表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/34

第13章 温もり

唇が離れると堅の胸に顔を埋めた。身体を包み込む腕に暖かくそして強く

抱きしめられ、ほんの数分そのまま腕の中に居た。


(暖かい。堅の腕の中ってすごく安心する)


顔を上げると堅は優しく綾香を見ていた。その瞳の光は今迄感じた事の無い深い

優しさで満たされているようだった。


「綾香」


優しく名前を呼ばれ、返事をしようと口を開いたが瞳の光に心を奪われて声が

出ない。

潤んだ瞳で見上げる綾香を見詰めて堅は強く思う。

(あぁ!離れたくないな。このまま一緒に居たい)

仕事を放り投げて飛び出してきた事を思い出し、詰まっているスケジュールが頭を

過ぎる。もどかしく焦れったい気持ちを押さえ込んだ。


「綾香この前はすまなかった」


綾香は堅の言葉を聞いて少し頬を膨らませた。


「ほんとだよ!強引なんだもん。驚いちゃうよ」そう言って微笑んだ。


「綾香その・・僕と付き合ってくれないか?」

その言葉に驚き綾香は少し黙り込んで口を開いた。


(でも堅と私は住む世界が違いすぎるよ)


「うれしいでも私」


そう言うと最後まで言葉に出来ず俯いた。

綾香の態度を見て焦れったくなる。

「綾香。僕が好き?」

少し間を置いて照れくさそうに潤んだ瞳で堅を見上げた。

「うん、堅が好き」


「じゃぁ、何も問題は無いよ」


優しい微笑み、その自信に満ちた言葉に何処か安心した。


(堅とは住む世界が違う・・でも、堅が好き。出来る事なら一緒に居たい)

微笑みあう二人の心は幸せで満たされていた。


「綾香すまない。仕事が残っていて、その、飛び出してきたから」とぎこちなく笑った。


その言葉を聞いて、どうしてここで堅と逢えたのかなんとなく分かった気がした。

(もしかして連絡とか入れていたんだ管理室の人)そんな風に思った。


「うん。私も帰るから仕事に戻って」


「送るよ」


「え?いいよ。忙しいのに」


堅は綾香の髪を撫でるとニッコリ微笑む。


「これは彼氏の特権だろ?送らせて、そうじゃないと心配で仕事が手につかない」


と意地悪な顔で笑った。綾香はそんな堅を見て嬉しさが胸いっぱいに広がり満面

の笑みで頷いていた。




マンションの玄関を出ると黒塗りのリムジンが待機していた。全長8メートルもある

リンカーン・タウンカー。運転手がドアを開けると堅は綾香を先に乗せた。

車内に入り上質な黒いレザーが張られたソファー調のシートに腰掛ける。


足元はフカフカの絨毯、頭上には大きな液晶モニターが2台設置されていて車内

の内装は黒で統一されていた。シャンパンを飲めるようにグラスやクーラーがセッ

トになったカウンターまでついている。リムジンに乗った事のない綾香には想像が

つかないほど車内は広く豪華だった。堅が乗り込んで隣に座ると、ドアが閉められた。


優しく綾香に話しかける。

「この前の交差点から左でいいの?」


あまりの豪華さに、少し驚いたがぎこちなく頷いた。


(映画とかテレビでしか見た事ないよこんな車)


