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002 出発



 早朝の自宅、玄関前。



 昨日の夜から準備していたバッグを持って、あたしは父母とメイドたちに別れを告げていた。バッグの中には一ヶ月分のリセプファイと、少々のお金が入っている。言っておきますけど、自分で稼いだんですからね! 入院中に、ハンドメイドでお人形さんを編んで売ったのよ。



 あたしの右手には緑色の魔石のついた杖。



 白い帽子を取って頭を垂れた。



「お父様、お母様、メイドたちのみんな! それでは行って参ります」


「ルピカ、困ったことになったらすぐに帰ってくるのよ!」と母。


「ルピカ、逃げることは恥ではない。逃げるも勇気と思いなさい」と父。



 ムキー! 何なのよ、逃げる勇気って! お父様は、あたしがすぐに逃げて帰ってくると思っているんだわ。絶対に逃げて来るもんか!



 あたしの唇がぴくぴくと揺れた。



「分かりました。それでは!」


「ルピカ、昼食にはランペッグを作っておくからね!」


「おい、ハミール。それでは足り無いだろう。ミブールスープも用意しなさい」


「あっ、そうね!」



 仲睦まじく会話をする父母。その二つの料理はあたしの大好物だ。馬鹿にしている。完璧に馬鹿にしている。さっさと家に入れっつうの。



 あたしは苦虫を噛みつぶしたような顔をしてみんなに背中を向けた。帽子をかぶって歩き出す。馬にも乗れないので(乗ったことが無いから)なので徒歩の旅だ。



 歩いて行くと、後ろから大声がかかった。



「ルピカー、ランペッグにはファムルソースをかけておくからねー!」


「お父さんのぶんまで食べて良いぞ!」


「「ルピカ様ー、どうかご無事でー」」



 お母様もお父様もいい加減にしなさいよね。だけどメイドたちだけは本気で心配しているような声をかけてくれた。ちょっぴり嬉しい。涙が出ちゃう。



 あたしは振り向くこともせずに歩いた。やがて家が見えなくなるところまで来て、ため息をつく。領民たちの畑が左右にあって、麦の背丈が伸びてきている。今は春の終わり頃であり、遠くにルミーズの木があって鮮やかなブルーの花を咲き誇らせていた。



 これから冒険者ギルドに行って、登録を済ませなきゃいけないんだけれども、その前に寝床の確保が必要である。あたしはずっと入院していたのだが、町の地図は頭に入っていた。もちろん、実際に見たわけでは無く、羊皮紙で見たというだけなのだが。



 あたしの頭は良いみたいだ。右を見ても左を見ても、地図通りの道が伸びている。畑があり、果汁園があって、民家がある。どこの民家にどんな名字の人が住んでいるのかすら、お母様との会話の中で聞いたことを記憶していた。



 半年間、毎日体力トレーニングを積んだおかげで、歩くのに苦は無かった。それどころか、もう少し歩くとどんな光景が広がっているのだろうか? とか、どんな人や動物がいるのだろうか? とか。そんな小さなことにワクワクしながら歩いた。



 領民たちはあたしの顔を見ると、困惑したような表情を見せた。公爵令嬢の顔をほとんど見たことが無いのだ。人前を通る時は頭を軽く下げて、あたしは素通りした。



 ここは王都ということもあり、道のほとんどが石畳である。繁華街の方に来ると、人や馬、それに荷物を積んだ牛がごった返していた。馬車が道の真ん中を歩いてくる光景もあった。どれもこれもが新鮮で、心臓がドキドキとする。



 店から流れてくる、焼けた肉の香ばしい匂いや、甘いお菓子の匂いにつられて、あたしはキョロキョロとしていた。買って一つ食べようかしら? いけないいけない。今は寝床を探さないといけないんだ。



 繁華街の中心に背の高い立派な宿があった。牡鹿亭と書かれた木の看板が出ている。すごく綺麗な佇まいだ。だけどきっとこの宿は高い。別の宿を探すことにする。



 道を少し行ったところに、牡鹿亭に比べると小さいけど、小綺麗な宿屋を見つけた。あたしは木の扉をノックして、引いて中に入る。



「ごめんください」


「はい。いらっしゃいませ。ここは像牙亭でございます」



 ワイシャツの上にベストを着たおじさまが優雅にモーリアス(っていう国の名前なの)ふうのおじぎをしてくれた。あたしも両手でスカートの両脇を掴み、一礼する。カウンターの前まで歩き、立ち止まる。あたしは言った。



「一週間ここに泊まりたいわ」


「お嬢さん、お付きの人はいないのですか?」



 ……そう来ると思ったのよね。



「お付きの人はいないわ。あたしは魔法使いなの」


「魔法使い? ということは、冒険者か何かですか?」


「これからなるところよ」


「これからなる? ふむ」



 おじさまは右手でネクタイをさする。いぶかしげな顔つきだ。



「旅の者ですか?」


「そう思ってくれてかまわないわ」



 家の名字(ロフロスって言うの)はあえて出さない。父母の力は借りたくないのよね。これは自分自身の修行の旅なんだから。当然よね!



「お一人様ですか?」


「ええ、そうよ」


「分かりました。前払いになります。一晩、銅貨二枚です。一週間となりますと、大銅貨一枚と、銅貨四枚になります」


「高いわね……」


「ここら辺の宿屋はみんな、同じような値段ですよ?」


「そうなの……。分かったわ」



 あたしはバッグから銭袋を取り出した。銀貨一枚を取り出す。



「これで」


「はい」



 あたしは料金の支払い済ませておつりをもらい、202号室の鍵をもらった。他にも説明を受けた。朝食と夕食は出るらしく、一階の食堂を利用するようだ。おじさまにお礼を言って、宿屋の階段を上って行く。薄茶色の絨毯のしかれた廊下を歩き、部屋を見つけて中に入った。鍵をかける。



 中は簡素な作りだった。とは言っても掃除は行き届いているみたい。ガラス窓が二つあって、シングルベッドが一つ、タンスが一つ、その上に象の置物があった。トイレと洗面所もついているみたいだ。



 はっきり言って入院中の病室の方が豪華の作りだった。だけどそれはやはり、あたしがロフロスの令嬢ということで、贔屓して部屋を飾ってもらっていたのよね。これからは庶民として生きていく覚悟でいかないといけないわ。



「よし! 冒険者ギルドへ行きましょう!」



 あたしは左手を掲げて宣言する。そこであたしのお腹がぐーと鳴った。そう言えば朝食は自宅で食べたけど、昼食がまだなのよね。たくさん歩いたせいでお腹が空いたみたい。首にかけてある懐中時計を取って開くと、十一時前だった。昼食にはまだ早いわ。



 あたしは少し考えて、先に冒険者ギルドに行くことにした。ギルドで登録を済ませた後で昼食ということにしましょう。部屋を出て鍵をかける。一階に下りて、おじさまに一言告げて宿屋を出た。



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