表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/34

第19章 真実(1)

どれだけの時間が経ったのか、今日が何日か何曜日かピンと来ない状態だった。

枕の時計を見る。

(あれから2日過ぎたんだ)


堅からは連絡も無く、無気力なまま体を縮ませて横になり時間を過ごしていた。

朦朧とする意識の中で堅が出て行く後姿を思い出しては涙が溢れ出る。

どれだけ泣いても涙が枯れる事が無く、はれぼったい瞼で宙を眺めていた。

堅と過ごした僅かな時間、楽しかった記憶が嫌でも思い起こされる。

(大好きな堅の笑顔もう見ることが出来ない。どうして?どうして否定し

なかったの?嘘でもいい否定して欲しかったよ)

頬から涙が伝う。泣きすぎて皮膚が炎症を起こし涙ですらヒリヒリと痛

みを感じた。

「お風呂入りたい」

ゆっくり立ち上がると2日間何も口にしていない体がふらつく。

壁にもたれ掛かるように移動してバスルームに入るとシャワーを浴びた。

ふと、堅の家に初めて行ったとき手を引いてくれた事を思い出す。


(あの時の堅は凄く優しくて・・なのに・・)

「うぅ・・ひっく・・」


頭から浴びるシャワーの音にかき消されそうな泣き声が虚しく響いた。





昼下がり堅はオフィスで業務に追われパソコンに向っていた。

何かを忘れるかのように慌しく電話を取っては流暢な英語で話をする。

自覚していた。いつもと違う自分に苛立ちを感じながら無駄な動きを

たびたび繰り返す。その都度イライラしては引き出しを乱暴に閉めたり

受話器を必要以上に強く置いたりした。


綾香の言葉が、泣き顔が胸を締め付けて頭から離れない。

ノックの音がした。

「失礼いたします」

「代表、準備が整いましたので会議室のほうへお願いします」


ゆっくりデスクから立ち上がり会議室へと向かう。

50人ほどが楕円形の大きなテーブルに座り堅を待っていた。関村

グループの役員達だ。無言でいつもの定位置であるテーブルに着く

と役員の一人が急き立てるように発言をした。

「代表、わが社の株価の下落を一体どうなさるおつもりですか?!」

堅の父方の叔父だった。父親の事業と遺産を引き継いだ際に会社で役員

をしていた。周りの役員数人からもざわめきが起こる。

叔父はあの週刊誌を手にすると堅の横まで歩き、目の前に雑誌を広げた

状態で無造作に置いた。

「これは、どう説明なさるおつもりですかな?」

「このように、わが社のイメージダウンに繋がるような報道をされては

株価の下落に少なからず影響があるのでは?!これは関村グループトッ

プの代表らしからぬ行為ですぞ!」

周りの役員達のざわめきが大きくなりやがて黙りこむ。堅の様子を窺う

ように静まり返ると沈黙が流れ、緊迫した空気が会議室に漂った。

堅は目の前に置かれた週刊誌に視線を移し、瞳を閉じると失笑した。

「ふっ、こんな記事で株価が下落?」あざ笑う。

堅の隣に立ってふんぞり返るような姿勢で見下ろす専務を横目に見る

と視線を会議室中央に移しゆっくり立ち上がる。

その瞳からは鋭い眼光が放たれていた。

その権力を誇示するかのように、こう言い放つ。

「わが関村グループでは2日前に株式史上前代未聞の超大型分割を行った」


「短期急騰への高値警戒感から利益確定売りが優勢となりこの下落も一

時的に過ぎない!」


そういい終わると目の前に置かれた週刊誌を手に取り楕円形のテーブル中央に

投げ置くように放った。

「こんな報道に一々左右されるようでは困る。わが社の役員である以上

もっと的確に状況を判断してくれ!」それだけ言い終わると会議室から

足早に出た。


オフィスに戻るとデスクに座り煙草に火をつける。

ゆっくりと煙を吐きながら口を開いた。

「調べは進んでいるか?」

「はい、こちらをご覧ください」


そう言って平尾は堅の座るデスクにA4サイズの茶封筒を置いた。その

中から十数枚の書類とクリップで留められている写真を取りだした。

あれほど強く抑えていたマスコミに火をつけた火元である伊倉の調査と

その後ろ盾である専務を調べていた。

「この男どこかで・・」一枚の写真を手にして呟く。

「見覚えがあるのも無理はありません。その男は先代が亡くなられた際

代表がお父上の愛人関係を調べた時に出てきた人物です」

「そうか、この男・・・」

父親が亡くなったとき数知れない愛人の調査を行っていた。


「自分は父親の隠し子だ」と名乗る女が現れたからだ。結局財産目当て

の狂言だった。今後そのような事が無いようにと念のため調べをしてい

たのだった。


「それで、証拠は掴めたか?」

「はい、今のところアメリカの大衆紙ABB社と国内の週刊誌の編集者へ

話を持ちかけた男が同一だと分かりました」

「伊倉か?」

「はい」

(何が目的だ、金か?それとも親父に関係している事か?)

「伊倉を徹底的に調べてくれ」

そう言いながら少し短くなった煙草を灰皿にねじ込んだ。

「はい。それから」

「代表こちらを受け取って参りました。」

そういうと手に提げた小さな紙袋をデスクに置き後ろに一歩下がる。 堅はデ

スクの端に置かれたショップのロゴが入った光沢のある紙袋を横目で見た。

(綾香・・・)


綾香の笑顔を思い出した。プレゼントしようと思ってリメークを頼んでいた指輪だった。

(こんな風になってから、届く事になるとは)

ゆっくりパソコンの画面に視線を戻す。

「もう必要ない、捨てておいてくれ」低い声で静かに語った。

平尾は予期せぬ言葉に驚いた。

(店員の話だとこれは代表のお母様の形見と、そして婚約指輪と聞いていたのに)

「しっ、しかし!」

「聞こえなかったのか!?処分してくれ」

イライラした様子で噛み付くように言った。

(まさか代表は綾香さんの事を諦めてしまわれるのか?!)

「代表、差し出がましいようですが綾香さんの事を諦めるおつもり

ですか?!」身を乗り出すように言った。こんな風に口答えする事など

平尾は始めての経験だった。

「ドン!」


堅が厚みのある机を握りこぶしで力いっぱい叩いた。

平尾はその音と堅の形相で我に帰る。


「も、申し訳ありませんでした」そういいながら頭を下げる。

「一人にしてくれ、しばらくの間電話も取り次がないでくれ!」

堅は机に置かれたパソコンの画面から視線を外さず黙々とタイピングを始めた。

平尾は机に置いた袋を手に取ると頭を下げて部屋から出て行った。


独りになったオフィスで堅は深いため息をついた。イライラして平尾に

八つ当たりした事も綾香の事も、自分の不甲斐なさを感じて行き場が無い。


立ち上がるとオフィスの窓から雑然としたビル群を眺めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