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第2章 戸惑い(1)

この物語は地名等出てきますが、完全にフィクションです。

駅のトイレでため息が漏れた。

「はぁ〜今日は最悪だよぉ」

そう言いながら女は濡らしたハンカチでブラウスを拭く。

(痴漢には逃げられるし、変な男と言い争いになるし)


「なんとか取れたかぁ」

田舎から東京に出てきて2年。彼氏とはすれ違い仕事もスランプでうまく

行かず挙句にさっきの騒ぎで仕事に遅刻しそうだ。慌ててバックから携帯

電話を取り出すと時計を見た。


「あぁまずい、完璧に遅刻だぁ」

そう呟くと電話を掛けた。


「すみません少し遅れます」

用件を述べると姿勢を低くしながら電話を切った。ふと、洗面所の鏡を見る

とお辞儀しながら話をしている自分に気がつく。トイレには誰もいないのに

急に恥ずかしくなる。何時までもこの癖が抜けない自分に腹がたった。


「あぁ!もぉ〜何やってるんだろ!」


(しかし、さっきの男むかつく!なんなのあれ!って。痴漢にあった後で

ちょっと八つ当たりみたいになっちゃったしなぁ。怒鳴りすぎちゃったかな?

すごいキョトンとした顔してたし)苦笑いすると電話をバックにしまいトイレ

から出て先を急いだ。


「ただいま〜」

女は家の中に入ると玄関の鍵を掛けた。6階建てのマンションで、ビルとビル

の間に建っている。日の差し込む時間が短く、立地条件は良くなかったが家

賃の安さに惹かれて越してきた。1ルームの部屋は8畳の広さ、帰りを

待っていた2匹の猫が鳴きながら擦り寄ってきた。猫に餌をやり携帯電話を

手に取にした。


(功ちゃんからメールきてないなぁ。もう丸一日経っているのに。一昨日喧嘩

したっきり連絡も無くて幾ら彼の態度に腹が立ったとはいえ、あんなふうに言

わなければ良かったかな)

餌に夢中になっている猫の頭を撫でながら今日一日のことを思い出していた。

電車で痴漢にあって逃げられた事。仕事に遅刻して怒られた事。そしてふと

ホームの大男を思い出した。


(なんかむかついてきた)


「ほんと都会の人って常識ない人多いわ!思い出したら腹立ってきた」

(ヤメヤメ!ご飯にしよう)

