003 門前払い
町の南区にある冒険者ギルドの前に来た。
王都が広すぎるせいで到着に時間がかかってしまった。巡行馬車などを利用すれば早かったのだけれど、無駄な出費は抑えたいのよね。ここに来るまでにも徒歩である。手持ちのお金は大切に使わなくっちゃ。当然よね!
目の前には、剣と盾を持った剣士がポーズを取っている像がある。
建物の玄関付近には草むしりをしている二十歳ぐらいのお兄さんがいた。その人を見てあたしは眉を寄せた。あら、草むしり係かしら。ギルドの雑用ってところかしらね。
たぶん、このお兄さんは冒険者では無いと思う。だって草むしりをしているんだもの。だけど腕や背中は筋骨隆々で、髪の色は銀だ。まるでウルフのようなヘアースタイルだった。イケメンね。目つきも鋭くて、格好良い。だけど残念、貴方は雑用係さんなの。頑張って出世しなさいよね。
……それにしても草取りのスピードがとても速いわ。草取りのエキスパートってところかしら。そんな人いるのね。あはは。
あたしはお兄さんと像の横を通り過ぎて、冒険者ギルドの両開きの扉を開けた。中は少しお酒臭かった。それに香辛料を使った食事の匂いがした。室内を見ると、酒場とギルドが一緒になっているみたいなの。木製のテーブルに樽ジョッキを掲げる屈強そうな男たちが何人もいる。少数派だが女性もいた。会話をする豪快な声が響いている。
冒険者は、本当にこんな時間からお酒を飲むのね。
その話は、幼い頃からお母様に語ってもらうことがたくさんあった。だけど人から聞くのと実際に見るのとでは誤差がある。何というか、男たちは見るからに男臭い。女の人もいるけれど、女性なのにどこか男臭い。それを見たあたしは胸がカーッと熱くなって、興奮した。
この人たちが、夢にまで見た冒険者たちなのね!
ジロジロと眺めている訳にもいかず、あたしは冒険者ギルドの方のカウンターまで歩いた。自分の白い帽子を左手に取り、黒髪をオールバックにしている胸板の厚いおじさんに頭を下げる。
「こんにちは」
「おっ? お嬢さん、こんにちは。冒険者ギルドに何か用事かい?」
「冒険者になりたいわ。だから、手続きをして欲しいんだけど」
「は?」
オールバックのおじさんの目が点になった。続けて言う。
「お嬢さん、冒険者になりたいって? 杖を持っているところからして、魔法使いか何かかい?」
「ええ、そうよ。あたしは魔法使いなの」
「ふーん、じゃあ王都立魔法学校の卒業証明書は持ってるんだろうな?」
……やっぱりそう来たか。
「無いわ」
「無いって。じゃあどこで魔法の勉強をしたんだ?」
「独学なの。悪い?」
「悪いって。そりゃあ悪いぜ。独学で魔法を勉強しましたなんて冒険者は、俺は見たことがねえ」
「貴方が見たことが無いだけなんじゃないの?」
「お嬢ちゃん。ここはお遊びに来る場所じゃねーんだよ。さっさと親御さんの元に帰んな」
キーッ。なんなのこいつ。そりゃあ確かに、あたしは背が低いし、筋肉も無いし、胸だって無いし。最後のは関係無いかもしれないけれど。だけど門前払いにされる訳にはいかないわ。
「冒険者になるための手続きをしてください」
「断る」
「しなさいよ」
「知らん」
「あたしは強いのよ?」
「じゃあ試しに魔法を使ってみろ。お嬢ちゃーん?」
くぅぅっ。馬鹿にしてー!
「あたしはサポート魔法使いなの」
「サポート? じゃあ、ルフィルぐらい使えるだろ? 俺にかけてみてくれ」
ルフィルって言うのは、Dランクの治癒魔法のことなの。
ルフィルぐらい使うのは容易かった。だけどここで使う訳にはいかないのよね。あたしのルフィルの魔法熟練度はまだ低いのだから。魔法熟練度が低いことが露呈すれば、舐められて、冒険者にしてもらえないかもしれないわ。
「る、ルフィルじゃなくて、ピクスなら得意だわ」
「お嬢ちゃん、ルフィルを使ってみろ」
「ピクスじゃダメなの?」
「ピクスってのは、行動速度上昇の魔法だな。魔法熟練度に関係なく、誰が使っても同じほどの効果が出るやつだ。だからピクスを使われてもお嬢ちゃんの力量は分からん」
「ちっ」
「舌打ちかい? お嬢ちゃん」
「あたしのルフィルはまだ、魔法熟練度が低いわ」
「じゃあ高めてからまた来ることだな」
「そうしたいのは山々だけど、お金を稼ぐ必要があるの」
「生活費か?」
「ええ、そうよ?」
「じゃあ、レストランでウェイトレスでもやったらどうだ?」
そこであたしたちの会話を聞いていた冒険者たちが一斉に笑い声を上げた。ムカーッ。あたしの顔が一気に真っ赤になった。ウェイトレスですって?
