第三十九話 琴葉の過去
「あら?あらあらまあまあ。こんな所に赤ん坊が……」
私は川沿いに捨てられていた、いわゆる捨て子だった。
そんな私を見つけてくれたのは、子供を作れない体に生まれてしまった女性だった。
私はその人のところで愛情を注がれて育った。
「お母さ〜ん!!」
「あらあら、琴葉。そんなに勢いよく抱きついたら危ないわよ」
すごく楽しくて、こんな日々がずっと続いてほしいと願っていた。
でも、そんな幸せは消え去った。
彼女は死んだ。
職場の人に浮気の罪を着せられて殺された。
「おい、あの娘どうするんだ?親戚でもないし、俺は引き取りたくない」
「その気持ちはみんな同じだって。あんな捨て子欲しがる物好きがいるものか」
背の大きな男の人が私を見下ろしていた。
私はその人に引き取られた。
誰に引き取られても私は何でも良かった。
そんな思いはすぐになくなった。
私を引き取った家族は私に暴力を振るった。
高校までは行かせてくれた。
バイトもしてたけど、そのお金は全て取られた。
自己暗示をかけてまで私はそんな生活に耐えた。
――琴葉、あんたはちゃんと幸せになりなさいよ。どんなことがあっても、お母さんは琴葉の幸せを望んでいるからね。
その言葉を支えに、私は生きてきた。
そして私は大学に自力で通うことにした。
推薦もあり、私は奨学生として通えることになったからだ。
同じ大学に推薦を希望して落ちてしまった、引取先の娘には散々な罵声を浴びせられて、彼女の両親にはいつもより酷い暴力を振るわれた。
毎日のように増え続ける体の傷に嫌気がさして、私は家を出た。
大学も変えた。
それでも追ってくる奴ら。
もう嫌になって、全てを警察に話した。
そしたら彼らは接近禁止令を出された。
平和に暮らせるところに転校した私は、暗い自分を捨てて、明るい性格であろうと努力した。
転校先の大学で自己紹介した時、誰もが温かい目で私を見ていた。
ただ一人を除いて。
「あの子、名前なんていうの?」
「え?あの子?」
私の指差した方向を見た仲良くなった子が、「あー」と声を上げた。
「あの子は山里菜乃葉。大阪から来たのに訛ってないし、暗いことで一時期有名だったんだよね」
へぇ、彼女はチラリと私を見た。
その目はとても冷たかった。
彼女はもしかしたら私と同類なのかもしれない。
私は菜乃葉の側に行った。
眉をひそめている菜乃葉の目は、とても冷たい。
「私は野々原琴葉。よろしくね、菜乃葉」
菜乃葉は怪訝な顔をして言った。
「何で私なの?他に話しかける人いたでしょ?」
本当に訛ってないんだな。
大阪の人って訛ってる人が多いのに。
私は何となく、菜乃葉を煽ってみることにした。
「だって、あなたが一番孤独そうだったから」
「同情ってことね。悪いけどそんなのは要らない。私に必要ない」
ほぉ、この子とは仲良くなれるかもしれない。
同情はいらない。
その気持ちは私も同じだった。
でも、私の中にある小さな望みは絶対に消えないだろう。
私はその望みを小説の中で実現してみせた。
そう、私の望みは人が死ぬこと。
誰でもいいから死んで欲しかった。
本当に。
お母さんを殺したやつもだし、親戚の奴らも、みんな許せなかった。
でも、そいつらを殺せるわけじゃない。
なら、小説の世界で殺そうと思った。
そうして生まれたのが人が死ぬ小説。
その小説が出版社に気に入られて書籍化することを勧められた。
私はもちろんその話を断った。
◇◆◇
「菜乃葉」
私は菜乃葉に話しかけた。
あれから何度も遊びに誘ったりしてるけど、一度も来てくれたことはない。
何なら無視されてることだってある。
菜乃葉は私を一瞥して、ため息をついた。
「私に話しかけないで。言ったでしょ?同情はいらないって」
「本当にそうなのかな?」
「……」
菜乃葉は席を立ってどこかへ歩いて行った。
なぜだろう。
やっぱり彼女には同じものを感じる。
仲良くなりたいと思った人は初めてだった。
ある日、外にいる菜乃葉に話しかけようとすると、菜乃葉が絵を書いている事に気がついた。
私は黙って絵が完成するのを見続けた。
完成したイラストはどこか優しい雰囲気があった。
イラストの女の子は全然笑ってないのに、温かい雰囲気をまとっている。
私はそんなイラストに目を輝かせた。
「菜乃葉はとっても絵が上手なんだね!今まで頑張った証拠だね!」
「……っ!」
菜乃葉の瞳が揺れた。
そして菜乃葉は、大粒の涙を流し始めた。
「……うぅ……」
「え?どうしたの?何か悪いこと言った?」
私は動揺した。
なにか悪いことを言ったかな。
どうしよう。
「ありがとう……ありがとう……」
菜乃葉は謝りながら、初めて私に笑いかけた。
そして、菜乃葉は今までの事を話してくれた。
姉ばかり愛されて、菜乃葉は両親からの期待に応えても褒められなかったこと、菜乃葉の両親は菜乃葉を都合のいい道具としか思っていなかった事、妹と弟を傷つけた事、すべてを話してくれた。
私達の環境は真逆だった。
でも、抱える想いは同じだった。
私は菜乃葉と仲良くなり、菜乃葉がイラストを描いてくれるなら本の書籍化を許すことにした。
たくさんの人が死ぬ小説の書籍版は思ったよりも人気が出た。
* * *
「そんな感じで、私は菜乃葉と過ごす日々に救われて、私の小説はハッピーエンドで終わったんだよね。菜乃葉がいなければ多分『キミセカ』は書籍化されなかったし、ハッピーエンドで終わらなかっただろうね。うわっ」
琴葉は声を上げた。
私達は大号泣。
ちょっと女神様のクソ兄殺してきたい。
「菜乃葉、殺意をしまえ」
「おっと失礼。でもまさか、皆似たような環境にいたなんてね」
「え?」
「あ、環境っていうか。抱えてた思い?私も伊里也も伊吹も琴葉も、みんな愛されたかったんだよね」
「ん?」
ことはが不思議そうな声を出した。
なんだろう。
「伊里也って誰?」