「明日はお休みだし久しぶりにお出かけだぁ〜功ちゃん来るのかな」

不安めいたものを感じながら窓の外を見た。




その夜夢を見ていた。彼が夢に出てきて優しく抱きしめてくれた。


「愛してるよ」


笑顔で語る彼に笑顔で答え手を繋いで二人で歩く。その場所は何処

か分からないけれど、足元がフカフカの柔らかい絨毯で。辺りは明るく

柔らかな日差しが差し込んでいた。


(彼がこんなに近くに居る)そう思うと幸せな気持ちでいっぱいになる。


「こんにちは〜〜」

突然、若い女の声がした。どこかで聞いた声だ。二人はあたりを見回して

彼が繋いだ手を離して後ろを振り返った。気がつくと隣に居たはずの彼が

居ない。必死に探すが声がかれるほど叫んでも彼は見当たらない。悲嘆に

くれてしゃがみ込むと、さっきの暖かくて柔らかな日差しは薄暗い地下室

のような冷たい空気に変わっていた。足元はまるで冬の湖に張った薄い氷

体だが強ばって動かない。どうしようもない不安に襲われ涙が溢れ出して

目が覚めた。


猫が心配そうに枕元で顔を覗いている。

「大丈夫よ」と呟くと猫はホッとした様子で喉を鳴らした。天井を見上げ

て枕元に置いてある携帯を手に取った。受信ボックスを開きメールを見る。


「古川 功一 323件」

彼からのメールは全て取っていた。一番古いメールを読み返す。付き合い

始めて間もない頃のものだ。


From 功一

本文「ありがとう絶対に忘れないよそれとそばに居て欲しいって思っているよ」


次のメールを読む。


From 功一

本文「ただいま(^0^)やっぱり化粧しなくても、可愛いし綺麗だよ」


こみ上げてくる寂しさを誤魔化すように微笑むと、次のメールを開いた。


From功一

本文「些細な事で悲しませてごめんね僕が悪かった。毎回言うようだけどこれ

以上哀しませたり、苦しい思いさせないように頑張るからね離さないからね愛

しているよずっと」


携帯を置くと溢れ出る涙を拭いた。胸の中に蠢く不安で居た堪れなくなる時こ

うしてメールを読み返してどうにか自分を保てている気がした。半年前のメー

ルを読み思った。


(結婚を約束した彼。何時からだろう彼がこんな風にメールをくれなくなったの

「愛してる」毎日のように言ってくれていたのに、もうどのくらい聞いてないかな)


新しい洋服を買ったときも、ヘアースタイルを変えたときもせがまれて写真つき

メールを送っていたのに。今は自分から送ってもリアクションも薄いし、関心が

ないようだった。心の奥底に何かが蠢いていてそれに気がつきたくなかった。

認めたくない不安でどうしようもなくなって涙が溢れてくる。携帯電話の電源を

落として、まだ夜が明け切らない部屋で静かに息を潜めて瞳を閉じた。


(明日は彼に会える。仲直りできるといいな)

そんな風に考えているうちに何時しか眠りについていた。



「ん〜〜〜、いい天気だぁ!」


窓を見上げて僅かに差し込む日差しを全身に浴び急いで支度をする。猫に餌を

やると玄関に向かいバックを片手に小走りに外に出た。携帯をチェックしながら

バスを待つ。

「やっぱり連絡無いなぁ」

そう思うと心に何か重く冷たいものが圧し掛かって来る様だった。

(彼の付き合ってやっているんだって態度が嫌で、いつも彼の都合に合わせて

いる私に当たり前のように接してくる。もぉ・・限界かな・・)

そう思うと涙が出そうになって乗り込んだバスで人目を気にして俯いた。

しばらく走るとアナウンスが流れる「次は〜○○」降りるバス停だ。降車ボタン

を押しバスの中に立っている人の間を縫うように降り口に急いだ。バスから降り

て待ち合わせ場所に向かう。信号待ちの交差点で立ち止まると直ぐ横を見慣れた

車が通り過ぎた。


「巧ちゃん?!」


チラッと中を見ると助手席に女の子が乗っていた。後ろの座席にも若い男の子

が乗っている。


(ユリちゃんだ)

親友の親戚でちょっとしたことがきっかけで親しくなった。人懐っこくて可愛らし

い女の子だ。後ろの座席に乗っている男の子もユリの仲良しでいつの間にか

一緒に遊ぶ仲だった。


(拾って乗せてきたんだ)ふと数日前の出来事を思い出した。


「すごいなぁ、ユリちゃんと初めて会ったとき印象的だったんだよ」

と笑顔で話す彼「ユリちゃんが笑いながら話しかけてきてさ」


そんな嬉しそうに話す彼に心がざわめく、動揺を隠しながら合図地を打った。そ

んな私に気が付かない様子で彼は続ける。


「最近さぁ良い事がなくてなさ、でもユリちゃんが就職内定もらえたって聞いたと

きには嬉しかったなぁ。相談受けてたんだけど最近連絡も無くてさ」

「報告してくれた事が嬉しかったな〜」

彼が始めてユリちゃんにあったのは半年前だった。心に蠢く黒い塊のような不安を

押さえ込み、彼女より13歳ほど年上の彼に「まるで娘が就職出来たみたいな心境?」

とぎこちなく笑って聞いた。彼は間を置いて「そうだな」と少し切ない顔をした。


(あの日私は、彼と喧嘩したんだ。それっきり連絡も無くて)

