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第20章 黄昏の中で(3)

「こちらで、おまちください」

平尾はそう言ってドアを閉めようとした。

「あのっ!」

「はい?」

「平尾さんありがとうございます」

頭を下げると平尾は無言で会釈を返し、扉をゆっくりと閉めた。


一人になった部屋を見回すと隅にエレベーターがあった。

(堅、専用かぁ)

そんな風に思うと行く先々で堅専用のエレベーターや通路にたじろいだ

あの日を思い出す。

(あのエレベーターから来るのかな)

(ここが、堅が働いている所なんだ)

堅が来る。そしてさよならを言う。

そんな風に意識しただけで涙が出そうだった。

深呼吸して瞳を閉じると心の中で呟いた。

(どうか、泣き虫な私)


(最後まで泣きませんように、我慢できますように)

エレベーターの扉の向こうでワイヤーが動くような音が微かに聞こえ

た。


(動いた!)

心拍数が上がるのを感じた。真っ直ぐ前を向いて窓に視線を移すと呼吸

が速くなるのを抑えるように意識して深く息を吸った。


エレベーターのドアが静かに開き、堅が片足を踏み出すと綾香を見て

信じられないといった顔で固まった。

「あや・・か・・」

ゆっくり顔を向け精一杯微笑んだ。

「ごめんね、突然」

綾香の顔を西日が柔らかく照らす。

「如何してここに?」


驚いた様子で立ち尽くしている。

「平尾さんが入れてくれたの」

「平尾が?」

堅はエレベーターから降りると目の前までゆっくりと歩いてきて立ち

止まった。

「平尾さんから、全部聞いたよ・・・」

堅は眉を顰めて視線を彷徨わせる。

「平尾さんを怒らないでね、私、平尾さんが教えてくれなかったら

ずっと苦しかったから」

そう言って微笑む綾香がとても切なく見えた。

「言ってくれなきゃ分からないよ。私、鈍感だからさ」

精一杯微笑んだまま堅を見上げて視線を逸らさずに続けた。

「ごめんね」

「堅の笑顔も優しさも特別なものだったのに私、気づこうともしなかった」

そこまで言うと俯く(泣かないで、泣かないで!あと少しだから)

震える声で続ける。


もう微笑む余裕なんて無くなっていた。


「私ね。怖かったんだ・・・、堅みたいな人がどうして好きって言ってく

れたのか分からなくって、お金も地位もあって女の人と付き合うことな

んて苦労もしない人なのに」

「どうして、私みたいに普通に地味で美人でもない女を好きになっ

てくれたんだろうって」

「・・綾香・・」

「不安だったの、堅を好きだって、大好きって思えば思うほど相応

しくないって思い知らされるみたいで」

「ずっと堅の傍にいたくて堅の笑顔見て居たかったけど」

そこまで言うと声が上ずる。涙が出そうになり言葉を一瞬止めた。


深呼吸して続ける。

「私ダメだね・・・」瞳に涙を溜めながら必死に堪えていた。

「好きな人を信じる事もできなかった。自分の不安ばかり先に立って

堅を信じる事が出来なかった」

「私も、あの週刊誌の人たちと何も変わらないって分かった」

俯いている間も堅の視線を感じる。しかし綾香は見ることが出来ないで居た。

目の前に立つ堅の右手をそっと手に取る。その大きな手のひらに指輪

の箱と携帯電話を乗せた。

「これは!」

「それもね、平尾さんが持ってきてくれたの」

堅の顔をやっと見ることが出来た。凝り固まったかの様に重くなった

頬を必死で動かして笑顔を作る。

「堅ダメだよ?お母さんの形見なんでしょ?」

「そんな大切なもの捨てたりしたらダメだよ」

「私ね、田舎に帰る事にしたから」


「荷物も全部送ったの。後は帰るだけなんだ」

(だめ!涙が出そうもう少しだけ、もう少しだけがんばれ)

自分に言い聞かせて俯くと深呼吸をしてもう一度堅を見上げた。

「今度はちゃんとその指輪に相応しい人見つけてね」

とニッコリ微笑んだ。

(早く、ここからでなきゃ、じゃなきゃ・・・泣いちゃうよ)

