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第15章 共有

大きな交差点をシルバーメタリックの車がボディに街並みを映し込みながら優雅に

曲がる。さらに少し狭い道に入ると急な上り坂を上った。助手席の綾香が口を開く。


「あ、そこのマンションだよ」と指差して堅を見た。


堅は綾香の顔をチラッと見ると少し微笑んでマンションの前で車を停める。


「まってね、直ぐに戻るね」


微笑むとバックを片手に降りる準備をした。


「綾香」


「どうしたの?」不思議そうな顔で体勢を戻す。


「いや、その」堅は目が合うと眉を顰めて視線を彷徨わせる。

「どうかした?」何かを言いたそうな顔で居る事が気になって聞いてみる。

「・・・いや、なんでもない」

口籠るように黙り込むとハンドルから右手を外して口元に当てフロントガラスに

目を向けた。


「ほんとう?」

「あぁ」


その態度は気になったが狭い路地で何時までも停車しておくわけにも行かず

「じゃぁ〜直ぐに戻るね」と微笑んで車を降りた。





一人になった車内で堅は心の中で悶々としていた。


(何をやっているんだ、僕は!)

そう思うと顔から火が出るんじゃないかと思うほど頬が熱く感じた。

(今日は綾香を帰したくない、だから1、2日帰らなくてもいいように猫に餌とか。

着替えとか言いたかったのになぜ言えない?!)


ハンドルにもたれ掛かり頭を抱えると綾香の顔を思い出した。


(あんな風に何の警戒心も無く、あどけない顔で見られると言えなくなるんだよな。

言い出してどんな風に思うだろう。やましい事じゃないのに一緒にいたいのに)


今迄。感じた事の無い気持ちを処理しきれずに心の中で持て余していた。どうしたら

良いのか分からなくなるまで相手を好きになる事も、自分から相手に気持ちを伝えた

のも生まれて初めての経験だった。


(この年になってこんな風に思うことになるなんてな)

そう思うと自分の不甲斐なさを感じながらもくすぐったい気持ちが込み上げた。






部屋に戻って猫に餌を与えながら綾香は堅が何を言いたかったのか考えていた。


(堅、何を言いたかったのかな)考えながらガラスの器に猫餌を入れた。


ふと、堅がニューヨークに行く前にいった言葉を思い出す。

【休暇が取れそうなんだ、そしたら一緒に過ごせる?】


(一緒って、過ごすってつまりお泊りって事?!それってさっき言いたかったこと?)


堅の顔をパッと浮かぶように思い出す。


(イヤ!イヤイヤ・・待て待て私!あはは、まさかね。食事って言っていたし。それに

お泊りのつもりで着替えとか持っていったらドン引きされそうだし私ってば何考えている

んだろう〜、あーもぉーー!何悩んでいるんだろう。恥ずかしいなぁ)

「あ〜〜、変な事考えているうちに餌てんこ盛り、これじゃぁ2日分くらいあるよ」

(2日かぁ意識しちゃうよぉ〜。バカだなぁ私)そう思って苦笑いした。


「今迄、こんな風に考えることなんてあったかなぁ〜?どうして堅の事だと分からな

くなるんだろう」

堅を待たせていることを思い出してバックを掴むと慌てて部屋から出た。




戻ってきた。(やはり、何も持ってこないか)顔に出さないように思いながら

乗り込んだ綾香に微笑んだ。


「ごめんね、おまたせ」とニッコリ堅を見た。


「いいよ、じゃぁ行こうか」


その笑顔を見ると自分が何を考えているのかと恥ずかしくなった。車は静かに走り

出し街の中心部に近づく、綾香と最初に再会した展望室のあるビルに着いた。ビル

の裏側から車を入れるとそこには堅専用の駐車スペースがあった。


車から降りると直ぐにエレベーターが見える。

「ここも堅専用なの?」

堅は車のドアを手元で操作してロックすると綾香を見て微笑んだ。


(うひゃ〜なんかつくづく、世界が違うって思い知らされちゃうなぁ)

そんな風に思って少し寂しさを感じた。エレベーターに乗り上昇するとまた驚く。

エレベーターの壁がシースルーになっていて上昇と共に街の夜景を望めるの

だ。目をパチパチさせて堅を見る。


「すごぉい〜!綺麗だね」


きらめく無数の明かりが次第に小さくなり群れを成して輝いているように見え、宝石

箱の中に迷い込んだような気持ちになる。

そんな綾香を見て微笑み、初めて友達になってほしいと言った日の事を思い出して

いた。(【時々、ここで話しでもしない?】って僕が言って綾香が【え?ここで?人が

いっぱいだよぉ〜これからは】って交わされたんだよな)思い出して苦笑いした。


上昇するエレベーターの中で透明な壁に両手を当ててはしゃぐ綾香を見る。

(あの時。工事中だったこのビルのレストランに食事できるスペースや夜景の好き

な綾香に見せたくてこのエレベーターを追加工事した事を思い出すな、何時かきっ

と一緒にこられると思って)


