第三十話 二人の呪い
「菜乃葉、菜乃葉」
私は伊里也の声で目を開けた。
夢か。
あれ?
もう流星群が流れ出してる。
「どうしたんだ?いきなり眠って」
「ごめん」
「肝が冷えたわ」
本当に心配してくれていたらしい。
私は伊里也の顔を見た。
「ねぇ、イアンは伊里也なんだよね?」
「そうだ」
なんてこった。
全然気づかなかった。
イアンが伊里也だったのか。
つまり、私は実質本名を付けてただけなんだ。
「伊里也、どうして私が菜乃葉だって気づいたの?」
「お前が名乗ったんだろうが」
そういえばそうだった。
そもそも私と伊里也のこっちでの出会いは、私が家に行ったからだったな。
すっかり忘れてたよ。
「ところで、セシリアはどうしたの?」
「あいつはお前として学園に通ってる」
良かった、王家に引き渡されなくて。
私は伊里也を見た。
「頬の傷は?」
「あぁ、これ?」
伊里也は私の頬にうっすら残った傷を見て言った。
近くで見ないと見えないくらい薄いけど、これは横切った矢で切ったものだ。
体に刺さった矢は私の魔法でかなりダメージが軽減してたからね。
ただ、不意打ちで当たったあの矢はかなり威力があった。
だから跡が少し残るくらい切れてしまっていたんだ。
「矢が当たっただけだよ」
「……これからは、ちゃんと頼ってくれよ。自分達のために菜乃葉が動いたとしても、菜乃葉が犠牲になれば誰も笑顔になれない。みんな菜乃葉が好きだから一緒にいて欲しいんだよ」
確かにそうだ。
私がみんなを守りたいように、みんなも私を守りたいんだとすれば、私の行動はみんなを苦しめるだけ。
一生呪いをかけられるようなものだ。
琴葉に二度も同じ思いをさせたいわけじゃない。
――菜乃葉!!そんなの嫌だよ!!菜乃葉以外と仲良くするなんて絶対に嫌!!お願い!!起きて!!起きてよ!!菜乃葉……!!目を……目を開けてよ……!!傍に居てよ……!!
今でも鮮明に覚えている琴葉の必死な声。
あの時から分かってたはずなのに。
私が誰かを助けるために命をかければ、それは呪縛となって相手の心を傷つけ続ける。
目の前で死ぬ。
それがどれだけ人の心を引き裂くか。
「……ごめんなさい。私、みんなが側にいてくれたから前世は20歳まで生きれたの。小学生の時は伊里也と雪菜と唯斗が。中学生の時は伊吹が。高校の時は誰もいなかった。でも、大学では琴葉が側にいてくれた。みんなが側にいてくれたから、私は20歳まで生きれたんだ」
「……」
「山里菜乃葉の人生では、出会いが少ない割に別れが多かった。でも、伊里也はずっと私の側にいてくれたんだね」
伊里也は黙ったままだった。
その瞳は真っ直ぐそらすことをせずに、ただひたすらに私を捉えて離さなかった。
高校生の時に聞こえたあの声。
死ねなかった理由。
それは……。
「高校生の時、伊里也が助けてくれたんだよね?伊里也が私のことを心配してくれたんだよね?」
「……そうだよ」
「伊里也」
私は伊里也を呼んだ。
笑え。
誰にも見せたことがないくらい口角を上げろ。
伊里也は目を見開いた。
「助けてくれて、ありがとう」
伊里也はまた私を抱きしめた。
本当によく抱きしめてくれるよね、伊里也は。
「良かった……。お前はもう、とっくにあの両親からの呪いから開放されてたんだな……」
伊里也は涙をためて言った。
強く私を抱きしめる腕は、少しだけ震えていた。
伊里也は涙を拭き取って立ち上がった。
「帰るか」
流星が流れる空の下で私に微笑む伊里也は、綺麗だった。
「伊里也、あのね」
「何だ?」
「私、これからも間違えることがあるかもしれない。みんなに心を閉ざすこともあるかもしれない。もしそうなったら、私をちゃんと止めてね」
伊里也は驚いたように私を見た。
そして、力強く頷いてから笑った。
「全力で止めるから覚悟しとけよ!」
「うん!」
私は伊里也の手を強く握った。
もう離さんと言わんばかりにお互い手を強く握った。
「そうだ、もう少しだけ流星群を見て帰らない?」
「え?別にいいけど……」
私は伊里也と繋いだ手を離さないまま地面に寝転んだ。
伊里也は思いっきりよろけた。
「おい、なにするんだ!」
「寝っ転がってみようよ。足も疲れるし、空一面が見えた方が良いし」
伊里也は呆れたような顔をして、私の横に寝転んだ。
こうやって、前世でも伊里也と流星を見た。
部屋から見えた遠くの流星。
それの何倍も何十倍も綺麗だ。
「菜乃葉」
「ん?」
「もう一度伝えておく。俺をあの両親の呪縛から開放してくれてありがとう」
「こちらこそありがとう。孤独だった私の側にいてくれて」
私達は一見何もしていないように見えただろう。
でも、私達は支え合っていた。
自分では分からなかったけど、相手を支えていた。
「ねぇ伊里也。私が流星群をもう少し見たいって言った理由、教えてあげようか?」
私は伊里也の方に体を向けた。
伊里也は不思議そうな顔をしている。
「この流星群、恋人と二人で見ると結ばれるらしいよ」
「……ほぁあ!?」
「大好きだよ、伊里也!前世からずっとずぅっと!」
私は赤くなった伊里也に追い打ちをかけるように言った。
伊里也はフリーズして動かなくなった。
その後、私は一度おばさんたちの家に帰った。
明日おばさんに記憶が戻ったことを話そう。
そう思って目を閉じた。
◇◆◇
「ここは……」
前世の私の部屋……?
