表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/34

第14章 繋がり(1)

晴天の青空。心地よい春風が優しく吹き抜けるGreen Home。庭の中央にある小さ

な円形の噴水の淵に綾香が腰掛け車椅子のコレットと膝を突き合わせ手話で話を

していた。楽しそうに話が弾む。コレットの体調が最近良いのだ。


綾香がコレットの右手を手に取り自分の喉に当てるとコレットは不思議そうに顔

を顰めた。口話でゆっくり語りかける。


「コレットさん聞いて」

と微笑むと春風に髪を揺らす。深呼吸するとコレットが綾香の口元を読み取れるよ

うに大きく口を開きゆっくりと声を出した。


たどたどしいフランス語は声帯を震わせ喉に当てたコレットの手に音程が伝わる。

フランス語の歌詞や発音は難しかったが綾香は歌が得意だった。毎日時間を見

つけては練習していた。


コレットの顔が次第に緩み記憶を辿る様に青い瞳を輝かせた。


3分ほどの短い歌を歌い終えると、コレットは興奮した顔で手を動かす。


「凄いわ!アヤカどうやって覚えたの?」


「コレットさんと一緒に歌いたくて、コレットさんに歌って欲しくて覚えたの」

と手話で返した。もう一度コレットの手を取り喉に当てるとコレットは左手を自分

の喉に当てた。目で合図すると二人で歌いだす。


静かに語るように歌い始めた二人の歌声は手を伝わりお互いの声が共鳴する。


2度3度歌い繰り返すと綾香が手話で言った。

「コレットさん。歌えているよ!ちゃんと声が出ているよ」

満面の笑みでコレットに話しかける。コレットは青い瞳にうっすらと涙を浮かべ

「歌えた・・・歌えたよ!アヤカの音が伝わるのよ!」と必死に手を動かす。

綾香は嬉しさで言葉にならず深く微笑んで頷いた。


「アヤカありがとう」


そう言うと皺の深くなった頬に涙が伝う。綾香はニッコリ微笑むとポケットか

らハンカチを取り出しコレットの頬にそっと当てて涙を拭いた。


「おや、なんだい随分たのしそうだね」


同じホームに入居している華が、同僚に車椅子を押してもらい近づいてきた。

「華さん」

「あんまり綺麗な歌が聞こえてきたから」

コレットは華を見ると、さっきまでの笑顔が消え途端に顔を背けた。

二人はホームの中でも特に仲が悪い、綾香と同僚は顔を見合わせて苦笑いした。


「コレットさんのふるさとの歌なんだよ」


「へ〜、そうかい綾香ちゃんがあんまり楽しそうに歌うからついつい聞き入

っちゃったよ」


顔を背けていたコレットが何かを見つけて綾香に指で合図をした。


気がつくと華も同僚も綾香の後ろを見ている。不思議に思い振り返ると3メートル

ほど離れた噴水の横に堅が立って此方を見ていた。その顔は深く優しい笑顔で目

が合うと右手を軽く上げてニッコリと微笑んだ。


(え、堅?)

突然、堅が現れて驚いたが途端に嬉しさがこみ上げ笑顔になる。


「おや、綾香ちゃん旦那さんかい?」と華が茶化すように聞いた。


「ち、違うよぉ私独身だしっ」


「アヤカのボーイフレンド?」と、手話でコレットが聞くと綾香は恥ずかしそ

うに頷くと「行っておいで」優しく言ったがコレットが心配で戸惑った。

すかさず華が横から言う。

「この偏屈ばあさんは、私が見ておくから大丈夫だよ」

すると口話で聞き取ったコレットが自分の喉に手を当て。

「偏屈ばあさんはあなたでしょ!」と辛うじて聞き取れる発音で言い返す。


「なんだい、聞こえてたのかい?」と白々しく言うと

「聞こえているよ!」とまた声を出す。二人の口調は荒かったが楽しそうに

も感じた。


綾香と同僚は顔を見合わせると、最近は顔も合わせ様としなかった二人が言い争う

も生き生きと楽しそうに話すのを聞いて苦笑いした。綾香が笑っているのを見て華

もコレットもお互いの顔を見合わせて笑った。


「ごめんなさい、ちょっと行ってくるね」


同僚は優しくうなずいて「ゆっくりで良いわよ」と言ってくれた。


一昨日逢ったきり堅の仕事が忙しくてまだ食事すら出来て居なかった。堅の顔を

見ると言葉には出来ないほどの喜びが湧き上がって笑顔になる。目の前まで歩くと

綾香を見つめて申し訳なさそうに呟いた。

「仕事中にすまない」

「ううん」

と微笑むと少し照れくさくて恥ずかしくなる。


ふと、堅の後ろに隠れるようにスーツを着てメガネを光らせている男がいる。目が

合うと男は会釈をした。綾香も戸惑いながら会釈する。


(あれ?この人前に堅と居た人だ)

「平尾、車で待っていてくれ」


「はい」お辞儀をするとホームの目の前の道に停めてあるリムジンに歩いていった。


(あ、秘書ってあの人なんだ)

「堅どうかしたの?」


「急遽ニューヨークに行く事になって5日間帰ってこられないから発つ前に逢いたくて」


綾香はそれを聞いて少し驚いた顔をしたがくすぐったくなって。

「うん。私も堅に逢いたかった。あのね、コレットさん歌えたんだよ」と瞳を輝かせ

て微笑んだ。


綾香が高いキーで楽しそうに流れるように歌い、日に照らされて輝く後姿。堅の瞳に

は天使のように映っていた。愛しくて引き寄せて抱きしめたい気持ちだったが空港に

行く時間が迫っていた。

(もう行かなくては、離れたくないな)


綾香の手を握ると名残惜しい気持ちを堪える。

「帰国したら休暇が取れるから、そしたら一緒に過ごせるかな?」とぎこちなく話

しかけた。


少し間を置いて「うん」と笑顔で答える。キラキラと輝く綾香の笑顔を見てこのまま手

を引いて一緒に連れて行きたい衝動に駆られる。


「じゃぁ行って来る」


そう言うと少し切ない瞳を覗かせて振り向き車に歩いていった。綾香は堅の後姿を

見送りながら、広い背中を見て少し寂しい気持ちを抑え(気をつけてね)と心の中

で呟いた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