聴取
この家唯一の魔法使いは既に囚われの身にあった。
彼女が囚われているのは死体と化したこの館の主が封印されている部屋とは反対側の突き当たりの左側の部屋だった。実は進行方向に対しての左右なので死体も囚人も北側の部屋の列にいることになる。窓の外には綺麗に手入れされた庭園が広がっている。この館自慢の風景だった。
囚人部屋の扉の前には自身が食料貯蔵庫ではないかと思えるほど腹が出た中年男が立っていた。この家の雇われ料理人だった。彼は夫婦住み込みで長らくここで働いていた。婦人の仕事は洗濯アイロンがけと料理の手伝いである。ここにはあと庭師と、主の身の回りの世話をするメイドとしての魔法使いの少女が住んでいた。例の息子娘たちは年に一、二度この島にやってくる程度でここに住んではいない。
「何か変化はありましたか?」執事は同じ家で働く者に対しても慇懃な姿勢を崩さないようだった。
「ない。少なくとも外で見張っている分には」
「そうですか。ではこちらの刑事さん達が事情を聞きたいというので扉を開けます」
執事は服のポケットから鍵を取り出した。
「ああ。好きにするが良いさ。だが、あの子は何も関係ない。確かにあの子は魔法が使えるが、いい子なんだよ。あの子がまさかご主人様を殺すなんて、ありえない」
「私もそう思っているよ。だがこの家に魔法使いはあの子しかいない。少なくとも扉を閉ざしたのはあの子なのは間違いない」
「うぬう。もしそうだとしても、まさかあの子がそんな事をするなんて」
「それを調べるためにおれたちが来たんだが」執事の後ろにいた時郎が話に割り込んだ。
「刑事さん、ですか」
「そうだ。この嵐の孤島に飛ばされてきた哀れな刑事さ」
「私もです」と紅夏もささやかに自己主張する。
執事は鍵を解除し扉を開けた。
部屋の内部は先ほどと違い、客間としての機能を果たすべく居間にはソファーや家具などが置かれていた。 ソファーは窓の方を向いていてこちらには背を向ける形になっていた。
ソファーに座る少女の後ろ姿が見えた。
「マヤ。刑事さんがお前に聞きたいことがあるそうだ。今回の事件についてだ」
「はい。お待ちしておりました」
少女は振り返ると、まず二人にお辞儀をして出迎えた。
「私がご主人様の世話係りだったメイドの木沙咲マヤと申します。この姓名は養父になって頂いた執事の木沙咲隆様につけて頂きました」
十代前半のような幼さが全体の雰囲気から漂う少女だった。だが顔立ちには妙に大人びた陰りと厳しさが表れていた。それは彼女が生きてきた環境から得た人生感なのだろう。
「すごいわ」紅夏が思わず感嘆の声を上げた。「魔力の泉の様に彼女から力が沸き立ってくるわ。彼女は魔法使いというよりは、魔女といえる存在だわ」
「どう違うんだ?」あまりに紅夏が驚いた顔をしているので、時郎は思わず聞いていた。
「例えるなら、魔法使いは魔法回路という上水菅に繋がっている蛇口から出てくる力をもらう存在。魔女はその水源にいて水門を管理する者のことよ」
「それは、力の差は歴然ということか?」
「ええ。そういう事ね」
「概ね間違っていません」少女も頷き同意した。「けれど力が強すぎてコントロールがとても難しいともいえます。力に乗っ取られて暴走するケースもあります。そういう時の状態を悪魔憑きとか、狐憑きとか言われています。私も自分の力の半分も怖くて出せません」
「本当にすごい。これほどの力を持つ魔女の存在例は世界でも数件しかないわ。世界大戦最中に覚醒し、第四帝国の崩壊を予言したというオルレアンの奇跡と呼ばれた三姉妹に匹敵するかも」
その三姉妹は戦争の集結日時を正確に言い当て、終戦直後略奪目的で姉妹の住む村にやってきた戦勝国の一個小隊を聖母の幻を見せて撃退したという伝説で知られていた。
「ならば扉に施錠するくらいは容易いわけだな。そうだろ?」
「はい刑事さん。あの扉は私が施錠しました」
あっさりと肯定した。
「ご主人様のご意思でした。見回り中だった私が誰かの悲鳴を聞いて部屋に駆けつけてきた時には犯人は去ったあとで、ご主人様は息も絶え絶えでした。ご主人様は誰かを呼ぼうとした私を制してここの扉を魔法で施錠するように指示なさいました。私はその支持に従いました」
「どうしてだい?御大はなぜ死ぬことも恐れずにそんな事を君に指示したんだ?」
「遺産相続に関わるあるゲームの為にです」
「やはり、そういう事かよ」
「時郎さん、どういう事ですか?」紅夏は時郎の思惑を知ろうとして尋ねた。
「さっきあの三馬鹿どもが黄金が何とか言っていたのを聞いたか?」
「さあ、聞いていませんでした」
「じゃあ、御大が不治の病で余命がないことは?自らマスコミに公表して余命を静かに生きたいということでこの島に隠居したことは?今さら医者に出来る事はないと島に医者を置いていないと言っていただろ」
