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第16章 密度(1)

夜の街を車は静かに走り抜ける。緊張と感じたことが無いほどの高

揚感が綾香の中に渦巻いていた。ハンドルを握りしなやかにギアを

操作する堅を横目で見上げるとその顔は何処か優しげでホッとする。


車がウィンカーを点けて路肩に寄ると静かに停まった。

(え?まだ堅のマンションより大分遠いけど)

そんな風に思っていると堅は優しく綾香を見た。


「少し付き合ってくれる?」とニッコリ笑い車から降りた。

「え?」

車の外をキョロキョロ見ると堅が回りこんでドアを開ける。不思議に

思いながらも車を降りると手を引かれて車の直ぐ横にあるショップに

入る。照明が眩しく照らす広い店内は2階まで店舗のようで幅の広い

階段が店の奥にある。女性物の洋服やバックに靴、よく見るとブラン

ド品でセレクトショップのようだった。

「いらっしゃいませ」

華やかな声が聞こえ店の奥から女性が出てきた。声の持ち主は黒のス

ーツを着て胸元にネームプレートをつけ綺麗な顔立ち、モデルのよう

なスタイルの40歳前後の女性だった。

堅を見た途端「社長」と深々とお辞儀をする。

「今日はプライベートで来た」


店員に近寄りなにやら耳元で話しかけて女性は何度か軽く頷いている。

綾香は何がなんだか分からずに店内をキョロキョロ見ていた。

(こんなすごいお店、入った事ないよ)

すぐに目の前に店員が歩いてきて雑誌モデルのように綺麗に立ち止まる。


「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」と階段付近に手を差し向けて完璧な

ほどの営業スマイルでニッコリ微笑んだ。

「え?」


訳分からず堅を見ると優しく微笑む。

「大丈夫だから、その人について行って」

店員について2階へ上がる。階段は広く、磨き上げられ店の照明が映しこまれて

上品に輝いて見えた。

2階に着くとそこにはルームウエアー、パジャマらしき物から下着が

ぎっしり並んでいた。フロアー中央の陳列棚まで来ると店員が立ち止

まりクルリと振り返る。


ニッコリ微笑み「サイズのほう測らせて頂きますね」と言ったかと思う

と呆然としている綾香の体に手際よくメジャーを回す。


アンダーバスト、トップバスト、ヒップと測り終える。

「お好きな色はございますか?」

「えあ、えっと白とかピンクとか・・」

とたどたどしく答えると店員はニッコリ微笑む。フロアーの中を無駄

の無いうごきで歩きながら手際よく下着やルームウエアーを何点か手

に取る。


すぐ横の少し低い陳列棚の上に並べた。目の前に置かれた下着の値札が

チラリと見えて、つい目が行く。


(5っ5万?!パンツとブラで?!)目を点にしていると。

「如何ですか?」


「えっ、あ」と驚きで答えにならないような返事を返す。

「え、あのそれ・・・」(まさか、買うとかじゃないよね?)

「では、下のほうでお待ちください」


と並べた商品を丁寧に集めながらニッコリ微笑んだ。ピカピカの床を

歩き階段の足元を見ながら下りる。


(あんな高価なもの。まさか買うつもりじゃないよね?聞いてみなきゃ)

堅が何かを手にしていた。綾香が近寄り堅を見上げる。

「堅。あのね」

「これ着てみて」

「え?あ、あのね」

戸惑う綾香の両手に強引に服をのせて直ぐ横にある試着室に入れられた。

(どうしよう)腑に落ちないと言った顔をしていると。

「一応着てみて、似合いそうだから」と微笑んで試着室のドアを閉めた。

堅の強引さや馴染めない雰囲気の店内に戸惑いながらも言われるままに

手渡された服を試着すると誂えた様に体にフィットした。桜色で手触りが

柔らかく、光沢があり上質なシルクで出来ていた。


胸元が少し深めのスクエア型に開いていて、レースが可愛くあしらっ

てある。胸の直ぐ下が絞ってあって小さなリボンが付いている。布が何

枚も重なっていて、ふんわりと膝まで丈があった。


見た目が重そうなのに凄く軽くてフワフワしている。(ドレスみたい)