「あたしはウェイトレスじゃなくて冒険者になりたいの」
「そんなこと言ったってなあ。ルフィルの熟練度すら低いようだと、冒険者にはしてやれねーよ」
「じゃあ、えっと」
「おう」
あたしはバッグから銭袋を取り出した。金貨一枚をカウンターに置く。
「これは何だ?」
「謝礼よ。あたしを冒険者にしてもらうためのね」
「嬢ちゃん」
「ええ、どうしたの?」
「金貨一枚で冒険者にしてくれってことか?」
「あら、足りなかったかしら? じゃあもう一枚」
あたしはもう一枚、カウンターに金貨を並べる。
「ふざけんじゃねえぞこの野郎!」
オールバックのおじさんのチョップがあたしの頭に決まった瞬間だった。
あたしは大きなたんこぶを作って、泣く泣く冒険者ギルドを後にする。それこそ泣きながら建物を飛び出した。玄関の雑草は綺麗になっており、もう銀髪のお兄さんは草むしりをしていなかった。
あう……。困ったわ。どうすればいいのかしら。
ここで家に帰って父母に泣きつく訳にはいかない。啖呵を切って飛び出してきたんだから、ちょっとやそっとの困難で負ける訳にはいかないのよね。
翌日も、その翌日も、あたしは冒険者ギルドに通った。オールバックのおじさんはあたしをハエでも見るような目つきで見た。冒険者ギルドに通い始めて、五日目の昼のことだ。
「くそっ、嬢ちゃん、また来たのかよ」
「ええ、何度でも来るわ。あたしを冒険者にしなさい」
「まだ言ってんのかよ。じゃあせめて、どこかの強いパーティに入れてもらうことだな。それが条件だ」
「パーティ?」
「ああ。この室内にいる面子なら強いやつが揃っているし、外で見つけてきてもかまわない。だけどせめて、嬢ちゃんを守ってやれるぐらいに強いやつらを連れて来い」
「パーティを見つければ、冒険者にしてもらえるのね!」
「ああ」
そこでオールバックのおじさんは両手を口に当てて叫んだ。
「おーい。誰かー! この嬢ちゃんを、守って仕事をしてやるって奴はいねーかあ!」
「絶対やらねー」
「ふざけんじゃないよ。お守りをしろって言うの?」
「嬢ちゃん、オラに気持ち良いことをしてくれたら考えてやるど」
「「げはははっ」」
室内が爆笑に包まれる。あたしは顔から火が出るような思いで下を向いた。目の奥から熱いものが込みあげてきて、しずくが床に落っこちる。
「はい! お嬢ちゃん泣きましたー!」とオールバックのおじさん。
「べそかいてやんの!」
「お母ちゃんにお乳を飲ませてもらいな!」
「男のミルクを絞る仕事なら紹介すっど」
「「ぎゃははは!」」
あたしはもう悔しくて悔しくて、仕方が無くて、とぼとぼと歩いて玄関から外に出たのだった。背後ではまだ笑い声が上がっている。もうこんなところに来たくない。だけど、冒険者になることをあきらめる訳にはいかない。一体どうしたらいいの?
剣士の像を通り過ぎる時、像を雑巾で磨いているお兄さんがいた。水の入ったバケツもある。
……この人、この間、草むしりをしていた人だわ。
「なんか、やけに賑やかだなー」
銀髪のお兄さんはあたしと玄関を見比べて、首をひねっている。
あたしはそのまま一度お兄さんの横を通り過ぎた。ふと思い立って、足を止めて振り返る。
「貴方、ギルドの雑用係なの?」
「あん? 違うぜ」
お兄さんは像の台から飛び降りて、左手で軽やかに前髪をかきあげた。
この時、どうしてかあたしの頭の中で、ベルがじりりりりと鳴ったのよね。何か大切なことを予感させるような、そんな気持ちがした。
「俺はハッシュ。ハッシュ・アレイシャ。冒険者だ」
「貴方、冒険者なの?」
「ん? そうは見えないか?」
「見えないわよ。だって、どうしてギルドの玄関の草むしりをしたり、像を磨いていたりしているのよ」
「そりゃあ、雑草が生えていたらむしるし、像が汚れていたら磨く。その方が、気持ちが良いじゃねーか」
「そ、それはそうだけど……」
「ああ。何か変か?」
「その像を磨くことは、冒険者としての仕事なの?」
「いーや、ボランティアだぜ!」
ハッシュがにかっと笑った、白い歯がキラーンと光った。この人、一体何なんだろう? どんな人なんだろう? その時あたしはこう思ったのよね。もう少しこの人と、お話がしてみたいわ。
「ボランティア?」
「ああ、そうだぞ?」
「お金はもらっていないの?」
「もらっていないが?」
「貴方、馬鹿なんじゃないの?」
「よく言われる」
馬鹿呼ばわりされても悔しそうな様子を見せない。それどころか嬉しそうに後ろ頭をさすっている。
「……貴方、お昼はまだ?」
「ん? おごってくれるのか?」
「貴方とお話がしたいわ」
「デートなら断る」
「ちっがーう」
あたしは思いっきり地面を踏んだ。
これがあたしとハッシュとの出会いだった。雨空気分に運命の虹がかかる。