「全然知りません。私基本テレビとか見ませんから。新聞も読みません。世事に興味がなくて。研究書しか読まないのです」
「ああ。それで色気も何も無いわけね。その年で女を捨てた研究バカだったな」
「失礼ですね。セクハラですよ」
「はいはい。お前も捜査官なんだから少しは世間の事柄に興味を持っておけよ」
「分かりました。ですから教えて下さい」
大金持ちに死期が近づけば何が起こるか。それは遺産に群がる親族の醜い鞘当て合戦である。少しでも遺産をせしめたい者は、ここぞとばかりに寝所の死にそうな老人に詰め寄り、自分の取り分が少しでも多くなるようにせびろうとするものだ。
「で、詰め寄ったのさ。あの三人は」
「え?長男と長女はしなかったんですか?仲間はずれですか?」
「あいつらはむしろ守る側さ。長男は既に豊三重工のトップ。長女も政略結婚とはいえ某財閥一族の一員。十分に裕福だから、その立場をを守るために無茶はしない。だが、あの三馬鹿は十分金のために人を刺せる連中なのさ。
次男は高額の養育費が生活を苦しめている。離婚は妻の不倫が原因だが、間接的には次男の逮捕が起因となっているから。
次女も離婚組で、経営しているエステサロンの資金繰りが苦しくて火の車。何時倒産してもおかしくない状況だそうだ。
三男は見ての通りのニート。働く気全くなし。親の遺産のみで悠々と生活してゆく気らしい。
アホか、あのファットボーイは。まあ、それは今はいいとしてだ。
つまり、喉から手が出るほど金が欲しい連中ということだな」
「へえ。いつの間にそこまで調べたんですか?ここに来てからだと、そんな暇はなかったはずですが」
「ここに来る前に弁護士から資料をもらった。彼は以前から警察に来ていて、御大を守って欲しいと嘆願しにきていたのさ。遺産目当ての身内に命を狙われている、と。といってもなあ。それだけでは警察は動けないぜ」
これは起こるべくして起こった事件だったのだ。
「しかし、自分の肉親に手を出したらいかんだろ」と時郎。
「ええ」とマヤ。
「ですがご主人様はこうなることを概ね了解しておりました。納得はしていなかったでしょうが。
私はこの事件が起こる三ヶ月前にご主人様に呼ばれて今回の件についてご指示を頂きました。
魔方陣の発掘と使用可能状態にまで調整する事。ある質問についての答えを質問者に答える事。
そして、ご主人様の死体を封印することが最後のオーダーになってしまいました」
「これはゲームに組み込まれていることなのか?」
「いいえ。メインストーリーには想定されておりませんでいた。ただ起こりうる事態としては危惧なさっておりました」
「正に命懸けというわけか」
「はい。それにこのゲームは時限終了なのです。それは遺言状に書かれていることらしいのですが、ご主人様が御逝去されてから48時間以内に限定されているのです」
「それって、本当ならその内容は御大と弁護士しか知らない情報ということだな。ではなぜご主人様から指示を受けていた君以外の人間がその内容を知っているような反応をして、先走って張本人を刺せるんだよ?」
「弁護士は買収されているようだと、ご主人様は言っておられました。だからこそ準備を急いだのでしょう」
「えーと。話しに付いていけてないので質問です!」紅夏が手を上げて時郎とマヤの会話に割り込んできた。
「一体何のゲームをしていると言うんです。人の命が失われるほどのものなんですか?」
「そうだな。普通はならない。一般庶民の遺産相続なら、そういう庶民の間でも多少の揉め事は起こるものだが人は死なない。しかし大金持ちの数億円の遺産となれば話は違う」
「実際にはこの島に隠されていた伝説の海賊の隠し財宝で時価数百億相当だと聞いております」
「へっ?マジ?数百億って…」
「本当にあったんだ。鬼哭島の財宝」
「お前はその在り処を知っているんだな!教えろ!」
部屋の外にまで付いてきた三馬鹿が部屋に侵入してきた。話が核心に近づいてきてこらえ切れずに押しかけてきたのだった。
「!!」
三男の手にはさっきの御大の胸に刺さっていたナイフに酷似したものが握られ、その刃先が執事の首筋に当てられていた。
「こ、こいつの命が欲しければ宝の在り処を教えるんだ!」と三男が叫んだ。
他の二人も三男に追従していた。
「もう自分達で犯人だと白状しているようなものじゃないか。三馬鹿さんよ」
時郎は首を左右に振り、ため息を吐いた。
ようやく続きを書けました。大◯国も一段落して二人目の新提督を入手できました。
できればGW中には次の一話も出したいと思っていますが、予定ということで。
では御笑読下さい。




