別名|《龍の魔界》とも呼ばれている。
その異名通り、ここには砂・水・火・葉・氷・岩・風・華・雷・金といった十属性の龍族が、住人の九割を占めている。
その龍達は|《龍魔族》と呼ばれ、フィブラス砂漠に住む砂龍族を始め、様々な一族がそれぞれの村や街や森等に言語、宗教、習慣等共通の文化や住まいを持ち、王や族長に従いながら九年間平和に暮らしていた。
が、突如、|《魔道族》という一族の様子が変わった。
彼らは通常、ガルドラの北端の領国《レザンドニウム》に住み、龍魔族達を襲うことも一切なく、むしろ長い間龍魔族達と共存して暮らしていた一族である。
だが、その一族がまるで狂ったように水龍族、火龍族、葉龍族の少年少女を各一人ずつ捕らえ、彼らの奴隷とした。
そして、彼らは魔界の北端に位置するフィブラス砂漠の砂龍王の城にも手を伸ばしていく。
「陛下、大変です。レザンドニウム領国の領主が、こちらに向かっている模様です」
砂龍王に忠実な女性の近衛兵が、危険を察知し、彼に報告した。
それを聞いた国王は、しばらく考えた。
(レザンドニウムの領主……。キアめ、この私に何を要求するつもりなのだ。どっちにしろ、リタや国民達を守らなくては)
既に三種族の龍魔族達が捕まっていることに不安を感じた国王は、国民達と自分の一人娘を避難させるよう、女性近衛兵に命じた。
その頃、王女のリタ姫は、自分の部屋で読書をしていた。
それにも関わらず、女性近衛兵は強行突破するようにして、姫の部屋に入った。
「セルセイン! びっくりした……。私は別に部屋をロックしてないんだから、もう少し入り方を弁えてよ」
「申し訳ございません、リタ殿下。先程ランディー陛下からご命令がありました。あなたを安全な場所に連れて行きます」
女性近衛兵セルセインの言葉で、リタは動揺していた。
彼女にとっては、父王がこのような行動を起こすこと自体、あり得ないと思っていたからだ。
「父上が……。一体、何が起こってるの?」
リタの質問に対して、セルセインは簡単に答えた。
「レザンドニウムの領主が、この城に向かっているのです」
(魔道族が……。でも、私達龍魔族と魔道族って、今まで共存して暮らしてたんじゃなかったの?)
セルセインの背に乗りながら、リタは疑問を浮かべていた。
彼女達が外に出た時は、既に手遅れだった。
レザンドニウム領国のキア領主が、数人の魔道師達を率いて、誰かが城の外に出るのを待っていたのだ。
彼らはセルセインに、
「フィブラスの近衛兵よ。お前の背に乗っている王女をこちらに渡せば、襲撃をやめてレザンドニウムに戻ろう」
と、脅迫めいた言葉を浴びせた。
セルセインも負けじと、領主に言い返した。
「誰があなた方のために、大切な魔族を渡すものですか。リタ様は将来、この国の女王になられるお方。私の命を犠牲にしてでも、守ってみせますわ」
セルセインは、なんとかして姫と一緒に逃げ延びようと、キアに攻撃魔法を仕掛けようとした。
が、遠くから女性の声がした。
「セルセイン、無闇に攻撃魔法を使ってはいけませんよ。自分の体力を大幅に削るだけですから」
「ですが、ジオ様。殿下をお守りするためには、これしか方法がないのです」
「そのようなことをすれば、憎しみが増えるだけだ。ここは私に任せろ」
ジオという女性の後から、リタの父親、砂龍王ランディーが城の外に出た。
キア領主はやや動揺したが、なんとかいつもの冷静さを取り戻し、ランディー王に言った。
「おやおや。砂龍王直々にお出迎えとは、どういう風の吹き回しかな?」
「どうとでも言え。お前達が何を要求したいにしろ、国民達に手出しすることは絶対に許さない。無論、うちの一人娘にもな」
王は、緑色の目でキアをまっすぐ見つめ、反論した。
が、彼の言葉に対し、キアは冷ややかに笑った。
というより、彼は端から勝利を確信しているかのように笑った。
「ほう。だが、その一人娘を盾にとられても、同じことが言えるかな?」
キアは、余裕綽々な物言いだった。
突如彼は、王達の目の前から姿を消した。
と同時に、セルセインが背負っていた王女が宙に浮いた。
彼女の体は、まるで操り人形のように軽く持ち上げられ、魔道族の輪の中に行った。
幼い王女を人質に取られ、一般の砂龍達は、ただおろおろするばかり。
「お前達は、何を企んでいるのだ! リタをどうする気だ?」
「我々魔道族の目的は、この幼い王女を我が領国の奴隷にすることだ。他の一族への見せしめのためにな」
そう言ってキアは、そのまま王女をガルドラの最北端《レザンドニウム》へ連れて行ってしまった。
後に残ったのは、砂龍王と兵士達、国民達、そして青く広がる砂漠のみだった。――