第三十三話 温かい笑顔の少女
「分かってるんだろう?フェルナはもう帰って来ないことも、魔王に覚醒してもただ愛おしい国が滅ぶだけだということも」
ユアン、まさか記憶が戻ったの?
「この国なんて滅びてしまえばいい。フェルナのいない国に意味などない」
「本当にそれだけなの?」
「何?」
「本当は周りにみんないなくなったからじゃないの?」
「やめろ……。言うな……」
「ユアン……」
私はユリアンに見せてもらったユアンの過去を思い出した。
目は虚ろで何も信じていないようだった。
それは家族として笑い合ったユリアンが裏切ったと思ったからでもあり、フェルナという愛おしい王妃を殺されたからでもある。
周りが見えなくなったから、唯一の身内である叔父を、仲良くしていたメイドを、殺したんだよね。
いやぁ、私にもあったなぁ……。
いつか本当にあのクソ親共を殺そうと思ったこと。
「菜乃葉、明後日の方向を見ながら殺意丸出しにするな」
伊里也が私に言ってきた。
つい殺意がにじみ出てしまった。
「ユアン、あなたの好きな人は誰?」
「……」
「絞れないよね。だって、あなたはみんなが大好きだったんだから」
「……」
ユアンは黙り込んだ。
そしてポロポロと涙を流し始めた。
「みんな……。みんな僕が殺したんだ……」
あ、まずい。
ユアンの体からは大量の魔力が溢れ出た。
魔力漏れ……!
二人を学園に戻してよかった。
この量は、一般人なら魔物化してもおかしくない。
魔力漏れの勢いが良すぎるあまり、強風が巻き起こされて吹っ飛ばさそうになる。
「ユアン!落ち着いて!」
「僕が……!潔く死んでいれば誰も死ななかった!」
「ユアン!」
私達の声はユアンには届かない。
横を見ると、ユリアンがゆっくりとユアンに近づこうとしていた。
「ユリアン!」
「大丈夫……。ユアン、大丈夫だから……」
ユリアンはユアンを助けようとしている。
私は伊里也と視線を合わせた。
私達は頷いて、ユリアンを援護することにした。
強風のせいで吹き飛ばされた瓦礫からユリアンを守る。
ただ、急いでいると魔法構成がうまく出来ないから杖を使う。
私と伊里也は杖を取り出した。
「展開」
伊里也は結界をユリアンに張った。
「土魔法」
私はユリアンに向かって飛んできた瓦礫に魔法をぶつけた。
ユリアンは一歩一歩進んで行った。
「来るな!」
ユアンは炎魔法をユリアンに向けて放った。
流石初代国王。
落ち着いてないのに無詠唱で魔法を使うとは。
「水魔法」
ユリアンはあと数歩という所まで来た。
「菜乃葉!そろそろまずいぞ!結界が!」
「大丈夫、ユリアンを信じて」
私達はユリアンを見た。
ユリアンはユアンの本当に近くまで近づいた。
そして抱きしめた。
その刹那、ユアンは魔力放出をやめた。
「ごめんなさい、あなたをここまで追い詰めてしまって。本当はずっとあなたと一緒にいたかった。でも、私はフレリア王国に拉致され、心臓の呪縛をかけられた。それだけじゃなく、アスクレイン王国に攻め込むと言われた」
心臓の呪縛だけじゃ飽き足らず、攻め込むと脅されてただなんて……!
フレリア王国の王太子を殺してやりたいわぁ。
「国民がみんな死ぬくらいなら弟を殺してそれで終わりにしたかった。でも、私にはできなかった。結果的にあなたの苦しみを利用されてしまった」
「……何で僕の息子を殺さなかった?」
アスクレイン王国は今も健在。
つまり、息子は殺されてないし死んでないんだよね?
確かにそこは気になる。
「あのクソ王太子があなたの息子を生かしたのはただの気まぐれ。自分に勇者の称号がついて満足したんだと思う」
「……あっ」
――この人だけは生き延びたんだ。
セーリア家に代々伝わる伝説。
それは……。
「ユアンも落ち着いたみたいだし、見せたいものがあるんだ。転移しよう」
みんなは首をかしげた。
◇◆◇
「ここは……。セーリア公爵家?」
伊里也は不思議そうに首を傾げた。
「対象者以外の時間停止」
私は時間停止魔法を使った。
より一層不思議そうにするみんなを連れて、私はとある部屋に案内した。
セーリア家の歴代当主達の肖像画があるその部屋の一番奥には、金色の瞳を細めて微笑む幼女の肖像画があった。
その下には名前が書いてある。
リリベル・リーネ・アスクレイン。
彼女は死んだと思われたアスクレイン王国の第一王女、リリベルだ。
過去にお父様……。
ユーリ様に聞いた。
◇◆◇
「お父様、この肖像画の方は誰ですか?王家の称号である金色の瞳をしていますけど……」
「この方は初代国王陛下の一人娘のリリベル様だ」
「リリベル様……?王姉殿下に殺されたんじゃなかったんですか?」
「この人だけは生き延びたんだ」
「……」
不思議だった。
なぜ王家の方の肖像画が家にあるのだろうと。
「……私も不思議だった。でも、セーリア家にもあるだろう?セーリア家の証である緑色と青色の瞳が。それはセーリア家が王家の血を少し継いでいるからなんだ」
お父様は肖像画を眩しそうに見つめていた。
私もリリベル様の肖像画を見た。
笑顔……。
