006 訪問者
「ぐ、ぬぬう…」
妙な声を上げながら、まるで鉛でも付いているような体を起こした、時刻魔石を見ると、もう10時を回っている。
「う、やっば!」
昨日、俺を送ってくれたアルナが最後に言った言葉は…
「いい?明日は9時にギルドに来て、少し話したい事があるから」
一体何を話すというかといえば、大体の想像は付く、全く意識は無かったが、恐らく昨日のアレだろう。
もう今から焦っても100パー間に合わないので、ゆっくりと昨日の事を思い出すとしよう。
だいぶ記憶が薄れているが、頑張れば思い出せそうな気がする。(コレが俗に言う二日酔い、的な)
「えーと、ホビットに会って、…逃げて…で、殺られそうになって…えーと」
一瞬頭にキンッ、っと衝撃が走ったような気がしたが、構わず思い出す。
「そうだ、あいつの棍棒を受け止めて、それから…」
そして、その先の記憶を思い出した事を後悔した。
「え…それで、俺は、あいつの目を刺して…剣を投げて…それから…いくつも、いくつも殺して…」
いくつものモンスターを、見境無く切り殺すヴィジョンと、視界の端に映っていたのは、顔面蒼白のアルナだった。
「嘘だ…こんなの…こんなの真実であるハズがない!」
信じない、いや、信じたくなかった。
そうやって、部屋の隅で座り込んでいると、コンコン、と、ノックが響いてきた。
「だ、誰?」
アルナだろうか、反射的に見ると、時計の時間は11時を過ぎている。もし、わざわざ手を下しに来たのだとすると…想像するだけで恐ろしい。
だが、返答は返らず、ただノックが延々と続いている。もしも、返答を返す気が無いほど逆上しているのだとすれば、昨日の惨劇が、今度は街中で繰り返される事になる。
「…しゃーない」
結局のところ、悪いのはどう考えても自分なので、玉砕覚悟でドアに手を伸ばし、開ける。
しかし、そこにいたのは、憤怒の形相をしたアルナ、ではなく、黒装束に身を包んだ少年だった。
恐らく歳は同じくらいだろう。フードを被っているため、顔もよく見えないが、そのぐらいは分かる。
「な、何か御用で?」
恐る恐る尋ねるすると。
「アンタが、奴のパートナーか?」
「はい?」
―――ギルド―――
そこには、カウンターに佇むリーラと、そのすぐそばの席に座り、怒りを募らせるアルナの姿があった。
そして、ギィィと、音を立てて、入り口の扉が開かれ、3時間遅れで、待ち人が姿を現した。
「来た!」
言うと同時に立ち上がり、怒りに任せ、1発殴ってやろう、位の気持ちで、引きつった笑いを浮かべる彼に歩み寄っていく、しかし、その足は、扉に近づくにつれ、遅くなり、ついに、彼の後ろにいる人物を確認した瞬間、完全に停止した。
「…黒…」
「久しいな、ミナ、いや、ここじゃ、アルナか?」
「わ、わりぃ…」
よく見ると、彼は後ろから剣を突きつけられ、彼は両手を上げ、投降の姿勢をとっている。
彼に剣を突きつけている人物、それは、ある意味で、自分と深い馴染みのある人物だった。
「ご苦労様、こんなとこまで来てもらって悪いけど、とっとと帰ってくれるかしら?」
丁寧口調で、だいぶ挑発的な発言をする、が、当の本人は。
「くっくっくっ、そういうとこは変わっちゃいないな、全く」
相手は低く笑うと、笑顔を収め、真剣な表情に戻ると、冷然と言い放った。
「…残念だが、こちらとて任務なんでな、俺が帰るときは、お前を連行するときだけだ」
大分物騒な言い合いに、いつもは騒がしいギルドも今日は静まり返っている
(どーでもいいから俺の背中に突きつけられた剣をどうにかしてほしいよ。)
「上の命令、ってワケ?」
「その通りだ、俺も、こんなことは本意じゃないがな」
(何かとんでもない事に巻き込まれてる気がする)
そんな俺の心配をよそに、2人の会話は激化していった。
「そういやお金貸してたわよね、返すか、もしくは帰って」
「……何を言われようが、お前は大罪人だ。おいそれと見過ごすわけにはいかない」
「たかが一言言ったのがなんだってのよ、大罪人なんて、知ったこっちゃないわ」
「…お前が俺に敵うと思っているのか?」
男の声がいっそう低くなる。まさかここでやるわけじゃないだろうが、場に緊張が走る。
(この野郎…ほっときゃ勝手な事ばかり言いやがって…)
後ろにある剣の存在を忘れ、殴りかかろうとしたとき、まるで心を読んだように、こちらを向き、
「抵抗は考えないほうがいいぞ」と、言い、背中に剣が軽く当たり、諦める。
「レンを放しなさい、レンは無関係よ」
「残念だが、お前に関わった時点で、レンもほぼ共犯状態だ」
「何の容疑よ!」
俺の弁解をしてくれているとはいえ、すごい剣幕だ。しかし。
「お前の居場所をかく乱しようとした、立派な公務執行妨害だ」
「意見を上げただけの人間を捕まえるのが公務?
……笑わせないで」
本人達も気づいていると思うが、これじゃ何処まで行っても平行線を進むだけだ。
あ、そういや。
「おーい、発言、いいか?」
恐る恐る聞いてみる、すると。
「……いいだろう」
上から目線には腹立つが、これだけは確かめたい。
「アルナが何をしたって言うんだ?」
俺が言った瞬間、ただでさえ静かな空気が、さらに凍てついたような気がした。
(え、俺なんかマズイ事言った?)
が、少年はちゃんと答えてくれた、それは…
「ミナの犯した罪は第1級の反逆罪、それと、山林エリアの破壊だ」
「「っ!!!?」」
俺とアルナ―――ミナは、二人そろって驚愕した。が、すぐに平静を取り戻す。
「そ、それは俺――――――――」
「それをやったのは私よ」
突然言葉を挟まれ、言葉に詰まる。
「そうか、じゃ、罪を認めたところで、来てもらおうか」
少年が性懲りも無く、そうつぶやく、しかし、ミナは、俺をナゼか、悲しげな眼で見つめた後、こう言い放った。
「……わかったわ」
「な!?なにいってんだよ!?あれは俺が―――――」
そこまで言ったところで、ミナに睨まれた。目線が「黙れ」と言っている。
「じゃあ、来てもらおうか」
そう言って、ギルドから出て行こうとする、
いや、ダメだ、たとえ睨まれようが、八つ裂きにされようが、俺のやったことでミナが裁かれるなんて、我慢できない。
「まて!それをやったのは俺だ!連れてくんなら俺も連れてけ!」
そこまで言って、俺はようやく、自分の犯したミスに気づいた。
見ると、ミナは手で額をおさえ、大きなため息をつき、少年は、少しの驚きと、威圧感を持った眼で、こちらを見据えてくる。
「……レン、だったか、君も、取り敢えず来てくれるかな」
口調こそ丁寧だが、その言葉には、間違いなく強制力を感じた。
「…わかったよ」
そして、重い足取りで、彼の用意した魔石車に乗り込んだ。
最後に、果たして帰ってこれるかわからないギルドに、眼を向けた…