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第14章 繋がり(2)

数日後の昼下がりに綾香は町の中心部のカフェで友達の陸・由香夫妻と会っていた。

共通の友人が結婚するのでお祝いに贈る物を相談するためだ。最近出来たビルの1階

にあるオープンカフェは開放的でお洒落な雰囲気だった。


「じゃぁ〜みんなで贈る物はあいつらが欲しがっていたDVDレコーダーで決まりだな」

「うん」陸・由香にはまだ功一と別れた事を話せていなかった。

由香が突然思い出したように聞いてきた。

「綾香。最近古川さんと逢えている?」

綾香はあの日の事を思い出す。

(別れた事、言っておいたほうがいいよね)


「あのね、実は」

「あは、こんにちは〜〜」

歩道に背を向けて座っていた綾香の後ろから聞きなれた声がした。楽しそうに話

しかける声は今一番聞きたくない声だった。ユリが功一とテーブルに近づいて何事も

無かったかのように二人は席に座る。とっさに二人の顔を見たくなくて顔を逸らした。

(どうして?ここにいるの?!)


ユリが綾香の顔を見る。

「あは。今朝、由香さんに電話したらぁ。今日ここで綾香さんとお話するって聞いて来

ちゃった」と無邪気な顔で微笑んだ。

(私と功ちゃんが付き合っていたこと知らないの?功ちゃん話していないの?!)


功一は綾香の顔も見ずに何事もないかのように振舞っていて怒りがこみ上げる。

(信じられない、どういう神経しているの?!)


ユリと功一が二人揃って現れた事に陸夫妻も場の雰囲気がなんとなくおかしい

事を察した様子だった。

「ごめん、ちょっとお手洗い」

立ち上がり化粧室に入るとこみ上げる怒りを如何したら良いか分からずに鏡に

向かった。後を追うようにユリが化粧室に入って来くる。顔を合わせないように化

粧室を出ようとドアに手を掛けた。


「綾香さん。まだ気にしているの?」

「え?」


「あは、だって〜顔怖いんだもぉん、功ちゃんがぁ〜ユリを選んだからって当たらな

いでほしいなぁ〜」と前髪を直しながら鏡を見て微笑んだ。


「・・・当たってなんていないわ」


(この子知っててここに来たの?!)


「あはは。綾香さんがさぁ〜どんな顔するのか見てみたくってぇ。こう言うのって何

回しても楽しいのよねぇ〜」その可愛い顔からは想像も出来ないような言葉がユリの

口から出た。


「なんですって?!」


綾香の足の先から顔まで舐める様に横目で見ると笑い混じりで言う。


「功ちゃんがさぁ〜30過ぎたおばさんよりも若い子が良いってぇ、ユリのほうが良

いって言うんだもん」


「何て思おうと勝手だけど、私にはもう関係の無いことよ!あなた達だって好きだ

から付き合っているんでしょ?」と言うとユリは弾ける様に笑った。


「きゃはは。好き?!功ちゃんは確かに嫌いじゃないけどぉ」

「このバックね。ヴィトンの新作なんだぁ〜。おねだりしたら買ってくれたのぉ。功ち

ゃんて社長さんでしょぉ?だから付き合ってるの。お金持ちだしねぇ〜。理由も無しに

わざわざおじさんと付き合うわけ無いじゃん」


ユリの口から出る言葉が信じられず、あっけに取られた。


(何でも買う?!こんな子に、そんな事の為に私!)


ユリの顔を殴りたいと思った。感情に任せて振り上げようとした手をきつく握り締める

と無言で化粧室を出た。


(この子と言い争っても無駄だわ。終わった事だもの、そう終わった事!)

自分に言い聞かせて怒りを抑える(もう帰ろう、これ以上ここに居たくない!)


