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第10章 決壊(1)

「鳥だしお待ち!」


カウンターにラーメンが運ばれてきた。堅はゆっくり割り箸を割ると覚悟した

様に口にしてみる。


(ん?なんだ?以外にいや、うまい!)


横から食い入る様に見つめていた綾香は堅がラーメンを口にして顔が緩んだのを

見てからホッとして食べ始めた。


「うまいな」


「うんうん」


(何だろう。上海で食べているラーメンとは違うけど確かにうまい)

癖になりそうな味だった。


「おっちゃんはね。中国の人で香港の有名なお店で料理長していたの」


「そうなんですか」


厨房がひと段落した店主が白い布巾で手を拭きながらこたえた。

「ええ。うちのが病気しましてねぇ治療の為に家内の地元に帰ってきてそのままい

ついてしまったんですよ」


隣で食器を洗っていた奥さんが豪快に笑った。

「今ではすっかりこの人も東京の人間ですよぉ」


「いや〜。よっぽど故郷の水が合うらしくてすっかり良くなりましてねぇプクプク

と太ってからに、厨房が狭くてね〜」と笑う。


「おっちゃんが病気の奥さんの為に考えた料理いっぱい作ってあげたんだもん」

と笑顔で話す。


「あはは。まぁ一応な」と照れくさそうに笑う。


「そんな、いいもんじゃないわよぉ」と奥さんが照れた。

「おっちゃんの作るご飯は愛情の味がするよ」と笑った。

そんな綾香を見て堅は心が温まるのを感じた。








激しい雨が降り続く中、車は綾香の家へと向かっていた。助手席に乗った綾香は

ラーメンを食べる前の泣きそうな顔が嘘のように可愛らしく笑い。


「ラーメン美味しかったね」と堅を見た。


「そうだな、確かにうまかった」と降参したように笑った。


店でのやり取りを思い出していた。


食事が終わり清算する時の事だ。綾香が当たり前のようにレジにお金を出す。今ま

で女性と食事する時は自分が払うのが当然と思っていたし女性達の態度もそれが

常識と言った風だった。


眉を顰める堅に「ワリカンでしょ?」と不思議そうに言う。


「いいよ。誘ったのは僕だし」


「え〜いいよぉ」


遠慮している風ではなくそれが当たり前と言った極自然な態度。

(たかがラーメンでそんなにきっちりしなくても)


そんなやり取りを見ていた店の奥さんが

「ご馳走になっとけば?彼氏に払ってもらうもんでしょぉ〜」と言ったのに。


「え?堅は友達だもん」とにっこり笑った。


【友達】と念を押したかのように口にする綾香の言葉を聞いて今日一日すごく

近くなれて嬉しかった気持ちに冷や水を掛けられた気持ちになった。


(それが彼女のいい所でもあるんだが。しかし、たとえ友達感情を差し引いたとして

も、僕は関村グループの社長で彼女の何十倍も何百倍も収入があって、それを

知っていたら普通は自分から払おうなんて思わないんじゃないか?)


車に戻る途中、店の軒下でまだ戸惑う堅。


(友達。確かにそうだけどそんなに僕は距離を置かれているのか)

そう思うと寂しくてたまらなかった。


「どうしたの?」


綾香が顔を覗き込むように聞いてきた。


「いや、なんでもない」


「もしかしてさっきの事気にしてる?」


「いや。別に」


「私ね、自分よりお金持ちだからって理由無しにご馳走してもらうのとか嫌なんだ。

そういうのって、なんか友達として違うと思うし」

堅は黙って綾香の横顔を見た。


「何て言うかさ、うまく言えないけど堅は大事な友達だからそういうのは嫌なんだ。

あは。へんな言い方でごめんね〜」

その言葉を聞いて手に持った傘を握り締めると自分でも理解できない言葉を口に

していた。


「それなら、僕が関村グループの社長じゃなくても、友達になっていた?」


綾香はキョトンとした顔をしたかと思うと大笑いした。

「あはは。変な事聞くね」


「友達になるのに相手の社会的立場がどうとかで判断するのは可笑しいよ」


「じゃぁ〜何で僕と友達になってくれたの?」と捻くれて笑った。

(僕は何を言っているんだ)


怖かったのかもしれない。本当は彼女になんて思われているのかが、自分の口を押

さえることが出来ずに困惑していた。


綾香が少し沈黙した後に一瞬俯くと堅のわき腹に衝撃が走った。


「うっ!」

痛くは無かったが意表を突かれて声が出た。見ると綾香が右手を握り締めてわき

腹を突いていた。すぐさま見上げて頬を膨らませてこう言った。


「そんな事言う堅好きじゃない!私は友達になりたいと思ったから友達になったの!」

少し睨んだかと思うと瞳をくりくりさせた。

「じゃぁ、堅はどうして私と友達になりたいって思ったの?」

そう言われて初めて綾香に逢った日の事や展望室で感じたあの気持ちを思い出し

ていた。(最初は気になって興味があって。そして気が付いたらどうしようもな

いほど好きになっていた)そんな事を口にできるはずも無く。


「友達になりたいと思ったから」


「でしょ?友達になるのに立場とか関係ないんだよ」とにっこり微笑む。


ハンドルを握りながら考えていた(今日は行く先々でいろんな人に彼女が好かれて

いると思った。【友達】分かっていたつもりなのに。彼女のあの言葉を聞いてなぜ

人から好かれているか分かった気がする)


胸に溢れ出す綾香への想いは勢いを増し全身を包み込んでいく。


(どんどん好きになる。彼女を知れば知るほど。今この気持ちを伝えたら僕から離れ

ていってしまうだろう。たとえ友達に向けられた笑顔だとしてもこの笑顔を失うくらい

なら友達に徹しよう)心に溢れる想いを封じ込めるように自分に思い聞かせた。


綾香がフロントガラスに当たりはじける激しい雨を見ながら圧倒されたように笑った。


「すごいね〜全然弱まらないよ。この雨」

そう言って堅を見た綾香と一瞬目が合う。大きな瞳を見るとたった今、封じこめた筈

の気持ちが揺らぐのを感じた。

「そうだな」





すれ違う車のライトが薄暗い車内を一瞬明るくする。その光が堅の大きな瞳を照ら

して潤んで見えた。

(さっきの堅、なんだか変だった。どうしてあんな事聞いたのかな?堅はすごいお金持

ちで私はメチャメチャ庶民で。そんな事当たり前で別になんとも思わなくて)


(確かにすごい車に乗っているし、関村グループの社長って知るとあんなにも態度変

える人居るし、さりげなく凄く高いもの身に付けているし。今日一日で堅が凄い人だ

なって分かったけど)


(【友達になりたかったから】それはそうだけど、どうして堅みたいな人が私と友達に

なりたいなんて思ったのかな?)

お茶を飲みながら今日二人で話した事を思い出した。

(ご両親も亡くなっていて兄弟も居ないって言っていた。もし堅の権力が凄すぎて

今日のビジネスマンみたいな人しか周りに居ないとしたら?)


(最初から気になっていた。時々悲しくて凄くさびしそうな目をしていた事。そして鋭く

て突き刺さるような冷たい眼差し。こんなに恵まれて成功している人なのに?!でも、でも・・・もしかしたら本当は、凄く孤独な人なのかもしれない)


そんな風に思ってしまう自分に綾香は戸惑いを感じていた。



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