未来のニュースが先に届く町
最初にそれを見たとき、ただの誤表示だと思った。
「……日付、おかしくないか?」
スマホのニュースアプリ。
いつもの画面。
いつものレイアウト。
でも、
表示されている日付だけが、
明日になっていた。
「……」
画面をスクロールする。
記事一覧。
並んでいるのは、
見慣れた形式のニュース。
事故。
天気。
地域の話題。
どれも普通。
ただ一つ、
日付だけが、
明日。
「……バグか」
そう呟いて、
アプリを閉じる。
もう一度開く。
同じだ。
「……」
再起動する。
スマホを。
数十秒後、
立ち上げる。
アプリを開く。
やっぱり、
日付は明日。
「……」
眉をひそめる。
気持ちが悪い。
でも、
それだけだ。
大したことじゃない。
「……」
そのまま、
一つの記事を開く。
《本日午後、交差点で軽微な接触事故》
「……」
内容を読む。
場所。
時間。
被害状況。
軽傷。
よくあるニュースだ。
「……」
スマホをポケットに入れる。
外に出る。
いつも通りの朝。
何も変わらない。
「……」
歩く。
交差点に差し掛かる。
信号。
青。
そのまま渡ろうとする。
そのとき——
視界の端で、
車が、
わずかにズレた。
「……?」
違和感。
ほんの一瞬。
でも、
確実に。
「……」
次の瞬間、
ドンッ!!
衝突音。
振り向く。
交差点。
車同士がぶつかっている。
「……」
軽い事故。
大きな損傷はない。
人も動いている。
「……」
さっきの記事を思い出す。
時間。
場所。
状況。
「……」
全部、
一致している。
「……」
息が少し浅くなる。
ポケットからスマホを取り出す。
ニュースアプリを開く。
さっきの記事。
「……」
そこに書かれている内容と、
今起きた現実が、
完全に同じだ。
「……」
偶然。
そう思おうとする。
でも、
タイミングが合いすぎている。
「……」
次の記事を見る。
《本日夕方、駅前でトラブル》
「……」
読む。
細かい内容。
人同士の口論。
警察出動。
軽い騒ぎ。
「……」
時間も書いてある。
まだ、
来ていない時間。
「……」
その日は、
駅前に行った。
わざと。
確認するために。
「……」
夕方。
同じ場所。
人が多い。
いつも通り。
「……」
数分待つ。
何も起きない。
「……」
やっぱり、
偶然か。
そう思いかけたとき——
「ふざけんなよ!」
怒鳴り声。
振り向く。
男二人。
口論になっている。
「……」
周りがざわつく。
人が集まる。
誰かが通報する。
「……」
数分後、
警察が来る。
状況は、
記事に書いてあった通り。
「……」
完全に、
一致している。
「……」
スマホを見る。
ニュース。
明日の日付。
でも、
内容は、
今日の現実。
「……」
理解する。
これは、
予測じゃない。
偶然でもない。
「……」
これは——
“未来そのもの”だ。
「……」
喉が乾く。
息が浅くなる。
「……」
試す。
まだ読んでいない記事。
開くのを、
やめる。
「……」
そして、
次の日を待つ。
何も読まないまま。
「……」
翌日。
ニュースを見る。
日付は今日。
普通の記事。
「……?」
違う。
昨日見た内容と、
一致していない。
「……」
事故も、
トラブルも、
起きていない。
「……」
背筋が冷える。
つまり——
「……」
読んだ未来だけが、現実になっている。
その日から、ニュースの見方が変わった。
「……」
アプリは、毎朝更新される。
日付は、
必ず“明日”。
そして、
そこに並ぶ記事は、
まだ起きていない出来事。
「……」
最初に決めたのは、
“できるだけ読まない”ことだった。
「……」
読まなければ、
現実にならない。
それはもう、
確信に近かった。
「……」
実際に、
何も読まなかった日は、
何も起きなかった。
少なくとも、
ニュースに載るようなことは。
「……」
でも——
問題は、
“知ってしまっている”ことだった。
「……」
未来が見える。
ただし、
見るかどうかは自分次第。
「……」
なら——
いい未来だけ見ればいい。
「……」
そう考えるのに、
時間はかからなかった。
「……」
次の日。
アプリを開く。
一覧を眺める。
タイトルだけを見る。
「……」
《商店街で抽選イベント》
平和だ。
問題ない。
タップする。
内容を読む。
詳細。
時間。
場所。
「……」
その日、
実際に行ってみた。
記事の通り、
イベントが行われている。
抽選に参加する。
結果——
当たり。
「……」
息が止まりかける。
完全に、
記事の通りだ。
「……」
それから、
少しずつ、
ルールを試し始めた。
「……」
小さなニュース。
事故ではないもの。
イベント。
天気。
軽い話題。
「……」
読めば、
その通りになる。
読まなければ、
起きない。
「……」
完全に、
“選べる未来”になっていた。
「……」
怖さは、
まだあった。
でも、
それ以上に——
便利だった。
「……」
未来を、
選べる。
そんな力。
「……」
やめられるはずがなかった。
「……」
次第に、
読む記事は増えていった。
最初は一つ。
次は二つ。
やがて、
気になるものは、
全部。
「……」
その中に、
少しずつ、
“嫌な記事”が混ざり始める。
「……」
《駅で転倒事故》
「……」
読まなければいい。
そう思う。
でも、
気になる。
どこで?
誰が?