寂しくて情けない気持ちになった。また涙が出そうになり信号が変わると下を向

いたまま足早に交差点を渡った。待ち合わせ場所に着くと見慣れた顔が揃ってい

た。

「綾香、お久〜」

前の勤務先で知り合った同い年のりくが近寄ってきた。功一はユリの少し離

れた場所に居てこっちを見ようともしていない。友達の中で世話好きまとめ役の陸

がみんなに話しかける。

「よし!今日は何処行く?」

「空中庭園いきたぁあい!」

ユリは功一に近寄ると満面の笑みで叫んだ。

「お〜空中庭園ってあのビルだろ?」

陸が少し離れた場所に聳え立つひとつのビルを指差した。

高層ビルで2棟聳え立ちその間に円形のホールが繋がっている。以前から中心部に

も同じようなビルがあったが、その高さを遥かに凌ぐ220メートルの超高層ビル

を売りに3年ほど前にオープンしたビルだ。綾香達が立っている場所からは立ち並

ぶビルの間から僅かに見えた。東京に越す前に遊びに来ていたとき、高速道路の車

中から眺めて行ってみたいと思っていた。

(空中庭園かぁ私も行った事ないな、功ちゃんと一緒に行こうと話していた場所)

彼をふと見るとユリと笑いながら話をしている。私と喧嘩した後なのに気にも留め

ていない様子の彼。


「綾香はどこに行きたい?」

気がつくと覗き込むように陸が見ていた。


「あ、うん空中庭園いこう」


「そか、そんじゃみんな行くよ〜!」

東京に来る前から友達の陸と奥さん。それと陸の親戚のユリ。ユリの友達の幸太。

綾香の彼氏の功一。計6人がぞろぞろと交差点を渡る。綾香と彼の事は陸と彼の奥

さんの由香しか知らなかった。なんとなくいつも気を使ってくれる陸たちに感謝した。

屈託無く功一に話しかけて笑い会うユリ。


(分かってる。ユリちゃんが悪いわけじゃないのに、でもどうして?こんな嫌な

気持ちになるの?)


目的のビルに入ると先を歩いていた陸が立ち止まった。

「あれ〜工事中だよ」


ユリが驚いて陸に駆け寄り顔を顰めて言う。

「え〜〜うそぉ〜」


「ほんとだ、改装工事中だって残念だなぁ」功一がユリに話しかける。

私たちも後から続いて看板を覗き見た。

[改装工事中のため展望室はお休みさせて頂きます]と直通エレベーター

の前に立ててある。


「それなら、如何する?」

「んじゃ昼も近いし飯でもいくか」

話がまとまり出口に向かって歩き出す。先を歩いている彼を見るとユリのそば

から離れないように歩いている気がした。(気のせいだよね・・)ジリジリと

感じる苛立ちを押さえ込み歩き出した。


「君!」


後ろのほうで声がした。先を歩いていたみんなが振り向いて不思議そうな顔でこ

ちらを見ている。


「そこの君!まって!」

もう一度聞こえた。低くて大きな声が静まり返ったロビーに響き渡る。自分に声が

掛けられている事に気が付き振り向く。黒いスーツを着た若いビジネスマンが4メ

ートル位離れたエレベーターの前に3人立っていてその奥から走り寄ってくる一人

の男が居た。


スーツを着ていたが、磨き上げられた床に映り込むその姿はノーネクタイで仕立

ての良い服を身に纏いラフに見えるがとても洗練された姿をしていた。良く見る

と昨日の駅のホームの男だった。


「あ〜!あの時の!」驚いて思わず声が出た。


「え?知り合いなの?」と陸たちがざわめく。


(あっちゃ〜〜。もしかして文句言いに来たのかなぁ)

そんな風に思うとなんだか逃げ出したい気分になった。




      



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