交渉
ようやくミステリーらしい謎が出てきたのですが、本当に幼稚ななぞなぞレベルなのでお恥ずかしい限りです。
マヤは孤児だった。
彼女は生まれてすぐ豊三重工が資金援助している施設で育った。
ある日施設を訪れた彼女の両親が「これ以上自分の子供ながら育てるのが怖い」といいここでの養育を希望してきたのだ。しかも養育権すら放棄したいと申し出ていた。実質的な育児放棄であった。
「ほぼ毎夜不審な物音に目覚めると、子供が眠るベビーベットの周りを幽霊が取り囲んでいるんです。それらは子供に何かをするわけでもなくただ見つめている。だから兎に角怖くてしょうがない。お寺や神社、霊能者と呼ばれる人々に相談に行ったのですが埒があかない。一度本当に視えると評判の霊能者が子供を見た時、一瞬で青ざめてそそくさと依頼を放棄して帰ってしまったのです。
このままでは私達の方もおかしくなってしまうと判断し、施設で育てて頂きたいと思い連れてきました」
これに興味を示したのは施設の管理責任者である。彼は以前より御大に魔法の素質がある子供を養子にしたいから紹介して欲しい、と言われていたのだ。
彼女の養育権を実の両親から移譲してもらい施設で育てることにした。彼女の能力を見極める為にしばらく普通の子供と一緒にして育ててみることにした。
魔法使いの素質を持つ子どもは、それぞれの子供の能力制御力に応じて教育機関を分ける。状況に応じて専門の学校に転校させることもあった。力が強すぎて制御できない子供の為の義務教育機関がこの世界には存在していた。
確かに彼女の周りにはいわゆる精霊と呼ばれる霊的存在が引き寄せられるように漂っていた。人間にはほとんど害意を持たない存在だが、見える者にとてもこれほどの数がいると恐怖するほどだった。彼女の潜在的な力の強大さを示すものであった。しかし見えない人間にとってはどうにかなるような影響は全くまかった。もしそれが悪意のある悪霊ならば事故や事件に巻き込まれるが、彼女の周りにいるのは暗闇の中の外灯に群がる虫のようなものなのだ。
彼女の力の発現は小学校に入学するまで起こらなかった。
それは自身の力を自覚する瞬間である。そして覚醒は突然起こるものだ。
入学して一ヶ月足らずのある日、学校の担任から電話が掛かってきた。
子供が彼女に怯えて登校拒否を起こす生徒まで現れた、という内容だった。
と言っても校内でクラスメイトに暴力などを振るった結果そうなったわけではないと知ると、管理責任者は彼女が力の覚醒を確信した。
なぜなら、彼女のクラスはとりわけ霊感について鈍感な子供ばかり集めた特別学級だったのだ。
力を制御できる子供は一般の学校クラスで教育を受けるのであるが、強大な力に集まる精霊に怯える霊感が強い生徒とはクラスを敢えて分けている。そんな生徒は滅多にいないため、今回の場合のようにただ一人の生徒のため特別編成クラスを組む場合がある。とはいえ、公立では到底無理なので豊三重工がこのために多額の寄付をしている私立の学校で編成させたのだ。それだけ彼女に期待を懸けていたのである。
管理責任者が学校を訪れると、教室で机を幾つも宙に浮かせて戯れるマヤの姿があった。彼女が精霊に命令して机を中に浮かばせていたのだ。
彼女はそして魔女になったのである。
「長い説明を思わず聞いちゃったよ。どのみち両手を後側で手錠で拘束されては何も出来ないけどな」
「私もです。情けない」
時郎と紅夏は三馬鹿兄妹の脅しに屈して囚われの身に甘んじていた。
「刑事の方々には大変申し訳ありませんでした。私があの者達を抑えきれずにこのような事態になってしまいました。ご主人様のご子息様とは言え、卑しい心根の者達である事は重々承知の上でありましたのに」
執事は本当に申し訳なさそうに俯いている。
「あなたが悪いわけじゃないさ。刑事にこんなことをする奴だなんて誰も思わない。後でどうなるか考えない最低な連中だよ」
「あんたたち、うるさいよ。こっちには時間がないんだよ」次女がヒステリックに怒声を上げた。
「やれやれ。おれ達は刑事なんだがな」
三馬鹿達は、マヤをガムテープで両腕と両足をぐるぐる巻きにして拘束し床に座らせていた。三人は取り囲んでいた。その目的は言うまでもなく財宝の在り処である。