「……」
結局、
開く。
読む。
「……」
その日、
駅で誰かが転ぶ。
記事通りに。
「……」
自分じゃない。
知らない誰か。
だから、
問題ない。
「……」
そうやって、
少しずつ、
“線”を越えていく。
「……」
気づけば、
怖さは薄れていた。
慣れていた。
「……」
そして、
ある日。
「……」
いつものように、
アプリを開く。
記事一覧。
「……」
その中に、
一つだけ、
明らかに異質なものがあった。
「……」
《男性、自宅で死亡》
「……」
心臓が強く鳴る。
視線が、
動かない。
「……」
タイトルの下。
小さく表示されている、
詳細情報。
「……」
場所。
見覚えがある。
「……」
いや、
見覚えどころじゃない。
「……」
自分の住所だ。
「……」
喉が乾く。
指が、
動かない。
「……」
開かなければいい。
読まなければいい。
そうすれば、
現実にならない。
「……」
分かっている。
分かっているのに——
「……」
指が、
勝手に、
動く。
「……」
タップする。
記事を開く。
「……」
画面が、
切り替わる。
本文。
そこに書かれていたのは——
自分の名前だった。
「……」
頭が真っ白になる。
目を逸らす。
でも、
もう遅い。
「……」
読んでしまった。
観測してしまった。
「……」
記事の内容が、
ゆっくりと頭に入ってくる。
時間。
状況。
死因。
「……」
全部、
具体的に、
書かれている。
「……」
スマホを落とす。
床にぶつかる音。
やけに大きく響く。
「……」
理解してしまう。
「……」
これは、
避けられない。
もう、
確定している。
「……」
未来は、
読んだ瞬間に、
現実になる。
「……」
そして今、
自分は——
自分の死を、読んだ。
スマホを拾う手が、震えていた。
「……」
画面はまだついたまま。
記事が表示されている。
自分の名前。
自分の住所。
そして——
死亡。
「……」
息が浅くなる。
喉が乾く。
「……」
閉じる。
アプリを。
画面を消す。
「……」
それでも、
頭から離れない。
さっき読んだ内容。
時間。
状況。
場所。
「……」
やめろ。
思い出すな。
詳細をなぞるな。
「……」
でも、
思い出してしまう。
断片的に。
少しずつ。
「……」
時間は、
今日の夜。
場所は、
自分の部屋。
「……」
死因は——
「……」
思考を止める。
それ以上は考えない。
考えたら、
確定してしまう気がした。
「……」
立ち上がる。
部屋を出る。
外へ。
「……」
家にいなければいい。
記事と違う行動をすれば、
変えられるかもしれない。
「……」
そう思って、
歩き出す。
無意味だと、
どこかで分かりながら。
「……」
街。
人がいる。
普通の日常。
「……」
でも、
全部が、
少しだけ“ズレている”気がする。
「……」
視界の端。
人の動き。
車の流れ。
音。
全部が、
どこか、
“決められている”ように見える。
「……」
歩く。
とにかく、
歩く。
時間を潰す。
夜にならなければいい。
記事の時間に、
ならなければいい。
「……」
でも、
空は暗くなる。
街灯がつく。
人が減る。
「……」
時間は、
進む。
確実に。
「……」
時計を見る。
もうすぐだ。
記事に書かれていた時間。
「……」
息が荒くなる。
心臓がうるさい。
「……」
逃げる。
走る。
どこでもいい。
とにかく、
記事と違う場所へ。
「……」
曲がる。
知らない道に入る。
路地。
暗い。
「……」
足がもつれる。
壁に手をつく。
呼吸が乱れる。
「……」
そのとき、
ポケットの中で、
スマホが震えた。
「……」
見る。
通知。
ニュースアプリ。
「……」
嫌な予感しかしない。
でも、
目を逸らせない。
「……」
画面を開く。
新しい記事。
日付は——
今日。
「……」
タイトル。
そこに書かれていたのは——
さっき自分が読んだ、
あの記事だった。
「……」
内容を確認する。
変わっている。
未来じゃない。
“現在”の記事になっている。
「……」
場所。
路地。
今いる場所と、
完全に一致している。
「……」
足が止まる。
動けない。
「……」
記事の続き。
詳細。
ゆっくりと読む。
もう、
止められない。
「……」
そこに書かれているのは、
これから起きることじゃない。
“今まさに起きていること”だ。
「……」
文章が、
現実を追い越してくる。
「……」
視界の端で、
何かが動く。
「……」
記事に書かれていた通りに。
「……」
理解する。
これは、
未来じゃない。
「……」
“観測された結果”だ。
「……」
読んだ瞬間から、
すべては、
その通りに進んでいる。
「……」
最後の一文。
そこに、
こう書かれていた。
『男性はその場で死亡が確認された』
「……」
顔を上げる。
何かが、
すぐそこまで来ている。
「……」
逃げることも、
叫ぶことも、
できない。
「……」
その瞬間、
はっきりと理解する。
「……」
これは、
最初から、
決まっていたんじゃない。
「……」
自分で決めたんだ。
読んだから。
観測したから。
「……」
次の瞬間、
すべてが、
記事の通りになった。
音も、
感覚も、
そこで途切れる。
「……」
そして——
その出来事は、
ニュースとして、
町に配信される。
次の日の、
記事として。
「……」
スマホの画面には、
また新しい“明日”が表示されている。
まだ、
誰にも読まれていない未来。
「……」
その中の一つに、
小さく、
こんな記事があった。
『男性、路地で不審な死』
誰かがそれを読んだ瞬間、
その未来は、
また現実になる。




