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第18章 暗礁(2)

シャワーを浴びて横になり部屋の灯りを消して瞳を閉じた。昨日から堅

とずっと一緒にいて、包み込まれるような温もりと幸せを感じながら過ごした休日。

(楽しかったな〜。堅、今何をしているのかな)

シルバーの携帯を見て想う。

レストランやセレクトショップで感じた寂しさもあったが、堅との距離が

随分近くなれた気がして満たされた気持ちを胸に眠りについた。



「ドンドンドン!!」

けたたましくドアを叩く音で目が覚めた。

「?!」

「ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!」今度はドアチャイムだ。

何が起きたか分からずに枕時計を見ると、起きる予定より少し早い午前

7時を少し過ぎた時間だった。

「何だろう?こんな早くに」

ゆっくりベッドから降りると、けたたましい音に脅える猫の間を通り抜け

玄関に向かう。ドアについている覗き窓を見た。

「!?」

ドアの前にあるスペースに詰め込まれるように覗き窓の狭い視界

では確認できないほどの人が立っている。

「高橋綾香さんのご自宅ですよね?!」

「綾香さんいらっしゃいますか?!」

「日東テレビです、記事についてお聞きしたいのですが!」

ドアの向こうで何人もの声が一声に叫ぶ。

「なっ!なに?テレビ局?!記事?」

予想も出来なかった事態に驚きドアの前から退くと、事態を把握できず

に混乱する。その間もドアの前から叫び声が続く。

「綾香さん!いらっしゃいますか?!」

「カタン・・」

ドアポストに何か入れる音が聞こえ、恐る恐るポストを開けると薄い

週刊誌が入っていた。 郵便受けから週刊誌を取り出す。

「おい!居るぞ!今音がした!」ドアの向こうで誰かが叫ぶ。

「!」

(やだ!なに?)怖くなって部屋に戻ると立ち尽くす。

手にした週刊誌をゆっくりめくると1ページ目のカラー見開きでデカデ

カと大きな見出しが躍っていた。

【関村グループ代表、華麗なる女性遍歴!】

(え?!)

その下に何枚ものカラーの写真が載っていて、見知らぬ女性と堅が写っていた。

1枚1枚違う女性で目元が黒く塗りつぶしてあったが車に乗り込む場面

や堅のマンションの前そして。

「!」

あのセレクトショップの前で取られている写真もあった。

一緒に写っている女性は目元こそ隠してあったが、その顔立ちやスタイ

ルからとても綺麗な女性だと見て取れた。そして2ページ目

に綾香の写真も載っている。記事にはこう書かれていた。

【関村代表は若くして才能豊か、その経営方針には世界中の投資家から

定評があり、計り知れないほど日本経済に与えている影響は大きい】

書いてある下に続いている記事は綾香が目を疑うものだった。

【有り余るほどの資産を持ち、独身で若くそしてルックスもモデルの様だ

大企業の代表を務める傍ら、女性関係は派手で一部の関係者からは懸念

の声も上がっている】

【気分で女性を選び、何度か密会を重ね飽きると次々と相手を変えていく

まるで関村社長の愛用している高価なブランド品のように女性達もまた

身につけるアクセサリーに過ぎないのか?】


【関係者A氏の話だと、関村代表は女性に飽きると一方的に連絡を絶っ

て手切れ金を渡し関係を絶つ。以前も妊娠騒ぎ等がありその際も大金を

積んで女性を黙らせた】

【今、関村代表が夢中になっている女性は、介護福祉士のT・Aさん。珍し

く地味で極普通の女性だ、今までの華やかなパリコレモデルとの付き合いが殆

どだったのに】

【関係者A氏=地味な女性に珍しく興味が湧いたようです。その興味も

何時まで続くか分かりませんが】

記事は続いていたが、そこまで読むと力の抜けた手から週刊誌が滑り落ちた。

(うそ、どうなっているの?)

気が着くと指先が震えていた。その場に座り込むと今読んでいた記事

のことを考えた。

【関係者A氏=地味な女性に珍しく興味が湧いたようです、その関係も

何時まで続くか分かりませんが】

【気分で女性を選び、何度か密会を重ね飽きると次々と相手を変えていく】

(うそよ!堅がそんな人じゃないって私がよく知っているもん)

頭の中に記事が反復して木霊するように響き渡る。

堅がくれた携帯を手にすると電話を掛けた。

コールがなり続けるが、出る気配は無い。

(堅。出て、嘘だって言って)

祈るような気持ちで携帯電話を耳に当てる。


やがて留守電に変わる。一度切ると直ぐにもう一度電話を掛けなおすが同

じだった。

(どうして出てくれないの?!)

