廃人とはこれ程までに
鎧を纏った俺の倍ほどはあろう大男が、こちらへと近づいてくるのが遠くから視認することが出来た。
こいつは明らかに強いな、トップランカーって言ってもおかしくない雰囲気だ。
俺が傍らに携えたショートソードに手を掛けると、目の前まで近付いてきた男は口を開いた。
「君が例のプレイヤーだね?」
「お知りいただき光栄で」
アレの討伐が原因で名が知れ渡ったか、それはまぁ致し方ない。それよりも物腰柔らかな雰囲気でこちらに語りかけてきたが、明らかに何かを仕掛けたいという様相なのが怖いな。
「そう警戒しなくて良い 話に来ただけだ」
「そうかい?なら良いんだけどな」
そう言いつつも、こいつは話しながらこちらの動きを1つずつ確認している。廃人は身体の動きだけでVRプレイヤーとしての力量を測れるらしい。
「成る程」
ひとしきり目利きを付けたようで、渋く低い声でこちらにギリギリ聞こえる程度の声量の独り言を呟いている。
怖えよ、明らかに威圧じゃねぇか。これと対面し続けるの本当に嫌なんだけど。
「君の力を見込んで頼みがあるんだ」
俺の瞳をじっと覗いて話しかけてきた。
どうしたものか、こいつは大きなクランに所属しているのは想像するに容易い。それに何か厄介な匂いがプンプンと漂っている。これに乗ってしまえば、俺の楽しいゲームプレイは何処の馬の骨とも知れないクランに貢ぐ羽目になる。
であれば答えは一択。
「俺はソロプレイだ、そういうのは他を当たってくれ」
きっぱりと断ってしまう他ない、これからが楽しいところなんだから邪魔されてたまるかよ。
「そう言わず、話位は聞いてくれないか?」
断られた事は想定内であったのか、間髪を置かずに再び交渉の文句を繰り出してきた、今度は背中に携えた大剣へと手を掛けて。
「脅しは効かないぜ ここでなら幾らでも死ねる」
「肝が据わっているな では武力行使で決めようか」
先程からピリつき続けていた空気が弾けた。
俺と同じほどはあろう大剣が瞬時に振り下ろされるが、それより一足早く俺は後ろ側へと飛び退けた。先程まで俺が立っていた筈の大地は既にクレーターへと化していた。
あのまま受けていれば一撃でHPは全損だっただろう。
「なんつー馬鹿力だ」
「おや、仕留めたつもりだったが」
馬鹿言うな、そんな簡単に終わってたまるかよ。
「次で仕留めようか」
一飛びで俺の目の前までその男は移動する。
大きく振りかぶられた大剣は俺の頭部を打ち砕かんと上から迫っていた。再びの上からの一撃このまま受ける、それだけはあり得ないが回避も話にならないスピードだ。ならパリィを狙うしかない、こんなでかいの弾けるのかは知らないが。
「はぁっ!」
質量差が違う、違うがこれなら弾ける。大剣に真正面から叩き込めばギリギリパリィが成立するらしい、とはいえ大きく体勢を崩す事になるが。
次の一撃は右手からか?
「そうかそうか、面白い」
左かぁ、全くもって見当違いだった。いや右側にも見えたんだけどな、まぁ良いか体勢が良くはないがまだ弾けるラインだ。
「ふはは!プレイスキルは想定よりも高いか!」
「お褒めにあずかり光栄で!はぁっ!」
パリィは成立したが、モーション一個一個が尋常じゃない位に速い。俺が体勢を立て直したと共に、もう一撃が右舷から既に放たれている。
「遅いな!」
「レベル差ってものを考えろよ!」
剣を差し込んで鍔迫り合いを繰り広げる。剣がみしりと嫌な音を立てるがなんとか受け切り、大剣の下へと身を反らし避ける。
「やはりやるな、だが防戦だけでは勝てはしない」
知ってる、知ってるがお前の動きを見切るまでは、攻撃にも転じることは出来ないんだよ。
次はどっから来る?突きか?
「そう分からないものだよ」
予想に反し繰り出されたのは振り下ろし。想定外だし今の体制からだと避けにくい技を選びやがって、というかさっきから思考読まれて無い?
