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第一話 勇者前夜

その夜、町は少しだけ静かだった。


風は弱く、


鍛冶場の煙もまっすぐ夜空に上がっている。




少年は工房の裏口に座っていた。


扉の木目は、小さいころから何度も触ってきたせいで少しだけ滑らかになっている。




イザークという名の少年の手は、剣を握ったことはない。


だが、幼い頃から鉄を打ち続けてきたせいで、指の関節が少しだけ太く、無骨だった。



ここに座ると、落ち着く。


子どもの頃からの癖だった。




工房の中では、父が鉄を叩いている。


カン、カン、カン、と


規則的な音が夜に響く。


その音を聞いていると、世界はずっと変わらない気がした。


本当は、もう変わってしまったというのに。




昼間、神殿で紋章診断が行われた。


神の紋章は、その人間に最も適した役割を示す絶対的なアルゴリズムだ。


誰もそれを疑わない。




イザークの紋章は


()()


だった。




父はとても喜んだ。


「名誉だぞ」と言って、いつもより強く肩を叩いた。


母は涙ぐんでいた。


「神様に選ばれたのね」と、それは祝福の涙だった。


二人とも笑顔だった。


「世界を守る役目だ」と誇らしげだった。


イザークは笑った。


笑わなければいけない気がした。


だから、笑った。




勇者は志願制だ。


強制ではない。




ただ


辞退する理由は存在しない。




神が示した適性。


合理的な役割。


それを拒否することは、この社会では非合理エラーと呼ばれる。


辞退すれば、社会的な死が待っているだけだ。




扉が軋む。


工房の裏道から、足音が近づいてきた。


「……やっぱりここにいた」


幼馴染の少女、リーナだった。


リーナはイザークの隣に座る。少し距離を空けて。


それは昔から変わらない、いつもの距離。


しばらく何も言わない。


父の槌音だけが響き続けている。




「本当に行くの?」


リーナが聞く。


声は小さかった。


イザークは空を見た。星が恐ろしいほど均等に散らばる夜だった。


「うん」


それだけ答える。


「怖くないの?」


すぐに答えられなかった。


イザークは少し考える。



「怖いよ」



正直な言葉だった。


「怖いのに行くの?」


「うん」


イザークは手を見つめる。


剣を握ったことのない手。


鍛冶屋の息子だから鉄には、剣に慣れている。



でも、


()()()を斬る手ではない。



自分が逃げれば、最適化されたこの町に波風が立つ。


町の人は言う。




__どうして?




魔物の被害が出れば言う。




__お前が行かなかったからだ




イザークは優しい。


だからこそ、


その正しい言葉に耐えられない。




イザークは笑った。


優しい笑い方だった。




「大丈夫だよ」


「僕、そんなに弱くないと思う」




それは本当でもあり、嘘でもあった。




イザークの勇者適正は強いと示している。


だが戦士ではない。




ただ、


逃げないだけだ。






「ねえ」


リーナが言う。イザークの震える無骨な手を見つめて。


「帰ってきてね」


「うん」


イザークは笑う。


それは世界システムを通さない、二人だけの非公式な約束だった。


保証などどこにもない、ひどく非合理な口約束。




夜は静かだった。


鍛冶場の火は消え、町は眠りにつく。



少しでも「面白い」「続きが気になる」「システムが不気味だ」と思っていただけましたら、

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この話は、第十話で完結予定です。

引き続き、「世界の余白」をよろしくお願いいたします。

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