不安が増幅して波のように襲い掛かる。

「ドンドンドン!!」

「いるんでしょぉ〜?!高橋さん〜」

「出てくださいよぉ〜」

玄関から聞こえる叫び声が途絶える事無く続く。 ベッドに潜り込むと

頭に枕を当てて耳を塞いだ。

(嫌!どうなっているの?)不安で怖くて涙が出てくる。

何時間経っただろうか、気が着くとドアからの物音が消えていた。 時計を

見ると10時をまわっている。

会社に連絡していなかった事を思い出し電話を掛ける。ホームにも報道陣が殺

到して大混乱を引き起こし、所属しているケアセンターの所長から【事態の収

拾が着くまで自宅待機してください】と言い渡された。

ボーっとする頭で何も考えられないで居た。

(堅、どうして何も連絡をくれないの?)

テレビを付けてみると関村グループの話題で持ちきりだった。

どのチャンネルも関村グループ代表と画面の端に出ていて関連のニュー

スが流れている。お決まりのポジションで同じような顔をした芸能リポ

ーターや評論家が口をそろえるように発言を繰り返していた。

堅のマンションの前ではリポーターが忙しそうに口を動かす。【関村グル

ープの株価が下落傾向にあり・・】すぐさまチャンネルを変えた。

【アメリカの大衆番組から火がついた報道で日本でも】どうやら報道の

発端はアメリカのゴシップネタが原因の様だった。

チャンネルを変えると報道陣に囲まれた若い女の口元から下が映っ

ていた。身を乗り出して画面を見ると声こそ替えてあったが間違いなく

ユリだった。

【え〜〜っとぉ、私もぉ心配して居たんですぅ】

【だってぇ、関村社長には何度かお会いしましたけどぉ。どう見てもぉ

○○さんとはぁつりあわないっていうかぁ】

【なんとなく、遊ばれているのかなぁって・・】

綾香はすぐさまテレビを切ると画面にリモコンを投げつけた。

息が上がり、涙が止まらない。

(嘘よ!堅は好きだって言ってくれたもん!好きだって)

冷静な自分が心の中で囁く。

(じゃぁ、どうして連絡をくれないの?着信を見ているはずでしょ?)

【地味な女性に珍しく興味が湧いたようです。その関係も何時まで続くか

分かりませんが】

【関村代表は女性に飽きると一方的に連絡を絶って】

悪魔の囁きのように綾香の頭の中で木霊する。

(嘘よ!あの堅が、あんな風に優しい堅がそんな人のはず無い!)

携帯が鳴った。綾香のピンクの携帯電話だった。

着信を見ると知らない番号だ

(誰だろうテレビ局?でもこの番号知らないはずだし)

「もしかしたら!」

「堅!?」慌てて電話に出た。

「もしもし」

【あ、高橋綾香さんですか?こちら東都スポーツの真田と申しますが

お話聞かせてもらえませんか?】

驚きで声が出ない「どっ、どうしてこの電話が?」

【あ〜、お友達の女性が教えてくれましてね〜。えーっと柴田ユリさんと

おっしゃる方が】

(ユリちゃんが・・!?)

確かに数ヶ月前まではユリの本性を知らず、とても仲良くしていて番号

交換していた事をすっかり忘れていたのだ。無言で電話を切ると電源を

落としベッドにもぐりこんだ。

外に出られない恐怖感。いままで感じたことの無い不安な気持ちでいっ

ぱいになり、おかしくなりそうだった。


(堅助けて、怖いよ。私どうなっちゃうの?)涙が溢れる。



どれだけの時間が流れただろう気が着くと眠っていた。

不気味なほど静まり返った玄関からチャイムの音が聞こえた。

「ピンポーン」

(さっきまで静かだったのに、また)


起きて玄関の様子をドアの隙間から窺うと、どうせまたマスコミだと思い

聞こえない振りをしてベッドにもぐりこむ。

「綾香!」

その声は堅だった。慌ててベッドから飛び降りると玄関に走りドアを開けた。

玄関に堅が立っていて綾香を見下ろしていた。その表情は逆光で陰って

いたが眉を顰めて優しい眼差しだった。

「堅」

「遅くなってすまない」

綾香は俯き、首をゆっくり振る。

「入って」

堅の声が不安だった心に暖かく響く、ホッとして泣きそうになった。堅に

背を向けたままベッドのある部屋に入るとその場に立ち尽くした。背中

に視線を感じながら黙り込む。

(何て聞いたらいいの?私の事は遊びなの?って?そんな事聞けないよ)