俯いて最後の言葉を口にした。

「さよな!」

突然体に軽い衝撃が走って頭が真っ白になった。


気がつくと堅に抱きしめられていた。



綾香を抱きしめて以前より痩せている事を感じていた。はれぼったい

顔でやつれた体きっとこの数日間苦しんでいたのだろう。

「け・・ん?」

「相応しいって何だよ!」

その大きな声に綾香は驚く。

「勝手に決めるなよ!」

「あやか・・」

「綾香!」

腕の力がさらに強くなる。

「はい・・」

綾香の耳元で堅が震えるように息を吸い込むのが分かった。

「愛している」

「何処にも行くな!」

「け・・ん」

その言葉が強く心を揺さぶると堪えていた涙が溢れ出だしていた。

「でも、私堅を信じなかったのよ?」

「綾香は悪くない、僕が弱いから今のままじゃ綾香を守れないと思った。

こんなバッシング一つからも守れないようじゃ・・・」

「だから、仕事に打ち込んでもっともっと大きな力を手に入れなくては

僕はもっと強くなる、もっと大きくなるから」


「だから!・・・だから僕の傍で」


力強く息を吸い込む。心を落ち着かせ秘めていた気持ちを全て込め、静かに

口を開いた。

「僕の傍で笑っていてくれないか?」

「今のままの綾香でいい、そのままで良いからこれからは僕が全力で守るから」


「傍にいて欲しい」

涙が溢れてとまらない、震える唇を必死に動かした。

「けんの・・・傍にいてもいいの?」

堅は綾香をゆっくりと離す。優しく深い瞳でゆっくり頷いた。

「綾香、愛している。僕と結婚して欲しい」

「堅・・・」

堅は箱を開けると指輪を取り出した。綾香の左手をそっと掬い優しく握ると

薬指に指輪をスルリと通した。


薬指で力強く光るダイヤモンドは二人の行く末を照らすようにキラキラ

と輝いていた。堅は左手を口元まで運ぶとそっと口付けをして体勢を戻す。


「行こうか」

「え?」

「綾香の実家。今日帰るつもりだったんだろう?ご両親に挨拶に行か

ないとな、急だがもう待てない」


そう言って悪戯気に微笑んだ。

「あは、仕事大丈夫なの?」

「あぁ、実はこれから綾香に会いにいこうと思っていたから」

堅の照れくさそうな顔を見てくすぐったくなって笑った。

「あは、うん」

頷いて見上げた堅の瞳がやさしくて見詰め合うと唇を重ねた。

久しぶりに感じる綾香の唇に熱いものがこみ上げるのを感じた。唇が

離れると堅は出掛ける準備をしにデスクに戻る。


愛おしい堅の背中を視線で追うとデスクの隅に重ねてある書類と写真に目

が行った。

「この人?!」

「知っているのか?」

「うん、今日声を掛けられたの」

「何かされたのか!?」堅が慌てる。

「ううん、少し話しただけよ」

「なんだか感じの悪い人だったけど」

「その人なんでしょ?記事書いたの」

「あぁ。この伊倉と言う男が我が社の専務と共謀して・・・」

「堅を追い詰めたの?」

堅は少し微笑んだ。

「いや、それほどでもない事だったよ。仕事ではね」

「でも綾香との事は、効いたな・・・」そう言うと少し切ない瞳をした。

「話して何があったの?」

堅は少し戸惑った様子だったが、父親や専務の事そして伊倉との関係を話した。

「じゃぁその伊倉って人は堅のお父さんも堅の事も良く思っていないって事?」

「あぁ」

「それに・・・」と言うと眉を顰めて視線を彷徨わせた。

「なぁに?堅、教えて」そう言うと堅は重そうに口を開いた。

「それに数年前に2、3回会った事のある女性と伊倉が当時同棲して

いた事が調べたら分かった。その後二人は別れたらしい」

「二股?掛けられたって事?堅とその伊倉って人」

堅はゆっくり頷いた。

「そっか、じゃぁ堅のこと怨んでいるかもしれないの?」

「あぁ・・」

綾香が俯くと堅はこう言った。


「詳しい調べがつくまでは、専務が会社の金を渡していたこともあるし

対応や今後どうするかを弁護士と協議していたが」

「事情が分かると正直悩んでいる。彼の母親のこともあるし」

たとえ自分を貶める様な事をした男でも、伊倉の幼少時代を知ると自分の

辛い幼少時代を思い出す。それが自分の父親によってもたらされた物と知

ると伊倉に対して何処か躊躇していた。

綾香のやつれた様子を見て堅はその判断を委ねる事にした。

「今回の事で、一番傷ついたのは綾香だと思う。綾香はどうしたい?」

少し考え込むと堅を見て言った。

「今度の事はテレビ局とか携帯にまで電話が来て・・」


「本当に怖かった。許せない!」


「綾香・・・」

目を伏せてからもう一度堅を見た。

「でも」

「もういいの」

「え?」

「その、伊倉って人が色々あったこと堅の幼少の頃の思い出も少しだけ

ど分かったから」

「確かに、あんなふうに雑誌やテレビで取り上げられた事は許せないけど」

「これからは堅と一緒に居られる」

「見て触れて私が知っている堅を信じていく事にしたから、だからもう

振り回されないの。だから、私はもういいの」


 「それにその伊倉って人も堅のこと知ったらきっと分かってくれるよ」

そう言ってニッコリ微笑む。


その言葉で堅は伊倉に対する迷いが消えていた。ニッコリ笑顔が愛おしく

なって綾香を抱きしめた。

瞳を閉じて綾香の耳元で囁く「やっぱり最高だよ、綾香は」

「何が?」不思議そうな顔で首を傾げる。

「いや、なんでもない」と意地悪に笑う。


「もぉ〜また意地悪」頬を膨らませたがその顔は笑っていた。


静かなオフィスで黄昏色に包まれて二人は何時までも抱きしめあっていた。








END




最後まで目を通して頂きまして、ありがとうございました。この小説はすでに完結していましたが、執筆者(私です・・・)の抜けたチェックにより19章の真実(2)を掲載しない状態で完結しておりました。すでに読まれた方、ご迷惑おかけし致しました。


*この小説はフィクションです。地名、団体等。実在しない箇所も含まれておりますのでご了承願います。

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