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第2章 戸惑い(2)

男が目の前まで来て立ち止まると綾香は視線を逸らした。数秒の沈黙が気ま

ずい(どうしよぉ〜一応言い過ぎた気もするし謝っておいたほうが良いのかも)

そう考え込むと思い切って声を出した。


「あのっ」


ハッとした。男も同じ言葉を同じタイミングで放ったのだ。思わず男の顔を見る。


「えっ・・」「あのっ」これも同じようにかぶってしまった。


二人は顔を見合わせると、お互いが何を言おうとしているのか分かった気がして

苦笑いした。笑いがおさまると男は少し落ち着かない素振りで口を開いた。

「昨日はすまなかった・・・」


「わっ、私こそ言いすぎたわ。昨日はちょっとイライラしていて言い過ぎたって

思ったけど止まんなくて」早口で言い訳のように並べ立てた。

(そんなに悪い人じゃないのかな?)

後ろで何が起きているんだ?と友達が不思議そうにしている。

「行かなきゃ」男に告げて後ろを振り返った。

「このビルに遊びに来てたの?」


背中越しに声を掛けてきた。

「うん、展望台に行こうと思ったんだけど工事中みたいで」


「少し、まっていて」と言い終わらないうちにエレベーターの前でメガネを光らせ

ている黒いスーツの男に走り寄って何かを話しかけている。すぐに戻ってきてぎこ

ちなく微笑む。


「上がれるみたいだから見てって」

その瞳は昨日と違って何処か優しい眼差しだった。

「え?だって工事中じゃ」


「え〜〜〜〜!ねぇねぇほんとうぉ?」

綾香の声を掻き消すように後ろから大きな黄色い声が聞こえた。ユリは

男に走り寄る。

「本当に、良いんですかぁ?」と自分よりも30センチは背の高い男を見上げた。

男は綾香から視線を外す事無く今度は氷のような冷たい眼差し、その表情に綾香は

何処か違和感を覚えた。

「業者まだ入っていないし確認したら上がれるみたいだから」


戸惑い後ろを振り返るとみんなも喜んでいるようだった。ふと功一を見るとこっちを

見ようともしない。(功ちゃん気にならないの?)そう思ったがこみ上げる苛立ちを

抑えた。

「じゃぁ。お言葉に甘えて」


男は綾香の返事を聞くと展望室直通のエレベーターに向かう、後から付いてきた陸達

を先に乗せ最後に綾香は男と二人で入り口付近に立った。エレベーターはいっきに最

上階の展望室へと向かう。


「有難う」

横に立つ男に視線だけ上目で話しかけるとほんの少し戸惑った様子。

「いいよ、これなら受け取ってもらえるだろ?」


(?受け取る)

「え?」

「クリーニング代」


「あ!」昨日の事を思い出し急に恥ずかしくなった。男は綾香の態度を見て

「ふふっ」と笑いながら。


「なんだ、そうやって恥ずかしがる所を見ると以外に可愛い所もあるんだな」

「昨日はあんまり怒鳴り散らすから、どれだけ気が強い女かと思ったよ」意地

悪そうな顔でそう言った。男の言葉を聞いてムッとすると。(さっきは良い人か

もって思ったのに!)

「はぁ?何を言っているの?昨日は!・・」


思わず喧嘩腰になっているのに気が付いて後ろを見た。みんなが不思議そう

に見ている。あわてて小声で言い返した。

「やっぱ、失礼なヤツ」

男はゴツゴツした堀の深い顔で「はは、ゴメン」とぎこちなく笑った。

横目で見上げると男の瞳はさっきの冷たい氷のような眼差しから、意地悪だけ

ど優しい感じの瞳に変わっていた。エレベーターが最上階に着くとユリは走り出

す。円形でガラス張りの展望室は中央にエレベーターやトイレが集まっていて

景色が見やすい構造になっていた。

「うぁ〜〜〜何時見ても、良い景色〜〜」

子供のようにはしゃぐユリを見てみんなで笑う。功一は相変わらず綾香に視線を向け

ようとしない。そんな彼の態度を考えると苛立ちを隠しきれなくなりそうで綾香は黙

って窓辺に立った。地平線の彼方まで街並みが続き、晴れ渡った空から降り注ぐ太陽

の日差しが犇めき合うビルの群れに反射してキラキラ光って見えた。眼下に広がる景

色を見下ろし大空を飛んでいるような錯覚に陥る。

眺めのよさに沈んでいる気持ちもどこかに吹き飛んだ。


「凄い景色〜綺麗」

山の中で育ったから幼い頃から都会の景色に憧れていた。(この街に出て来るまで

夢にまで見たこの景色。雑然として居てビルがたくさん並んでいてだけどここに立

つとなんだか落ち着く)