今は考えてる余裕はないか、今の体制からだと受けもパリィも間に合わない。
であればこの大剣を受けて傾いた体勢のまま左に跳ね跳び避ける、これくらいしか無い。
次に繰り出したるは左の大振り、今避けたことで俺からは一番受け辛い攻撃。何となく分かってきた、さっきから感じてた違和感。成る程ね、こいつ戦闘に癖があるな。
俺が隙を生んだ部位にのみ攻撃を叩き込み続けてきている。
こんな厄介なの普通に戦ったら勝てっこないのが見え見えだな、なら予想外の一撃に俺の命を全ベットするしかない。
左手に剣を持ち替え、脇腹を抉る様に振りかぶる。
「そんな小細工で私は仕留められんよ」
「そいつはどうかな」
当然この攻撃だけではこいつを倒しきるには至らない、そんな事は分かっている。狙っているののはそっちじゃない。
「アガートラム」
俺が選択したスキル、アガートラムは右腕へとエネルギーを溜め込みそれを叩きつけることで放出する技。使用後右腕が崩壊するという弱点があるが今は関係ない、右腕の先にのみ神経を集中させろ、隙を産め。
「そんな技が通用すると思うか?」
狙い通りに、俺の右腕は身体から切り離された。
「ちぃっ」
切り飛ばされた腕は光り輝きながら真上に飛んでいく。
俺はバックステップで大きく距離を取りながら、相手に聞こえるように大きく舌打ちを打つ。これで狙いは割れないはずだ。
「万事休すといった様子だな」
「まだまだやれることはある 侮っていたら今にお前の首を取るぜ」
軽い舌戦を交わすことで、出来るだけの時間を稼ぐ。
狙いを決める為にはまだ足りない。もう少しだけ時間がい
る。
「そういえば俺に何をさせたいんだ?」
「それは今必要なことか?」
「少しだけでも乗ってくれたって良いだろ」
意味のない会話を繰り広げる。この時間でもまだ足りないか。
「ふははそれもそうだな、君の知識が必要でね」
よし、そろそろか。
このゲームには、プレイヤーから切り離された部位は切り離される前の状態を保持したままになる、という仕様がある。であれば、今奴の上から降ってきているあの光り輝く腕は凄まじい爆弾と化している筈だろう。
「成る程ねっ!」
相槌と一緒に左腕に持っている剣を、勢いよく腕を目掛けて投擲する。角度、タイミング、速度良し。あと心配事があるとするのならば、あれが本当に爆発するかが分からないところだけか。
「何をして...まさか!?」
「遅えよ」
完璧な放物線を描いた剣は俺の腕だったものを貫き、眩い光とけたたましい音を立てながら爆発を巻き起こす。
「心配は要らなかったな」
爆風で砂埃が舞い、奴の姿を確認することが出来ない。だが、何かのイレギュラーがなければ恐らく倒せるだけの火力は発揮していたはずだ。
念には念を入れて置く必要もあるけどな。
「ラビットフット!」
脚力上昇スキルを使用する事で、爆風で吹き飛ばされた剣へと追いつきキャッチする。戦う術が無ければ話にならない。
「さてさてどうなったかな!」
爆煙によって巻き上げられた煙を確認して、勝利の愉悦に浸ろうとした時、煙の中から仄かに赤く光る大剣を引きずりながら、まだ余力は残して男は現れた。
「驚かされるな、まさかHPが8割も削られるとは!」
男は大剣を咄嗟の判断で盾としたらしい。冗談言うな、俺はあれで倒すつもりだったんだ。
「そろそろ締めといこうか!」
男はそう発言すると共に大地を蹴る。蹴り飛ばした大地はひび割れ、その大地から分かる力のまま先程までよりも速いスピードでこちらへと突っ込んでくる。
お決まりのように放たれた振り下ろしとの、再び真正面からの衝突。これを制すものがこの戦いを制すだろうと、全力でガリガリと火花を散らしながら力を込めて競り合う。
「やるではないか!」
「お前も中々強かったぜ!」
このまま行けば何とか弾き切れるだろうと目算を立てた瞬間、ぱきりと音を立てて俺の剣は真っ二つに砕け散る。
「まずったぁ!」
これだけのスペック差がある状態でのパリィを繰り返していたんだ、当然耐久値の削りも早かったか。
「残念だが、とどめだ」
武器が無ければ、俺を仕留めんと振り下ろされるこの攻撃を防ぐすべは無い、だがだからといってこのまま諦めて死ねるわけがないだろう。最後まで足掻くのが俺の人生だ。
使えるスキルはないか?
拳にバフを乗せるスキルは職業が違う、頭突きをするスキルとかはあったら奇跡だな。他にあるとするなら、足で攻撃するスキルとかは......あ、あるな。正確には脚力を強化するスキルだが。ギリギリクールタイムも終わった頃だ。
「ラビットフット!」
地を蹴り、相手の顎を目掛けて足を大きく振り上げる。さながらムーンサルトといった所かな。
「無駄なあがきを!」
目の前の男は足が顎に到達するよりも速く、振り上げた大剣を振り下ろさんとする。
「ウオオ!」
「いけぇ!」
これが届けば勝てるんだよ、届けよ。
「1足、足りなかったなぁ!」
俺の足は顎を穿つことは無い。それよりも速く、大剣は俺の体を地へと叩き落とした。
もはやこれまでか、疲れたし動く気力もない。地に伏せ横たわった俺の横へと今まで同じ程戦っていた筈の男は、何事もなかったかのように俺の横に立っている。
「存外楽しかった、今回はお預けにするとしよう」
「ありがとうよ、次やる時は首を取ってやる」
交わした言葉に未練すらないように俺の胴体は真二つに寸断され、目の前が暗闇に染まっていく。
ゲームオーバーか、次は上手くやってやるよ。