決定打
## BBQ当日
翌週の土曜日。
今日はサークルの練習はお休みで、代わりに親睦会と称したBBQが開かれていた。
市営テニス場に隣接する施設に集まったメンバー達は、鉄板の上の肉や焼きそばから立ち上る湯気と匂いに包まれながら、ジョッキのぶつかり合う音を何度も響かせていた。
アルコールが回り、笑い声は大きく、雰囲気はすっかり緩んでいた。
最初はテニスや大学生活の話で盛り上がっていた。
「乾杯! いつもみんなお疲れ!」
「最近、上達してるやつ多いよな」
笑い声と煙の向こうで、いくつものグラスが空になっていく。
そんな中、誰かがふと口にした。
「そういえば、咲良ちゃん来てないね」
その一言で、ほんの少し場の熱が変わる。
「確かに。親睦会には全然来ないよね」
佐々木さんが言った。
確かに4月の新歓から2度ほどサークルの飲み会はあったが、彼女はどれにも参加していない。
「こういうの苦手なのかな」
佐々木さんの言葉に、
「いや、練習中はあんなに明るいじゃん。苦手って感じじゃないだろ」
と、山田くんがちゃかして返す。
咲良ちゃんについてあれやこれや話している集団に、美樹先輩は近づくと、手に持っていたオレンジジュースを一口を飲み、氷のような声を落とした。
「咲良ちゃんの話はもうやめましょう。私、もう限界なの」
BBQ会場の空気がぴんと張りつめる。
「練習には来るのに、私たちとの時間は作らない。サークルって、技術だけの場じゃないでしょ」
冷ややかな声に、周囲の視線が吸い寄せられた。
「美樹……」
拓海先輩が名前を呼んだ。けれど彼女は振り返らない。
「でも、確かにそうだな」
いつになく声が荒い。
「俺が一生懸命やっているのに、理由も言わずに土曜は来ない。他のサークルには顔を出してるって聞けば……何なんだって思うよ」
テーブルを軽く叩くその仕草に、周りが無意識に頷く。
「親睦も大事だしね」
「仲間意識が……」
健太先輩が口を開こうとした。
「でも、咲良は——」
「うちは練習場じゃないの」
美樹先輩が強く遮る。その目は据わっていて、低く鋭い響きを帯びている。
その勢いのまま言葉が続く。
「好きな時に来て、好きな時に休んで、都合のいい時だけ戻ってくる。このサークルを何だと思ってるのかしら」
健太先輩は言葉を飲み込み、誰も続けられなかった。
——笑い声で温められていたはずの空気が、別の熱を帯び始めていた。
「このままだと他のメンバーにも影響が出るし……」
普段は穏やかな拓海先輩が、声をひときわ大きくした。
テーブルに置かれた空っぽのビールジョッキが、かすかに揺れる。
「みんな、どう思う?」
言葉が熱を帯びすぎていて、少し暴走しているようにも聞こえた。
「私たちも我慢してきたけど、もう...。サークルの和を考えると、やめてもらった方がいいのかも」
美樹先輩の冷ややかな表情と言葉に、場がいっそう静まり返った。
いくらなんでも、それはやりすぎなんじゃないかな。
私の他にも何人かはそういう顔をしている。
けれど、心の中でそう思っても、リーダーである拓海先輩やその彼女である美樹先輩が言う事に、誰も異を唱えることができない。
反対すれば、自分も悪者にされてしまうだろう。
「そうだな……仕方ないか」
拓海先輩が深く溜息をつき、短く言った。
「俺が連絡する」
胸の奥に強い違和感が広がっていく。
けれど、どうすることもできない。
ふと視線を向けると、美樹先輩は恍惚と表現していいほどの、満ち足りた笑みを浮かべていた。
その顔を見た瞬間、背筋に冷たいものが走る。
彼女は最初から、この結末を望んでいたのだ。
## 強制退会
その夜、咲良ちゃんはサークルのグループLINEから強制的に退会させられた。
続けて、拓海先輩の投稿が流れる。
『皆様お疲れ様です。咲良さんは昨日限りでサークルを抜けられるそうです。残念ですが、今後ともよろしくお願いします』
スマホの画面に並ぶその文字は、必要最低限で、淡々としていた。
けれど、その無機質さがかえって重くのしかかる。
咲良ちゃんには、どんなふうに脱退が告げられたのだろう。
そして、美樹先輩は、今どんな顔でこれを眺めているのだろう。
胸の奥に広がるのは、言いようのない後味の悪さだった。
こんな事が起こっていいのだろうか。