そんな風に考えて車内をキョロキョロ見た。


堅が運転手に場所を伝えると手元で何かを操作する。後部座席と運転席を分けるパー

テーションが閉まった。運転席と区切られた事で車内は個室になり堅はまた少し緊張

した。


車内をキョロキョロ見ている綾香。


「乗るのは初めて?」


「うん・・・」


「気に入った?」優しく訊ねる。


「二人で乗るのもったいないね〜。広いもん」瞳をくりくりさせて堅を見る。

思ってもいない反応と子供のように瞳をくりくりさせて答える綾香が可愛くて笑み

がこぼれる。


「あはは。そうだな」


後部座席の窓はスモークガラスで外から車内が見えないようになって

いる。昼でも強い日差しが差し込まない分、少し薄暗い車内は天井に小さなライト

が4つ付いていて上品に内装を照らし、外の喧騒とは全くの別世界。


柔らかなシートに身を沈め、落ち着かない様子の綾香の横顔を見てポケットの携帯

電話を思い出した。


「綾香。手を出して」


「え?手?」

不思議に思い戸惑いながら自分の手のひらを見た。堅はジャケットのポケットに

手を入れてシルバーの折りたたみ式の携帯電話を取り出して綾香の両手にのせた。


「え?携帯?」


「うん、今度逢ったら渡そうと思っていたんだ」


「でも、携帯なら持っているよ?」


堅はニッコリ微笑む。

「携帯開いて、真ん中のボタン押してみて」

言われるままに携帯電話を開いて真ん中のボタンを押した。


アドレスと出たその画面に【関村 堅】と、あり電話番号が何件か載っていた。


「え?これ」


「一番上の携帯って書いてあるのが僕の携帯でその下が自宅。次のが僕のオフィ

ス専用だから、次のページ開いてみて」


言われるままにボタンを押した。


「それが、僕のメールアドレス」


「堅・・」綾香は嬉しくて微笑んだ。

「アドレスに平尾 修平とあるだろ?それは僕の秘書だから何かあったら連絡して」

とゆっくりとした口調で優しく微笑んだ。


「それとデーターフォルダってあるだろ?そこ押してみて」


「う、うん」ボタンを押すと音楽ファイルとあった。


「押してみて」


戸惑いながら堅の顔を見てボタンを押すとメロディーが流れてきた。その歌詞には

聞き覚えが有った。2週間前から暇さえあれば何度も練習していた古いフランスの

歌だった。あれほど探していたメロディーと共に携帯から美しく流れてくる。


「これ」


「あれから探してその、見つけたから」と照れくさそうに真顔になる。

綾香は堅の気持ちが、優しさが伝わってきて胸がいっぱいになる。


「け・・・ん」そう言うと俯いた。


(ヤダ、私ったら泣きそう)


2週間の時間が長く不安でその間がお互いどんな気持ちで過ごしてきたのか、そ

して堅の気持ちを感じることが出来て嬉しくなった。


「ありがとう、嬉しい」

堅は潤んだ瞳の綾香が愛しくてたまらなくなった。


「まだあるんだ、シャープボタンの下に小さなボタンがあるだろ?」

もう一度携帯電話を見た。そのボタンは地球マークが付いていて青く可愛いボタ

ンだった。

「なに?これ」


「それはGPS機能でうちの衛星経由で僕にコールするように設定してあるから。もし

綾香が道に迷ったり、何かあったときはそれ押して。僕と警備会社に居場所が届くよ

うになっているから。そしたら直ぐに駆けつけられるだろ?」

言い終わると慌てて付け加える。


「もちろん。それ押さないと居場所分からないから安心して」


綾香はあっけに取られるとくすぐったくなって笑いがこみ上げた。


「あはは。駆けつけるって正義のヒーローみたい」笑い混じりで堅を見た。


「僕は海外に居る事も多いから海外にも繋がるようにしてあるんだ。メイン携帯にし

ても良いし僕専用でも良いよ」


いきなり携帯を手渡されて驚いたが、堅なりの優しさを感じ嬉しさでいっぱいになる。

「ありがとう。凄く嬉しい」

堅の座る横で何かが光る。車内の側壁に小さなランプのようなボタンがあった。

堅がそれを押す。

「目的地に到着しますが、如何なさいますか?」

直ぐ横のスピーカーから声が聞こえる。パーテーションで仕切られた運転席から

だった。


綾香は慌てて窓の外を見る。


「あ、この辺りで良いよ」

堅がボタンを押して「止めてくれ」と言うと車は静かに停車した。


「ここでいいの?」

「うん、この先から入った上り坂だけどこの車だと入れないから」とニッコリ微

笑んだ。


「そうか」

静かにドアが開いた。外からの日差しが車内に差し込んで綾香の顔を照らす。

「送ってくれてありがとう」


「後で連絡するよ」と言うと少し寂しそうに微笑む。


車を降りて、ドライバーに軽く会釈をするとドアから離れた。


ドライバーは二人の様子を窺うようにゆっくりとドアを閉め、そのまま左ハンドルの

運転席へと小走りに戻っていく。スモークガラスに街並みが映し出され外から車

内を見る事は出来なかったが寂しい気持ちになり黒い窓をじっと見詰めた。


すると静かに窓が開きぎこちなく堅が手を振って照れくさそうに笑う。


綾香もくすぐったい気持ちになって手を振り返すとそのまま車は静かに走り出し

やがて見えなくなった。


この後降りかかる不穏など知る由も無く、二人は胸いっぱいの嬉しさとほんの少し

の寂しさで満たされていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