そう思い陸たちが待つテーブルに戻った。事情をまだ知らない陸たちに心配

を掛けたくなくて功一から目を逸らす。

「ごめん、ちょっと用事があってそろそろ帰るね」

バックを片手に席を離れようとした。


「あ、じゃぁ俺らもそろそろ帰ろうか」陸と由香も立ち上がる。


お金だけテーブルに置いて席を離れようとしたがタイミングを逃してしまった。

功一とユリの前にいるとジワジワと怒りが蠢くのを感じる。会計を済ませようとレジに

向かうと途中で携帯電話の着信音が聞こえた。綾香のバックからだった。見ると堅がく

れたシルバーの携帯電話が鳴っている。


(あ、音消すのを忘れていた)慌てて取り出す。

「ごめんちょっと待ってて」と陸に話し電話に出る。


【もしもし】

堅の優しく柔らかい口調が聞こえるとさっきまでの苛立ちが嘘のように消し飛び、何

処か安心するこの声は心を暖めた。


【今帰ってきて、社に向かっているんだ】


「そっか。おかえり」

と微笑んで答えるとユリが後ろから覗き込む。

「あれぇ〜?もしかしてぇ〜綾香さんもう新しい彼出来たんですかぁ〜?」

電話の向こうの堅にも聞こえるような大声でユリが言った。陸たちはもちろんの

事、周りの席に座っていた知らない客も何事か?と言った顔で一瞬此方を見た。


ユリの態度に我慢が出来なくなりそうで黙りこむ。綾香の顔をみるとユリはさらに

声のトーンを上げて笑い始めた。

「嘘ぉやだぁ〜ほんとぉ〜?」

【綾香?今何処?】

その声を聞いて我に帰る。

「あ、えっと堅のオフィスの通りに新しいオープンカフェが出来たの。そこにいるん

だけど」

【そうか、じゃあまたな】


とそっけなく電話が切れた。(堅に変な風に思われたかな?)

そんな風に思うと悔しくて泣き出しそうな気持ちになり電話を切った後俯いて会計

を済ませた。ユリの顔を見ると怒りを抑え切れなくなりそうだった。


(幾ら頭に来たからって、こんな所で怒鳴ったら陸と由香が驚く)


自分に言い聞かせ早くこの場を離れようと陸たちの後に続いて外に出た。


先に出た陸たちがざわめき、何かを話していた。


「すげーリムジンだよ」


「あ、ほんとうだ。なんでこんな所に停まっているんだ?」


「すごぉ〜〜い.高かそうな車ぁ〜いいなぁ〜」とユリが功一を見た。


功一はユリを見て「高いよ目が飛び出るくらい」と笑う。


綾香には見覚えがあった。

ドライバーが降りてきてドアを開ける。

(このドライバーさんもしかして)心臓が大きく脈打つ。


ドアがゆっくりと開くと長い足が見えた。


薄暗い車内から体を屈ませて降りてきたのは堅だった。姿を見た途端、驚きとホッ

とした気持ちが入り混じり、涙が出そうになる。


(け・・ん)


黒っぽいスーツに光沢のある深いグレーのシャツ、いつものノーネクタイで革靴を

履きさりげなく身につけている時計はスイスの一流職人が半年以上掛けて部品か

ら作る1点物のクォーツだ。


堅が降り立った歩道は一瞬にして空気が変わるように感じた。その上質身なりは

内側から放たれている知性が映し出されている様だった。


綾香の目の前居る陸たちがざわめく。

堅に一度会っている筈の彼らも、だいぶ前のことで「どっかで見たことあるよな?」

と言った感じだった。堅はゆっくりとした足取りで綾香に向かって真っ直ぐ歩いてきた。


陸たちの間を通り過ぎると目の前に立つ。綾香は堅に逢えた喜びとさきほどまで

の泣き出したいくらいの苛立ちは何処かに消え、ホッとする気持ちで胸がいっぱいに

なった。堅は鋭い視線を緩ませいつもの優しい顔で微笑み静かに口を開いた。


「偶然だな」


あふれ出しそうな嬉しさを堪えて言葉にならず綾香は笑顔になる。


「あは・・堅」


「でも、どうしてここだって分かったの?」

と聞くと意味あり気に目配せをしてニッコリ微笑んだ。

(もしかして、このビルも堅の・・・)