「リリベル様は亡くなられたと思われたが、奇跡的に生きていらした。それを初代セーリア公爵が救い、国王に報告した。国王は妹の身の安全を考え、セーリア家に養子として出した。そうしてリリベル様はすくすくと成長した。しかし、王家の証の瞳で何度も命の危険にかられることもあった。初代セーリア公爵はリリベル様の瞳の色を変える魔法を五年で作り出した。そうして彼女は命の危険にさらされることもなくなった」
じゃあ、この肖像画は瞳の色を変える前ということか。
横にある初代セーリア公爵家の家族の肖像画にはリリベル様に似た人がいた。
青い瞳の女の子。
「この子はリリベル様だったんだ……」
私のつぶやきは空気に溶けた。
お父様は続けた。
「彼女は初代セーリア公爵の息子に求婚され、結婚した。その息子の瞳は緑色。それからというもの、どんな瞳の人と結婚しようと、青と緑の瞳の人しか生まれなくなった」
なるほど、つまり王家の血筋だから、王家と同じように同じ瞳の人しか生まれないわけね。
ちなみにセーリア家の正式な血筋なのはお父様の方だ。
私達の代はお母様もお父様もどちらの色を持っているから。
「そう言えば、私達が王家の血筋だと知っているのは?」
「セーリア家の者だけだ。国王もリリベル様もそれを望んだ」
「そっか……。ねぇ、お父様。リリベル様はどうやってこんなに幸せな顔をしているんだろうね。……初代国王の伝説を聞く限り、きっとリリベル様は孤独だったはずなのに」
「辛いこともあっただろうけど、笑顔になれたのは、初代セーリア家の温かさに触れたからじゃないか?」
リリベル様は本当に曇りなき笑顔で笑っている。
その横の家族画では、みんなが笑っている。
それだけじゃない。
ここにあるすべての肖像画の人達は、みんな笑顔だった。
もちろん私達の代も。
「そうだね」
「私は公務に戻るよ。好きなだけここにいてくれていいからな」
お父様は部屋から出て行った。
私は再び肖像画に向き合った。
この家の温かさに触れて分かるものもある。
それは私もよく分かってる。
あなたもこの家に救われたんでしょ?
私はリリベル様の肖像画に微笑みかけた。
◇◆◇
「リリベル……」
ユアンは愛おしそうに肖像画を見つめた。
ユリアンに見せてもらった過去で少しだけ見た王妃様。
フェルナ様の生き写しのようなリリベルは、満面の笑みで笑っていた。
「生きていたんだよ、リリベルは。……ユリアンは本当は殺すつもりなんか、なかったんでしょ?過去のあなたはすごく辛そうな顔をしていたし」
フェルナは分かってたんだ。
ユリアンが自分の意思で動いていないことに。
でも、放置すればユアンも危ないと思ったんだよね?
だからフェルナ様は自分に斬りかかってくるユリアンに刺されに行った。
寝ていたユアンは気づかなかっただろうけど。
「あのナイフには人を仮死状態にする魔法をかけていたんでしょう?ただ、王妃様のときにはなぜか発動しなかった」
ユアンはユリアンを見た。
ユリアンは辛そうにしながら頷いた。
ユアンは目を見開いて、再び涙を流し始めた。
「隠れた優しさが人を追い詰めることもある。……ねぇユアン、ユリアンが死ねばよかったって本心?」
ユアンは首を振った。
知ってるよ。
私はあなたに共感できる。
「勢いで言ってしまっただけなんだ……。だけど、言っちゃ駄目なことだった」
「分かってるならいいよ。でも、ユリアンに言うことがあるんじゃない?」
ユアンはユリアンに向き合った。
「死ねばよかったなんて言って……。ご、ごめんなさい……」
ユリアンはユアンを抱きしめた。
ユアンは驚きで目を見開いた。
「私の方こそごめんね……。あなたの妃を殺してしまって……」
二人は涙を流しながら千年越しの仲直りを果たしたのだった。
「これで一件落着だな。っておい!何でそんなに号泣してんだよ!」
「だ、だってぇ……。二人がぁ……」
「あー、もういいからこれで涙拭け」
「ありがどぉ」
私は伊里也からもらったハンカチで涙を拭った。
幼いユアンがまた二人の方に行ったのが見えた。
どうしたんだろう。
「ユリアン、僕からも謝罪させて欲しい。向こうの世界で殺してしまってごめん」
「ううん、大丈夫」
「これでおあいこ……。かな?」
「そうだね」
ユアンとユリアン、そして幼いユアンはみんなで笑い合っていた。
「二人はこれからどうするの?」
「旧王城にはもういれないし、二人で旅でもするよ」
「私達、国から出たことがなかったからね」
二人は顔を合わせて言った。
この千年ですれ違った分、これから仲良くできると思う。
彼らはまだ知らない感情を、彼らは学んでいくだろう。
私とお姉ちゃんのように。
微笑ましい。
今まではこんなふうに笑い会えなかったのだから、二人には幸せになってほしいな。
「菜乃葉達は?」
「私達は学園にしばらく通って、卒業と同時に元の世界に戻るよ」
「じゃあ、その時にまた来るね」
ユアンが笑って言った。
来てくれるなら楽しみだな。
二人は旧王城から出て行った。
私達は二人を笑顔で見送って学園に転移することにした。
もうすっかり夕方だ。