こうして一緒にこの場所に来られた事が堅にとって特別な想いがあった事を綾香

は知る筈も無く、夜景を見て瞳をキラキラさせている。


展望室の1フロアー下にエレベーターが到着してドアが開いた。降り口の左右にウ

エイターと黒服の男性が4人立っていて2人を見ると「いらっしゃいませ」と頭を下げ

た。少し戸惑う綾香はさりげなくエスコートされてエレベーターから降りた。


部屋は広く30帖はありそうだ。窓は前面ガラス張りで夜景が一望できる。柔らかな

暖色系のライトが上品に室内を照らし外の夜景を邪魔しないように計算されていた。


窓際に4人がけのテーブルが1セットありテーブルクロスの上には綺麗にセットされ

た食器やグラスが室内のライトに照らされ上品に輝いて見える。


慣れない空間にいきなり緊張してきたが外の夜景を見るとまた心が和んだ。

テーブルに着いても落ち着かず「ここって・・レストラン?」と堅の顔を見た。


「うん、レストランは向こうにちゃんとあるよ」


「ここは僕が食事をしようと思って作ったんだ」

と言いながら(まさか、綾香を連れてきたくてとは言えないよな)そんな風に思った。


「ここも堅専用?」と堅の顔を覗くように聞く。


「そのつもりだよ」


(あは。そのつもりってなんか凄すぎて頭真っ白)苦笑いすると堅が優しく微笑む。

「綾香、ワイン何飲む?」

「え?堅車だしいいよ」

「いいよ、少しくらい大丈夫だろう」

「だめだよぉ〜、飲酒運転は良くないの!」と頬を少し膨らませた。


その顔が可愛くて堅は苦笑いした。


「じゃぁ、後で僕の部屋で飲もう」と笑いながら、つい口走ってしまった事をほん

の少し悔やみながらも綾香の反応を窺ってドキドキした。


「あは。うん」


戸惑いながらも頷いた綾香を見て今すぐにでも引き寄せて腕の中に抱きしめたい

気持ちが渦巻いた。


返事をしてしまった後に緊張が身体を駆け巡る。チラリと堅の顔を見ると優しさが

溢れたその顔から覗く瞳が、部屋の照明のせいか夜景の煌めく灯りのせいか深く

優しい中にも妖しい輝きを放っているように見える。心の中で突きあがるようなとき

めきが渦巻くのを感じた。


(変に意識しちゃうよ。堅はそんなつもりじゃないかもしれないのに)


運ばれてくる食事はどれも美味しく、食べたことの無い高級食材がふんだんに使わ

れていた。


「美味しいね」


子供みたいな顔で微笑む綾香。


「そうだな」


普段と変わらない食事でも綾香と一緒にすることでこんなにも美味しく楽し

い事だと感じていた。向かい合って座る綾香に触れたくて抱きしめたくて切な

さが溢れ出しそうだった。



食事を済ませて車に戻ると車内で体がくっつきそうになる。意識しすぎて堅は感じた

事の無い緊張感に包まれていた。綾香がバックを足元に置くために少し前かがみになる。


「綾香」

綾香が顔を上げながら堅の方を見て「なぁに?」と体勢を戻すと二人は見詰め合う。


距離がぐんと近くなって綾香の心臓が大きく脈打つと堅の瞳の光が妖しげで切なげ

で吸い込まれそうになった。

綾香の唇が可愛らしくて愛おしくて無意識に指で触れていた。

唇をなぞるように触れる指先。見詰め合った綾香の視線が驚きと戸惑いで彷徨うと

堅は指を頬に移して顔を近づけた。


唇まで数センチの距離で綾香の瞳が静かに閉じたのを確認してからそっと唇を重

ねる。唇はそっと触れ合うように次第に密度を増して絡み合う。気持ちを確認し合

ってから仕事が忙しくて触れ合うことすらままならなかった。


触れたくて抱きしめたくてじれったい気持ちを抑えながら過ごした数日間。


(ずっとこうしたかった)堅は強く想うと唇を重ねたまま綾香の髪の毛を撫でるよう

に体を引き寄せる。唇から吐息が漏れると刹那が堅の体の中に溢れ出す。


堅は唇をゆっくり離すと綾香を抱きしめた。


「綾香。帰したくない」


堅の囁く声が耳元で聞こえる。また鼓動が大きく体を揺らすのを感じながらも食事

の時感じた戸惑いも迷いも何処かに消えうせ心の中で(堅と離れたくない)と想って

いた。


「うん」


その言葉を聞いて綾香の細くて柔らかい髪の毛を頬で撫でるように摺り寄せた。


体が離れると、恥ずかしさが綾香を襲う。シートに戻ると柔らかいレザーに身を

沈ませ堅を横目で見上げた。


堅はそんな綾香を見て優しく微笑むと車を静かに走らせた。


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