ビリビリに破られた表彰状。
床に叩きつけられて割れてしまったトロフィー。
ああ、あの日か。
中学生の私はベッドの中で膝を抱えていた。
私はそんな私に近づいた。
「こんにちは」
「……」
返事はない。
話す意味がないと感じているのだろうか。
楽しいという感情を知らなかった私。
両親からの期待に答えても褒めてもらえない毎日。
疲れて固く閉ざされた私の心に光が差し込む。
その光は温かくて、優しかった。
私がもしも前世の過去の私に会えるのなら、未来を信じて待っていてと。
そう言いたかった。
優しく抱きしめられる温かさ。
他愛ない会話を嬉しく思う喜び。
すれ違って知る痛み。
未来でたくさんのことを知れる。
「表彰状、たくさんあるね。たくさん頑張ったの?」
「……」
「分かるよ。一つ一つにあなたの頑張りを感じる」
「知ったような口聞かないで。どれだけ頑張ってもそんな頑張りは無価値だ」
中学生の私の頑張りは私が一番分かってる。
でも、この頃は両親の言うことだけが全てだった。
だからこそ辛かった。
自分を本当に理解してあげられるのは、自分自身だ。
そうやって誰かに言われた。
でも実際は分からない事だらけ。
自分は何でもできると思い込んでいても、本当は何も出来ない。
「他人が無価値だと言おうが、あなたの頑張りはなくならない」
「……」
「あなたは頑張ったんでしょ?努力したんでしょ?それを見ていてくれる人は必ずいる」
「……」
「気づいて。周りの声が大きくて聞こえないだけかもしれない。少なくても必ず一人はいる。もしかしたら、今は本当に誰もいないのかもしれない。なら、未来を信じて、自分の頑張りを認めてくれる人を探そう」
――気を張りすぎないでくださいよ、お嬢様。
――なぁ、山里。俺と友達にならねぇか?
――菜乃葉はとっても絵が上手なんだね!今まで頑張った証拠だね!
探さなくても側に来てくれる。
過去につまずいたまま諦めて、立ち上がらずに前に進まない。
過去に囚われて人を信じない。
それこそが私の愚かさだ。
「あなたには未来がある。あなたの人生はあなたのもの。誰のものでもない」
中学生の私は少しだけ顔を上げて、私を見た。
ほんの些細なこともくだらないと思っていた私だって、他愛ない会話を大切だと、楽しいと感じることができた。
明日を信じなくなってもなんとか足掻いて生きた。
確かに信じてた人に殺された。
けど、私は何も気にしてない。
それだけ伊吹に恩がある。
「自分の意思を大切にして。家族ってだけの他人にあなたの人生を決める資格なんてない」
「でも、お母さん達はちゃんということを聞けって……。ちゃんと聞かないと追い出すって……」
そうだったね。
でも、あの人達は気づいてる。
私とお姉ちゃんがコマとしてはかなり使えることに。
だからこそ自分達に依存させた。
実際、高校生の時に勘当されなかったし。
「追い出されてもきっと誰かが助けてくれる。山里家次女ではなくて、山里菜乃葉自身を愛してくれる人はきっと現れる」
「え?どうして私の名前……」
「あなたは……。あなたは偉い。たくさん頑張った。もう自由に生きていい。両親の言うことなんか反抗すればいい。あなたの人生はあなたのものだ。両親なんて殴っちゃえ。周りなんて黙らせろ。あなたにはその力があるよ。だから……」
◇◆◇
「心配しなくて大丈夫」
私は目を開けた。
ジャックが目の前にいた。
「ぎ……」
「ぎ?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁああああ!」
びっくりしすぎて断末魔のような悲鳴を上げてしまった。
それは小さな街中に響き渡った。




