1.くだらない実験
紫空は造語で、読みは[しくう]です。
今回は前日端的なもので、次回からが本編になります~
ロボやミリタリー系をかかわらせない作品を一度作ってみよう、そう思ったのがきっかけの作品です。
ブーンとサーバーの音が響く薄暗い部屋を進む。
サーバー室も兼用しているこの第4研究室は年中肌寒い気温に保たれていた。
「所長、失礼します」
部屋の奥、青白い光を放つPC画面をのぞき込む男に声をかける。
「うん?ああ、君か、えーっと確か…」
「綾部ですよ、綾部、もうここにきて3か月ですよ、いい加減名前ぐらい覚えてください…」
すまんねと言いながら男は軽く頬を掻く。
「この年になると物の覚えが悪くてね」
「何言ってるんですか所長、あなたはまだ20代ですよね?」
男はオフィスチェアを回しこちらを向く、ディスプレイの光に照らされた顔にはしわはなく、見ようによっては大学生にも見える顔立ちだ。
「私よりも年下で異例のスピード出世、それ、半分嫌味ですからね」
いまだに平の研究員である私は、不機嫌なふりをし所長に言う。
「さすがに冗談だよ綾部さん、いくら研究以外にリソースを使わない僕の脳でも同じ研究をしてる同僚の名前は忘れないよ」
どうだかとつぶやき、持ってきた書類を所長に受け渡す。
「先日承認されました第4次試験が開始されました」
「ああ、思ったより早かったね、頭の固いご老人の説得は大変だったでしょ」
所長はぺらぺらと渡した資料をめくる。
「いえ、所長の根回しのおかげか本部長も総長も”紫空”の脅威度を―」
「僕は何もやってないよ、僕が提示したのは観測データに基づく事実だけだ。
老害共もようやく”紫空”がどんなものなのかを理解したようだね」
-第4次空間亀裂対策計画-
資料の表題にはそう書かれている。
空間亀裂、私たちが紫空と呼んでいる目視可能な空間異常だ。
「とはいえ今回も僕らがやることは観測とデータの分析だ、観測データが上がってくるまで、僕はこの子たちと遊んでるよ」
そういい主任はモニターに目を向ける。
「無駄…にはならないと思いますがほどほどにお願いしますね、ただでさえ紫空の研究には予算がかかり、いい顔はされてないのですから」
「そうだね~、でも僕はこう思ってるんだ」
「ん?どう思ってるんです?」
「答えってさ、こういうくだらないところから出てきたりするんだよ」
「そういうもんですか」
「そういうもんなんだよ、じゃ、またなんかあったらよろしく」
そうとだけ言うと所長はオフィスチェアを回しモニターへ顔を向ける。
その表情は先ほどまで話していた同僚などこの場に存在しないと思わせるほど集中しているように見えた。
失礼しますとだけ言いその場を離れる。
再度サーバー群の横を通り抜け、扉を開き、部屋をでる。
サーバー室と異なりむわっとまとわりつくような気温を、そして湿度を感じる。
「うわ、気持ちわる…」
そんなつぶやきはどこからか響くヒグラシの鳴き声に流されていった。