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第4章 再会

あれから一月が過ぎ、移動する車の中で堅は窓越しに街を眺めていた。

夕暮れの街並み、ポツポツと灯りが灯り始め行き急ぐ人々。幾度もまた

同じ夢を見た。だがあれ以来少し変わったのは夢に綾香が出てくるのだ。

目覚めた後はホッとしてもう2度と逢えないかもしれない彼女を思い出

した。薄れ行く記憶の中で彼女の姿を思い出す。その都度我に返る

(馬鹿な!これじゃぁまるで!)とやり切れない気持ちになる。

この記憶は薄れてそして何時しか思い出さなくなるどうでもいい

出来事だ早くそうなって欲しいと思った。







綾香は仕事帰り街中の歩道を歩いていた。携帯電話が鳴るのに気が付きバック

から取り出す。急いで電話に出ると功一の低くて少しハスキーな声でいつもの

言い出しが聞こえた。あれから何事も無かったかのように連絡が入り不安なが

らもまた何時もの時間を過ごしていた。


【これから会える?】


「うん」


家の近くにある交差点で待ち合わせることにした。近くのデパートに入るとメイ

クを直す、待ち合わせ場所まで歩いて10分程度、綾香は嬉しさでいっぱいだっ

た。足早に待ち合わせ場所に急ぐ、踊りだしそうな心が足取りを軽快にしていた。


夕暮れの歩道橋を渡ると、待ち合わせ場所はもう直ぐそこだった。待ち合わせ

た場所に立つとドキドキしながら功一を待った。

待ち合わせた時間が10分過ぎて携帯電話をバックから取り出す。

(道が込んでいるのかな?)


30分待った所で電話が鳴り急いで電話に出た。

「もしもし?功ちゃん?」

【綾香?急な仕事が入って行けなくなった】

その言葉に胸の奥底からこみ上げる虚しさや憤りが口を重くした。

(どうして?なんで何時も・・)

「そっか。うん・・仕事なら仕方ないよね」


無理に笑い声を作り明るく振舞うとその後1言2言話して電話は切れた。さきほど

までの胸いっぱいの嬉しさと同じくらいの寂しさが圧し掛かる。ここ最近功一は土

壇場でキャセルしても喧嘩しても【ごめん】とすら口にしなくなっていた。まるで見下

すように接してくる功一の態度に微かな焦燥感。その態度を問いただす事すら彼

を失いそうで怖く、そんな自分の置かれた立場にどうしようもないほどの虚しさを覚

えた。


(もっと早く連絡してくれたらいいのに)


ふと、街を見上げるとあの展望台を思い出した。


(まだ工事中かな?あれから一月だしもう終わってるよね?行ってみようかな)


なんだか部屋に真っ直ぐ帰りたくない気持ちだった。


(あの景色を見ると心が安らぐかも)そう思うと、無性に行きたくなった。


(歩いていこうかな。ここからだと少し遠いけど)

週末に一人で過ごすのが嫌だった。このまま部屋に居たくなかった。涙を堪えな

がら歩き出す。


楽しそうにカップルが行きかう。家路に急ぐサラリーマン。綾香はまるで別世界に

居る気分になった。(自分はこの場所に居るのに・・なのに、どうしてこんな気持

ちになるんだろう)自分ひとりだけがこの場所に異質な存在のように感じる。


俯きながら歩くと涙が溢れて何も見えなくなった。


行きかう人の視線も気にする余裕も無くそのまましゃがみ込んで膝を抱えた。

溢れ出る涙を両手で押さえながら声を堪えて泣いた。




「代表―・・・」


「代表?!」平尾の声にハッと我に帰った。


「あ」


「あぁ・・・」少し気の抜けた返事を返す。


「この後の幹部会議が終わりましたら本日は」

平尾は続けるが堅の様子が気になった。


「代表?お体の具合でも?」


「いや、少しボーっとしていた」


平尾にそう言うとまた窓の外に目をやった。信号で止まった車の外には、歩道で信号

が変わるのを待つ沢山の人が居た。


(!!)


堅は身を乗り出し一瞬息を飲む、綾香が居たのだ。


(見間違いか?)


歩道の信号が青になり、歩行者が流れ込むように車の前を歩き出す。目の前

を俯いて彼女が歩いていく今にも泣き出しそうに顔を歪ませていた。居ても立っ

ても居られずに腰を上げると車のドアを開けた。


「代表?!」


信号が変わり青になる。


黒塗りのリムジンの後ろからクラクションが鳴り響くと「後から連絡する!」そ

う言い残しドアを乱暴に閉めた。そして心の中のどこかで踊りだしそうな気持ち

と、今にも泣きそうな彼女を思い出しながら後を追った。

夕暮れの少し冷たい風が頬に当たる。

時々物陰に隠れてそして自分が寝た後に一人泣いていた母を思い出した。

(僕はどうしたら良いか分からずに、ただ胸が締め付けられる思いで母さんを見

ていた。あの時母さんを抱きしめていたら孤独なまま死なずにすんだかも知れないのに)


その日の夜、母親は誰も気が付かないうちに倒れ意識を失い帰らぬ人になった。

それ以来ずっと後悔してきた。母親に似ていた彼女が泣きそうな顔で歩く姿を見

た時。頭より先に体が動いたのだった。


(彼女を探さないと!彼女を見つけたらなんて言おう見つけてどうする?!)


そんな葛藤が心に渦巻くものの自分を抑えられないまま綾香を探した。行きかう人

ごみの中であたりを見回す。どの方角を見ても綾香は見当たらなかった。高鳴る気

持ちを静め息が荒い事に気が付く、取り乱している自分を冷静に見つめなおす。


深呼吸をして足を止めると息を落ちつかせ、乱れた髪を手で直した。


(何をやっているんだ・・僕は・・)

そう思って失笑した。どうしようもない虚しさが堅を襲っていた。平尾に連絡を取ろ

うと携帯電話を胸ポケットから取り出す。歩道の片隅で電話を掛けた。


「はい。平尾です」


「私だ。このままオフィスに戻っ!」


そう言い掛けた時立っている場所から少し向こうでうずくまる女性を見つけた。良く

見ると綾香のように見えた。


「もしもし?代表?」平尾の声で我に帰る。


「あ、今日の定例幹部会議は取り止めだ。すまないが連絡しておいてくれ」

「かしこまりました」


彼女から目を逸らさないで電話を切るとゆっくりと深呼吸をして近づく。一歩また

一歩と距離が縮まるとその女性が綾香であると確信していく。


全身を戸惑いと喜びが駆け巡る。


(なんて声を掛けよう。きっと泣いている)


逆行して道を急ぐ人々を避けながら綾香がうずくまる前に立ち止まる。

握り締めた手に汗をかいている事に気が付いた。雑踏の中に声を押し殺して

泣く声が微かに聞こえる。


堅は切なさと今の自分に戸惑いながら立ち尽くしていた。



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