001 夕食
病院を退院して、内包魔力測定も終えたその夜のこと。
公爵家にしては小さな家(それでも領民の家々よりはとても大きい)そこで、あたしは父母と真剣な話をしていた。
いま、こうして光沢のある木製のテーブルを挟んで椅子に座っている。父母は肩を並べており、あたしはその対面に座っていた。メイドたちが作ってくれた夕食の薄味のポトフに柔らかなパンをつけてお父様が食事を摂っている。お母様は料理に手をつけず、あたしの話を聞いて難しい顔をしていた。
あたしは頭を下げて言った。
「お父様、お母様、長い間お世話になりました。こうしてあたしは病気から回復することができました。これからは魔法使いとして、一生懸命修行に励みたいと思います」
「修行に励むって、ルピカ。貴方、内包魔力が最低のDだったじゃないの。魔法使いになるのはあきらめるしかないわね」と母。
「いいえ、あきらめません。あたしはこれから修行をして、いつかお母様やお父様のような魔法使いになる所存です」
「修行って、一体どんなことをするの?」
「具体的には……明日から冒険者になろうかと」
「冒険者だって!? 無茶を言うのも大概にしなさい! ルピカ、貴方は生まれてから昨日まで病院で入院していたのよ! できるはず無いでしょうが!」
お母様がテーブルをはたいてぴしゃりと言う。だけどあたしは負けないんだ。恋い焦がれていた魔法使いになるために、ずっとずっと勉強をしてきたのだから。こんちきしょー!
「お母様、娘の旅立ちを止めないでください。あたしは本気です」
「本気ってねえ! ルピカ、冒険者って何をするか知っているの?」
「はい。モンスターと戦って倒したり、人の役に立つことをして参ります」
「内包魔力Dの貴方がモンスターを倒せるはずないわね。あはは」
お母様が肩を揺らして笑う。出産してからもずっと保ち続けたブロンド色の艶やかな髪がゆらゆらと揺れている。くやしいったらありゃしない。何なのよ! あたしは頑張って強くなるんだから!
「内包魔力は、これから上げようと思います」
「上げるって、そりゃあ修行をすれば魔力は上がるけれど。っはぁ。ねえ、貴方。貴方もルピカに言って聞かせてくださいな」
お母様が隣で食事をしているお父様の肩を触った。お父様がむくりと顔を上げる。
「やらせてみれば良いんじゃないか?」
さすがは話の分かるお父様!
「やらせれば良いって、貴方ねえ。ルピカがモンスターと戦って死んだりしたらどうするのよ?」
「ふむ。まあそれは問題だな」
お父様は顎髭を左手で撫でて、あたしを真っ直ぐに見る。続けて言った。
「ルピカ。修行ならなにも冒険者にならずとも、この家にいてもできるんじゃないか?」
「お父様とお母様は、昔、冒険者をしていた頃に巡り会ったと聞き及んでおります。あたしも同じように冒険者として名を上げて、病弱なあたしを見下していた貴族たちを見返したいのです!」
「ルピカ、誰も貴方を見下していないわ」
「そうだぞ。皆の者はただ、お前の病気を哀れんでいただけだ」
「同じです! これからあたしは自分の足で立ち、自分で稼ぎ、自分で食べて、自分で寝床を探したいのです!」
「ふむ。それなら仕方無いな」
「貴方!」
「ハミール、やらせてみようじゃないか」
ハミールというのはお母様の名前だ。
「貴方ねえ! ルピカは今日病院を退院してきたばっかりなのよ! 何を言っているの!」
その言葉にお父様は顎を小刻みに振った。お母様を制するような態度で両腕を組み、あたしを睨み付ける。
「ルピカ、やってみなさい。そして世間というものがいかに自分の思い通りにならないものか、ということを学んできなさい。いいか? お金が無くなったり、困ったことになったらすぐにこの家へ帰ってくるんだぞ? いいな」
……くやしー! 最初っからダメだと決めつけられてる! お父様もあたしを信じてくれないのね!
「……分かりました」
あたしはそれでも顎を引いた。苦湯を飲まされた気分だ。だけどとりあえずこれで、冒険者になるためにこの家を出ることができそうだ。絶対に、絶対にお父様とお母様を見返してやるんだから!
「貴方、本気なの?」
お母様がとがめるような視線で父を見る。父は快活に笑った。
「本気なのは俺じゃなくてルピカだ」