「時価百数十億円と言われる、座礁した海賊船に積まれていた財宝はどこに隠されている?」次男はマヤの両頬を両手の平で押さえて顔を背けられないようにして尋問していた。
「青年実業家だった親父は、それをこの島で見つけその一部を元手に豊三重工を興したと云われているな。それはまだかなりの額残っているらしい。はっきりしないが、五十億円以上だとも聞いている。
それを遺産相続に不満がある遺族の中でゲームをして賞品として与える、と遺言状に書かれていることは知っている。弁護士から聞いたからな。
だがこのゲームにはタイムリミットがある。親父が死んでから二日後にこの島は国に寄付される。この島の家屋及び遺産分けされなかった財産のすべてと共に。つまり、見つけられなかった財宝も二日後には権利を喪失してしまうわけだ。その前にどんなことをしても見つけないとな。何としてでも。
充分な金さえあれば国外に逃げてもリッチな余生を送れるんだよ。つまりおれ達は今は何でも出来るのさ。 わかるか?容赦出来ないってことさ。痛い目に遭いたくなかったら、親父から聞いた隠し財産に関する事柄を全部喋るんだ。いいか、全部だ」
おいおい。こいつらICPOがなんの為にあるのか知らないのか、時郎は心のなかでぼやいた。まっとうな法治国家のICPO加盟国は、潜伏している国際指名手配犯をその国の警察が逮捕して手配国の警察に身柄を渡す協定を結んでいる。結局犯人は逃げ出した国に戻されて裁判を受けさせられる事になるから、海外逃亡しても身分を偽って生きるしかない。しかも海外逃亡中は時効がその分延長される。結局生きてゆくにはその国のヤバい連中の世話になることになる。すると何をするにもやたら金がかかる。弱みを握られているから、向こうの言い値で買わざるを得ない。下手をすればその逃亡資金目当てに死体になった後、灼熱の砂漠の下や冷たい海底に隠されて行方不明者となるのが関の山。犯罪者の末路なんてそんなものだよ、君たち。
しかしそんな忠告を聞いて自首するような連中でないと、時郎は自らの彼ら身を持って知ったので今さら諌めるはずもなかった。今は脱出の機会を伺うしか今はすることがなかった。
「おい」次男は後ろにいた三男の方に振り返り軽く頷いた。そして脇に移動した。
不快なニヤつき顔で三男がマヤに近づいてゆく。その手にはさっき執事の首筋に突きつけていたサバイバルナイフがある。まだ何もしていないが、この男からは次に何をするのか推察しなくても分かるほどにいやらしい気配が漂っていた。またそれを羞恥心をもって隠そうとする理性すらないようだった。そういうものを習得する社会に出た経験がほとんど無いのだろう。
「僕の番かー。さすがに兄さんみたいに人を刺すのには抵抗あるけどさー。AVみたくメイド服を切り刻んでみたかったんだよね。彼女ロリ顔で可愛いから萌えまくるよー」
「犯人は次男か。捜査の手間が省けてよかったよ。後は事件を解決して帰りたいぜ」
「うるさいよ刑事!」三男が急に目を血走らせ、顔を真赤にして時郎の方を向き唾を飛ばしながら叫んだ。
「僕がせっかく楽しい妄想ふくらませている最中に余計な横槍を入れるなよ!」
うわー。切れ易いのか。ナイフを持っている今、下手に挑発しないほうがいいな、時郎は自重することにした。
「テンションが下がったちゃったよ、もう。みんなこの馬鹿刑事のせいだよ」
「今はそんなこと気にしている場合じゃないでしょ!」次女がさっきと同じ上ずった声のヒステリックな口調で三男をたしなめた。
「そうだぞ。さっさとそのメイドに財宝の在りかを聞け!」いらついた次男も三男を責めた。
「うるさいな、兄さん姉さんは。分かったからもう文句言わないでよ」
三男はナイフでマヤの頬を叩いた。
「さっさと言ってよ。言わないと僕が怒られるんだよ。でないと本当にその服切り刻んじゃうからね」
しかしマヤの顔には微塵の恐怖心も表れていなかった。ただ人形の瞳のような無機質な光を反射して三男を見つめていた。
「私への命令は遺言状に従ってただ一つです。場所を指定してください。その場所へ案内いたします」