「おかえりなさい」

直ぐ横でざわめく陸たちを見て綾香と堅は顔を見合わせた。

「あ、えっと。紹介するね」

そう言ったものの、なんて言ったら良いのか考えた。


「綾香さんとお付き合いしている。関村堅です」


(え?!関村って名乗って大丈夫なの?)驚いて堅の顔を見る。

陸が驚いた顔で大きく目を開くと何かを思い出したように口を開いた。

「あれ・・そういえば関村ってこの前、あ!まさか!関村グループの社長!さん?!」

と叫ぶと周りの客のざわめく声が聞こえた。


「え?!関村社長?!うそ!どこ?」

(こうなる事分かって名乗ってくれたんだ)

何の躊躇も無く恋人と名乗ってくれた堅に嬉しさを感じていた。


「あ〜〜〜!もしかしてぇ前に空中庭園で逢った事あるぅ」

耳を突くような大きな声がしたかと思うとユリが堅に駆け寄り瞳をキラキラさせて

見上げた。

「私、綾香さんの友達のユリって言います。覚えていますかぁ?」とニッコリ微笑んだ。


ユリの態度にムッとしたが、さっき化粧室でユリが話していた事を思い出し堅の顔が

見られない気持ちで目を逸らした。


(【だってぇ〜、おばさんより若いユリが良いって言うんだもん】)

ユリは若いだけじゃない、同性から見ても綺麗で可愛かった。


「綾香。今日はこれから予定あるの?」と優しく綾香を見た。


(え?)


「ううん・・帰ろうかなって思っていたけど・・」

(もしかして今ユリちゃんを無視した?)

普段の優しい堅からは想像もできない行動だった。まるでユリが存在してい

ないかのように振舞う。ユリは驚いて固まった様子で立っていた。


「じゃぁ。僕も仕事が終わったから一緒に帰ろう」


「う、うん」

「陸、由香。後で詳しく話すね、今日はもう帰るからまたね」


「あ・・うん・・またね」

大きく口を開けたまま呆然とする陸達を残し背を向けた。


見上げると堅はニッコリ微笑み腰に手を添えるように車のドアにエスコートされた。

ドライバーがドアを開けると二人が乗り込む。ドアが閉められると車は静かに走り

出した。


柔らかなソファー調のレザーシートに身を沈ませて直ぐ横に座った堅を見た。その

表情はなんとなく微笑んでいるようにすら見えてホッとして安らぐ気持ちを感じた。


堅が運転席と後部座席を分けるパーテーションを手元で操作するとゆっくりと仕切

りが閉まり車内と言うよりリビングに居るような空間の中で二人きりになる。

視線を感じたのか堅が優しい顔で微笑んだ。


(堅は無口な人だ。多くを語らない。でも気持ちも、優しさも凄く伝わってくる)

そんな風に思うと愛しくて心が熱くなるのを感じた。



綾香との距離が僅か10センチ。堅は久しぶりに綾香に逢えて幸せな気持ちだった。

瞳を見ると仕事の疲労感もストレスも何処かに消えうせ名前を呼ぶと堅を見上げて

ニッコリと微笑む。その笑顔は何よりも安らぎを感じた。


「今日は一緒に夕食を食べようか」


「うん」

と満面の笑み。その顔があまりにも可愛らしくて顔がにやけそうになる。

「じゃぁ、今日は僕のお勧めの店に行こう」

「あは、楽しみ〜」

突然何かを思い出したように堅の顔を見上げて口を開いた。


「あ!家に戻らないと猫にごはん」

「あはは。じゃぁ僕の家に行って車乗り換えてから行こうか」と笑った。

初めて展望室で綾香に対する特別な想いを感じた時の事を思い出していた。

(あの時も、猫にご飯で帰ったんだよな)苦笑いすると今隣に座っている綾香との

心の距離が随分近くなった事を嬉しく思った。



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