「ね〜〜古川さん、あれってなんだろぉ?」

功一に話しかけるユリの声が聞こえる。

「あぁ〜。最近出来たビルだな」

楽しげに話す功一の声、笑いかける彼の声が辛くて二人に背を向けた。ふと目

の前に男が立っていることに気がつく、ジッとこちらを見ていて目が合った。男は直ぐ

に視線をそらし反対側に一人歩いて行く(なんだろ?目があった気がするけど)少し不

思議に思ったがまた直ぐに景色に見とれた。


「ごめん、お礼言ってくるから先に下りてて」

景色を十分に堪能した後、移動する事になり男にお礼を言って展望室から降りようとし

たが見当たらない。陸達を先にエレベーターに乗せて下ろすといる筈の男を捜した。


(何処いったんだろ?反対側にまだ居るのかな?)


静まり返った展望室、密度の濃いフェルト状のカーペットが敷かれた床を歩くた

びに鈍い靴音が響き渡った。円形ホールのカーブを曲がると男が窓辺に佇み景色を

見ていた。歩み寄りハッとした。その横顔が凄く寂しげで悲しそうだったから。


(昨日は冷たくて見下すように人の事見ていたのに、今日は優しかったりあんな

顔していたり変な人)そう思っていると気配を感じたのか男は静かに綾香を見た。


一瞬戸惑ったが少し離れた場所から話しかけた。


「みっ、みんな下に降りたから今日はありがとう。それじゃぁ」

そういい終わると男に背中を向けてエレベーターに向かって歩き出した。


「あのさ」

「あのさ、名前教えてよ」


さっき意地悪に突っかかって来た声とは別人のように弱弱しく聞こえ驚いて振り向く。


「え?どうして?」

(名前?何でそんな事聞くんだろ?)

不思議に思って男の顔を見上げると、またさっきの意地悪な顔になっていた。


「いや、なんとなく」


「聞いて如何するの?」


「だから、なんとなくだって」と意地悪な顔でぎこちなく笑う。(なんだろこの人

でも展望台に上がらせてくれたし名前ぐらいなら)そう思ったが上に立ったような

言い方が気に入らなくて。


「あのね。人に名前を聞く時は先ずは自分から名乗るものでしょ?」


綾香が顔を膨らませていると男は目を丸くしてこみ上げる笑いを交えながら。


「ははは、そうだねその通りだ」

ゴツゴツした顔からは想像できないくらい可愛い顔で笑った。


「申し送れました。僕は関・・」

と言いかけて止めると一呼吸置いた。

「城川 けん」


「城川堅、宜しく」

「よろしくって・・・」

もう二度と会うこともないだろう男の言葉につい口に出る。堅は綾香の考えている

ことがわかるかのように苦笑いすると落ち着きなく付け足した。

「ほら、また何処かで会うかもしれないだろ?」

「わ、私は高橋綾香」少し俯いて呟くように言った。


「綾香ちゃんか」

「ちゃんって、なれなれしい友達でもないのに、普通は姓のほうで呼ぶでしょ」

男を見上げて思わず口にした。男は一瞬固まるとすぐに顔を緩ませた。

「あははは。そうだな、ごめん高橋さんだね」と大笑いした。


冷たい瞳をしたり、子供みたいな顔で笑う堅を見て急に疑問に思った。

「でもどうして展望台に上がれたの?工事関係の人?」

堅は少し真顔に戻ると「まぁ、そんなところだね」と微笑んだ。


少し沈黙が流れる。


(なんだか気まずい)

「それじゃぁ、みんな待たせているから有難う。さよなら城川さん」


「どう致しまして」

綾香はその場に堅を残しエレベーターに乗って1階に下りた。


「みんなゴメンネ〜。お待たせ」

走り寄りながら言うと陸が申し訳なさそうに歩み寄る。

「綾香悪いな。じゃぁ行こうかぁ〜」


ユリが隣に駆け寄ってきて、綾香の顔を覗き込みながら満面の笑み。

「ねね、さっきの人ってぇお友達?」

「ううん、知り合い?かな・・?」


「なんかぁいい感じでしたよぉ〜お二人」

「ユリ余計な事言わんの」と幸太がユリを宥めた。


(いい感じって、凄い喧嘩腰だったのになぁ)そう思うと綾香はユリの顔を見て

苦笑いした。そのまま視線が功一に移ったが、彼は知らぬ顔で感心すらない

様子、なんだか堪れなくなりながら歩いた。




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