「だ、か、ら。それが分からないから聞いているんでしょ。何度同じことを言わせるかな」
「この娘、命が惜しくないのかしら」と次女。「さっきお父様を刺した男がいるというのに、自分も刺されると思わないのかしら?確かにこの娘が最後の宝への道案内にんだけどさ。いざとなったら、島中探しまわれば見つけられるかもしれないじゃない。そう考えれば、事件のことを知っている連中全部居なくなったほうがいいんじゃない」
「ええ!それって私も証拠隠滅の一要素ということですか?」怯えて黙り込んでいた紅夏が突然叫んだ。さすがは小動物系である。追い詰められると、暴れだすのはまさに小動物。「マヤさんが平静を装っているのは、既に意識が物質界とアストラル界の境界にあるからで、もはや肉体に私達ほどの執着がないからなんです。それが魔女級のウィザードなら普通の感覚なんです。ですから彼女には肉体的な危害を加える脅しは通用しないんです」
「うちの紅夏も一応魔法使いだからな。彼女の言っていることは魔法関係に関して言えば間違いない」
紅夏と時郎の言葉に三人は動揺した。おそらくさっき父親にも同じような反応をされたのだろう。
「確かに、無駄な時間を費やしていてもタイムリミットが来てしまう。じゃどうする?残り時間で島中を探すのか?」少し冷静さを取り戻した次男が他の二人に提案をしてきた。
「なら、おれがそのクエストに参加すれば手錠を外してくれるのか?おれなら少なくともあんた達よりはまともな推理が出来ると思うぜ」時郎が不敵な笑い顔で三人に自身の売り込みを始めた。「何せおれは刑事だからな。推理は得意だぞ」
「ねえ、どうする?」次女が二人を手招きして部屋の隅に行き会議を始めた。脱出のチャンスといえなくもなかったが、手足を拘束されている為這ってドアまで行くのは無理だった。
数分後。三人が戻ってきた。
「分かった。あんたを使う。その間は生かしておいてやる」と次男。
「おれのパートナーの身の安全も保証してくれ。でないと、協力できない」
「分かった。この部屋に監禁させてもらうがそれでいいか?」
「ああ」
紅夏の鼻を啜る音が聞こえてきた。
「時郎ザーん。ありがとうございまズう。感謝していまズう」
「おいおい。おとなしくしていろよ、相棒」
「ヴぁーい」
時郎はさらにマヤが道案内人として不可欠だと主張して協力させることに成功した。
時郎とマヤは三馬鹿兄妹の意向で居間に場所を移し、財宝探索の会議を行うはめになった。
執事と料理人、紅夏はさっきの部屋に手足を拘束され監禁されていた。部屋の鍵とマスターキーは次女が執事から奪っていた。これでドアからの脱出は不可能になった。後は二階の窓から飛び降りる勇気さえあれば脱出できるが、下はバラ園だった。あえて鋭いトゲが茎に生えた品種が植えられ、不審者が脱出するのを防ぐ天然のセキュリティとなっているようだった。
こうしてにわか仕立ての宝探し探検隊が編成されることになったのだ。
「ところで彼女へ場所を指定させるための手がかりはあるのか?ヒントもなしに場所は特定できないよな」
時郎の質問に次男がズボンのポケットから折りたたまれたメモ紙を取り出し、時郎に渡した。
「親父が持っていた。本来なら弁護士からおれ達に手渡す気だったのだろう。そこにヒントが書かれているらしい」
「宝探しに必須の暗号文か。本当にゲーム感覚だな。人の命を無くすほどのゲームってやはり金が絡むんだよな」
そう言いながら紙を展開すると、横書きの文の羅列が書かれていた。それはこうである。
莫大な黄金は罪を償う時を待つ。
贖罪の時を百年過ごしても、
白日の下に晒すにはまだ足らぬ。
二人で待っても時の流れは遅すぎる。
眠って待つがいいだろう。
野原を駆け巡る夢を見て、
蛇使いはついに覚めない夢にたどり着く。
やがて彼は千年の栄華を手にするだろう。
「なめてんのか。こんなの子供のなぞなぞレベルだろ」思わず時郎はメモ紙を床に投げつけた。
次回は魔法サイドの話にしたいのですが、まだ今の時点でほとんど何も考えていません。
近日中には書き上げたいと思っています。またその際にはご贔屓にお願いします。