あまりにも綺麗な服に見とれていると堅の声がした。

「着られた?」

「う、うん」

「あけてもいいかな?」

ゆっくりとドアが開くと目の前に堅が立って此方を見下ろしていた。

綾香を見るなり白い歯を出してニッコリ笑い。

「似合うな」と呟く。

堅の笑顔で胸を揺さぶられるようなトキメキが襲うがどうしても馴染

めない空気に耐えられず切り出した。


「堅、お店出よう?」


「?良いから、他のも着てみて」

と優しく言うと手早くドアを閉めた。どれも可愛くてとても綺麗なデザ

インだった。


(パンツとブラで5万でしょ?この服値札付いていないけどきっと凄く

高いのよね)等と思いながら自分の服に着替えて試着室を出る。


試着室から出ると先ほどの店員が堅の横で待っていた。手際よく服を試着

室から出すとそのまま手に取り店の奥へと消えていった。ふと堅の横顔を

見上げる、高級店でこんな風に洋服を選ぶ彼がまるで知らない人のように

感じた。

(なんだか慣れている)

そんな風に思うと馴染めない場の空気と堅が自分とは全く違う感覚を

持っている事に寂しさを感じた。奥から先ほどの店員が手に大きな紙

袋を2つさげて現れると堅に手渡す。

「行こうか」と優しく話しかけられて店から出た。

綾香が車に乗ると堅は後部座席に紙袋を乗せ運転席に乗り込む。


思い切って話しかけた。

「堅さっきの洋服って買ったの?」

「うん、着替え必要だろ?ドレスは後で届けさせるから」


と優しく微笑む。その笑顔は優しかったが心は寂しさで溢れていた。

(こんな風に、私が頑張っても手が届かないほどの高価なものを何の

躊躇も無く買うんだ)

堅を好きになればなるほど高価なものを買い与えられる事が綾香にと

って堅との距離を思い知る事だと実感していた。

(本当に私、堅と違いすぎる。高級レストランにプライベートスペース

を持っている堅も、こんな風に買い物しちゃう堅も私には遠い存在だよ)

そんな風に思うと切なくて涙が出そうだった。

「綾香?どうした」堅が不思議そうに顔を覗く。

「着替えなら家に戻ればあったのに」少し俯いて答える。

「はは。僕の家に置いておくのも必要かと思ってさ」

その一言、一言が綾香の心に重く圧し掛かる。

(堅は私の何処が好きなんだろう)

「堅私ね、こんな風に買って貰うの好きじゃない」

堅の顔が見られないまま俯いて言った。

「え?」


綾香の反応に堅はまた戸惑いを感じていた。

(今迄、他の女に何か買うと喜んで礼言われたのにどうしてだよ!嬉

しくないのか?綾香?)綾香の横顔は俯いていて髪の毛が頬を隠し表

情が窺い知れない。不測の事態にどうしたら良いのか分からないで居た。

「綾香?」問いかけも綾香は俯いたまま。

(私ったら、どうしてこんな風に思うのかな?堅がお金持ちだって始

めから知っていたはずなのに、堅をどんどん好きになる。でも堅を

知れば知るほど、堅がすごい人だって思えば思うほど相応しくない

って思い知らされているみたい)


そんな風に思うと、どうしようもないほど寂しくなった。

「ごめんね」


堅は黙って綾香の横顔を見ていた。

「堅がせっかく買ってくれたのに」そういい終わるとまた少し黙る。

「こういうの、慣れてなくてなんか苦手なんだ」俯いたままぎこちなく笑う。

「だめだね・・・なんか場の空気読めないよね、私」

と言い終わると精一杯微笑み堅を見た。

堅の顔は眉を少しだけ顰めていてその瞳は切なさで溢れていた。


(そんな顔しないでよ、堅が遠いよ)そう思うと涙が出そうになる。

(僕は。他の女達と違うから綾香を好きになった。それなのに、いつの間にか

その女達と同じように扱っていた。自分の考えばかり押し付けて綾香の気持ち

なんて考えていなかった)

「すまない。綾香を困らせるつもりじゃなかったんだ」と呟くように言った。

「ううん、私もごめんね。なんだか・・・」

(なんだか私、堅に全然相応しくないよ)


最後まで口に出来ず心の中で思った。胸を締め付けるような痛みが綾香

の心に走る。切なくて今にも泣きそうだった。

「今買ったのは着てくれるかな?凄く似合っていたし」と申し訳なさそう

に言うと綾香は少し涙を溜めた瞳で堅を見上げた。


「うん。ありがとう」



更新が遅くなり申し訳ありませんでした。今後ともA Song For Youをよろしくお願い致します。

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