表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/34

第10章 決壊(2)

大きな交差点を過ぎた所で綾香はハッと我に帰る。


「あ!今のところ!ごめんなさい。間違えたみたい」


(ボーっと考えていたら間違っちゃったよぉ)

自宅に送ってもらうのに綾香は道案内をしていたのだ。


堅はブレーキをゆっくり踏みウィンカーを点けて路肩に寄せる。


「ごめんね」申し訳なく思い堅を見た。


「いいよ、気にするな。迂回して戻ろうか」

「さっきの道から左だったの」後部座席の窓のほうに体を傾けて指差すと堅も同じ

方向を見た。


「あの信号から?」


そう訊ねると綾香は後ろを見たまま何かを見つけたように歩道を行き交う人をじっと

見ていた。


「どうした?」


少しして綾香は態勢を戻す。その顔は強ばって唇が微かに震えていた。シートベル

トを強く握り締め、何かを覚悟したかのように外すと顔を向ける事無く呟いた。


「堅ごめん。ここでいいよ、ありがとう」


声は明るく聞こえたが確かに震えていた。


声を掛ける暇も無く綾香は車から飛び降りて勢い良くドアを閉め、さっき見ていた方

向に走って行った。


これ以上、堅に迷惑を掛けたくなかった。取り乱すかもしれない姿を見られたくなかった。

バックから携帯電話を取りだした。

【謝りにいかなきゃ遅くなるから】功一の言葉を思い出す。

(もし早とちりなら今、電話を掛けるのは止めよう)電話を握り締めて走る。


(間違いであって欲しい)


いつもなら自分に言い聞かせられてきたのに不安も蠢きも今は押さえが効かなくなっ

ていた。何かとても嫌な予感が脳裏を過ぎっていたからだ。


(見間違いだよね?だって功ちゃんの筈が無い!)


息を切らし降りしきる雨を避けるように走る。

(確認するだけ。人違いって分かったら安心するから、きっと良く似ている人)

そんな風に考えながらさっき車の横を通り過ぎた二人組みに声を掛けた。


「功ちゃん?!」


雨が激しく振っていたが2人組みにその声が届いたようだった。1つの傘に2人で入

って腕を組んでいたそのカップルが傘を少し上げて後ろを振り返る。


綾香は言葉を失った。


仲良さそうに体をくっつけて腕を絡ませて歩くその2人組みは功一とユリだったのだ。


(嘘・・・)


体が強張り全身が一気に冷たくなるのを感じた。


雨が容赦なく体に降りそそぐ、声にならない声で話しかけた。


「どう・・して・・?」唇が震えてうまく声が出ない。

足元から、凍りついてそのまま動けなくなるような錯覚に陥ると、まるで過呼吸症の

ように息が荒くなり気が遠くなった。


「功ちゃん?」

(どうして?今日は仕事だからってだから会えないって)


信じられず功一を見る。ユリは綾香を見て笑いを堪えながら功一に目をやった。

功一は一瞬驚いた様子だったが無言で蔑むような視線を綾香に向けるとそのまま背を

向けて歩いていった。


雨が叩きつけるように体を濡らしていく。


功一と会えるとおもって綺麗にセットした髪が雨に打たれて水分を含み顔と首に張

り付く、震える体を抑えながらしゃがみ込んだ。


声にならない声で泣いた。


周りの通行人が綾香を不思議そうに見て通り過ぎていく。涙が溢れて体を支える事も

出来なくなりその場に崩れるように座り込んだ。






飛び出した綾香の様子がおかしかった。堅は綾香が忘れた傘を手に取り車を降り

て後を追った。綾香に追いつくとゆっくりと近づく、目の前に立ちつくしてカップル

に話しかけている。


その2人になんとなく見覚えがあった。


(確かあの時、綾香と一緒に居た・・・)


綾香の肩が小刻みに震えているのが分かった。その2人は堅に気が付かない様

子で傘に入って腕を絡ませている。女が綾香を見て含み笑いをしたのが見えた。


2人が去ると綾香が崩れるように座り込んだ。


堅の胸は締め付けられるようで痛みを感じ、その場面で彼女がなぜ飛び出したのか

そしてなぜ泣いているのか分かった気がした。一瞬カッとなった。体を流れる血液が

瞬間で沸騰するような感覚が全身を駆け巡る。


(今すぐにあの男をボコボコにしてやりたい!)


自分の地位も立場も忘れ功一を追いかけようと足を踏み出すと目の前の綾香を見た。

ずぶ濡れになっていて、まるで消えてしまうんじゃないかと思うほど肩が小さく見え

た。怒りを堪え、手をきつく握り締める。


綾香の傍に近づき肩を支えるように立ち上がらせると直ぐ横にあるショップの軒下に

連れて行き雨を凌いだ。歩道を水溜りに変えてしまうのでは無いかと思うほどの雨粒

が地面に当たって弾け2人の靴を濡らす。


(体が震えている)


綾香は堅に寄りかかるようにもたれるとそのまま力なくしゃがみ込んだ。必死に声を

堪えて肩を震わせていた。こんな時でも自分を抑えて精一杯耐えている気がして堅の

胸が痛く締め付けられた。


ふと力なく綾香の手から携帯電話がすり落ちる。


折りたたみ式の電話は落ちた弾みで半分開き待ち受け画面が光った。雨粒が当た

り濡れてしまうと思いそれを拾うと、光った待ち受け画面が薄暗くなった街中で目に

痛いほどまぶしく感じた。


見るとメール画面だ、どこかで見てはいけないとブレーキが掛かるも見ずには居られ

なかった。


From 功一


Sub 最愛の人へ

本文「些細な事で悲しませてごめんね、僕が悪かった。これ以上悲しませたり、苦しい

思いさせないように頑張るからね。離さないからね。愛しているよずっと」

携帯画面を見ていた堅に綾香は声を震わせて言った。


「ほんとうは・・ずっと不安だったの・・」


綾香は呼吸が荒く胸を震わせて必死に息を吸い込みながら声を出している。


「仕事に忙しい彼に理解あるように振舞っていたけど」

「週末にドタキャンされても・・仕事なんだって、我が儘言ったらいけないって」


抑えていた感情を吐き出したかのように声が高まる。


「だけど!・・・不安で・・」

「だから・・そんな時はメール見て不安鎮めていたの。本当はー・・」

綾香の声が上ずる。

「本当は・・不安で寂しくてそれでも信じて居たかったの・・」


声にならなくなってまた泣き声が聞こえた。


「ばかだよね・・私」


そう言って唇を震わせて無理に作り笑いする頬に涙が流れた。支える手に力が

入る。震える体を気使いながらも痛いほど伝わる悲しみを受け止めたいと思った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