静かに口を開く。

「電話・・・したんだよ?」

「すまなかった、早朝から色々処理に追われていて、電話するより直接来

たほうが早いと思って」

「この記事に書いてある事、本当なの?」

「それは・・・」

堅は週刊誌を読んでは居なかった。しかし何が書かれているか大体の事は平

尾から聞いていた。自社の株価の下落に対して重役達からの反発の対応。週刊誌

の出版元やテレビ新聞各社に圧力を掛け、報道の沈静化を図っていた。

(どうして?違うって言わないの?)ゆっくり振り返り堅を見上げた。

「嘘・・だよね・・?」

「この記事嘘でしょ?」

堅は眉を顰め黙り込むと視線を彷徨わせた。

週刊誌に書かれているように、綾香に対してそんないい加減な気持ちで居

る事など一度も無かった。確かに記事はかなり不愉快に堅を書きたて

ていたが、今まで女性達に対する態度は堅自身でも自覚するほど冷たいものだった。

手切れ金も妊娠騒ぎも女性達が堅から大金をせしめる為に言い出した事

だったが。そんな人間に囲まれて育ってきた堅にとって自分の考えを主

張して言い合う事が一番嫌だった。多少の金を払う事で事態が収まるなら。

今迄の自分の態度に対する償いもあった。

何を口にしても言い訳の様で何と言ったら良いのか分からないで居た。

「この手切れ金も?妊娠も?」

信じられない事態に口が重くなるが聞かずには居られなかった。 堅が否定しない

そのことが不安だった心に追い討ちを掛ける。呼吸が上がり手足の先から冷たくな

る感覚が綾香を襲う。

「否定してよ」

綾香の頭の中で記事が木霊する。

(【地味な女性に珍しく興味が湧いたようです、その関係も何時まで続

くか分かりませんが】)

言葉を和らげようと作り笑いするが直ぐに真顔に戻る。

「違うって言って・・・」

(【気分で女性を選び何度か密会を重ね飽きると次々と相手を変えていく】)

唇が震えてうまく声が出ない

「堅?!」

(嘘・・・)

今迄心のどこかで感じながらも抑えてきた、なぜ堅が自分を好きになっ

てくれたのか。堅との距離そして価値観の違い、あのセレクトショップで服

を選ぶ姿。全てが頭の中で木霊し記事の内容と溶け込んで綾香に襲い

掛かった。

(【地味な女性に珍しく興味が湧いたようです】)

綾香は震える口で堅を見上げた。

「それじゃぁ・・私の事も・・?」

堅はその言葉を聞くと綾香の両肩を鷲掴みした。

「違う!綾香、僕は!僕は綾香のことを本気で!」

その言葉を聞いて何処かで安心できたが、記事に関して否定しない事で

芽生えた不信感を払拭する事が出来なかった。

綾香の曇った表情を見て堅の声が高まる。

「僕が信じられないのか?!」

(信じてくれ綾香?!)両肩を激しく揺さぶる。

綾香は堅の顔から目を逸らすと溢れ出る涙を見せまいと両手で顔を覆う。

(何を信じたらいいの?)初めて堅に会った時を思い出した。

(あの時の堅は・・・)

堅が急に遠い存在に感じることを抑えきれない。

「この部屋が」

「堅の家のエントランスほども無いこの狭い空間が私の生活の場なの・・・」

そこまで言い終わると涙が指の間から零れ落ちる。

必死に肩で息を吸い込んで呼吸する。

「堅とは・・違いすぎるよ・・」

(どうして?こんなに好きなのに、なのにどうしてこんなに遠いの?)

触れていた腕から力が抜けていくのを感じた。堅の両手が綾香の肩から

力なく離れると、黙って背を向けてそのまま玄関から出て行く。


虚しくドアが閉まる音が聞こえて、その場に崩れるように座り込んだ。

張り詰めていた何かがドアの音ではち切れた。大粒の涙溢れ出でると

悲しみを抑える事ができず嗚咽となって体から流れ出した。

(堅が、堅が行っちゃった・・・)

今迄どんなに悲しくても声を出して泣く事なんて無かったのに声が堪え

きれずに出る。

(終わっちゃったの?私達)

「堅・・行かないで・・」


震える唇で咽び泣きながら声にしても、堅の香りが無常にも部屋から消え

ていく。そのまま動く事が出来ずに泣き続けた。

「け・・ん・・堅・・」

名を呼び続けても、目の前にあるのは堅が出て行ったという現実だけだった。



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