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幸せを追う悪女達  作者: 春咲菜花
第二章
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第二十八話  イアンと伊里也

「お前は、どうして戦争なんか起こしたんだろうな。って、お前に聞いても分からないよな」

「ねぇ」


私は空を見上げた。

町とは違って空一面が見える。

そう言えば今日は流星群が見れる日だったかな。

この流星を恋人と二人で見ると結ばれるとか。


「もし……。もし、私が悪役になったら」


これはさっき聞こえた声の話だ。

あれが私のものなのか分からない。


――私が悪者になれば、誰も悪者にならない。


でも、親近感が湧く。

私はイアンを見た。


「それでもあなたは私を愛してくれますか?」

「無論、俺はお前を嫌いになることはない。たとえお前が悪役になろうと、俺はお前を愛し続ける。一緒に悪役になるのもいいな。それに、もうその様子は見慣れたからな」

「……なんで嫌がらないの?嫌がってよ」

「嫌だ」

「どうして……」

「もう二度と一人にしないと決めたからだ」

「……」


分からない。

どうして一人の女に固執するの?

救われたから?

それが何だというんだろう。


「私がイアンを救ったって言ってたけど、一体何があったの?」

「そうだな……」


イアンは切なそうに微笑んだ。


「お前はきっと覚えていないだろうな」


* * *


「伊里也、お前は今日から本家の次女である菜乃葉様の執事となる」


父親がそう言った。

物心付く前から”本家に取り入れ””家の役に立て”と言われ続けた俺。

兄弟のように秀でた能力もなく、愛想を尽かされていた俺に回ってきた話。

チャンスだと思った。

山里菜乃葉に取り入ることができれば、兄達のように期待されるかもしれない。

そんな期待を抱きながら俺は本家に向かった。

そこにいたのは、俺をゴミのように見下げる本家の当主だった。

冷たい視線に背中に汗が流れた。

本家当主は俺のことを受け入れた様子はなかった。

菜乃葉という少女も同じようなものだろうか。

そんな想像とは裏腹に、彼女は優しい笑顔で俺を迎え入れた。


「僕は山本伊里也です。お嬢様の二つ上です。よろしくお願いします」

「私は山里菜乃葉!小学二年生!よろしくね!」


向けられたことのない明るい笑顔。

それから菜乃葉は常に俺と一緒に行動するようになった。

それが仕事だから当然なんだけど、菜乃葉といる時間はすぐに過ぎていった。

ある日、菜乃葉にポロッと家族の話をしてしまった。

菜乃葉は真剣な顔で俺を見た。


「あのね伊里也。親の期待に答えるために自分を犠牲にしていいの?」

「え?」

「私はそうは思えない」

「勝手な……。勝手なことを言うなよ」


お前に何が分かるんだよ。

何も知らないくせして偉そうなこと言いやがって。

こういうやつのことが昔から嫌いだ。

まるで自分は俺の気持ちが分かってるみたいなことを言ってきて。


「知らなかった?私は勝手だよ。勝手だから言うね。自分の人生は自分で決めなさい」

「……」


目が離せなかった。

俺を見る菜乃葉の目は、吸い込まれそうになるほど真っ直ぐに俺を捉えていた。


「人生は自分で歩いてこそ人生と言えるの。人生が道ならば間違えることだってある。道を間違えることはあるでしょう?そんな時、人は地図を見る。でも人生に地図なんかない。これまでに歩いてきた人生の地図はあるけど、これから歩く人生の地図はない。でも、少なくとも何が起きるかわからない未来の予想はできるはずだよ。このままじゃ駄目だとかね」


図星だった。

少しだけ考えたことがある。

この人の言う通り、このままでいいのかを。


「まぁ、君が決めた人生に横槍は入れない。でも、本当にこのままでいいのかは自分で考えなさい。道を間違えても、頑張って歩き続ければ、きっと正しい道に戻れるのだから」


菜乃葉はそう言って部屋を出ていった。


「ふふっ……。あははははっ」


笑いが込み上げてきた。

なんかアホらしい。

よく考えたらあんな奴らの言いなりになる必要なんかなかったんだ。

勝手に言いなりになって、勝手に絶望してた自分が馬鹿みたいだ。

そうだ。

俺の人生は俺のもの。

誰のものでもない。

そう考えるとなんだか体が軽くなった。

他人のためにあそこまで真剣に人生を騙るとは。

面白い。

初めてこんな感情を自覚した。

それだけじゃないな。

今まで菜乃葉の前で感じていた感情の名前を初めて知った。


◇◆◇


菜乃葉の妹と弟が死んだ。

自殺らしい。

菜乃葉は涙を流すこともなく、何も言わずに葬儀に参列していた。


「どうして誰も、彼女を慰めてあげないんだろう……」

「何や坊主、あんた山里家のこと何にも知れへんのやな」

「どういうことですか?」


車で待つことになった俺のつぶやきは運転手の耳に届いたらしい。

ゴリゴリの大阪弁の運転手は俺の方を見た。

その顔は哀れみを含んでいる。


「山里家っちゅうのは、めっちゃ厳しい方々の集大成みたいなもんや。由梨奈お嬢様も、菜乃葉お嬢様も、一見普通に生活しとるように見えるけど、めっさつらい思いをしてらっしゃるねん」

「嘘だ……。だってお嬢様は一言もそんな事……」

「言われへんかったんや。分かるやろ?坊主も知っての通り旦那様も、奥様もお厳しい方や。そないな事話したら坊主がえげつない目にあう。せやさかいや」


そんな……。

確かにお二人は厳しい。

でも、そこまでとは思わないじゃないか。

それに、あの笑顔が偽物だとは思えない。


「俺や使用人に向けていた笑顔は……?あれも演技だったのか?」

「そうとは限らへん。旦那様方が菜乃葉お嬢様への態度を変え始めたんは今年に入ってからや。それ以前、菜乃葉お嬢様は自由気ままな方やったし、坊主が入ったのも去年やろ?なら、あの笑顔がほんまかなんて、菜乃葉お嬢様本人にしか分からへん」

「そっか……」

「ちゃう家に生まれとったら、もっとマシな生活を送れとったやろな……」


運転手がそう言った瞬間、車のドアが開いた。

開けたのは菜乃葉だった。

菜乃葉は静かに車に乗り込んだ。

彼女の瞳は虚ろだった。


「出して。家に帰るわ」

「分かりました」


俺は菜乃葉が心配になって声をかけた。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「あなた……。誰だったかしら」


頭を強く殴られた気分だった。

その後急いで運転手に病院に連れて行ってもらった。

結果は、ストレスが原因の健忘らしい。

しかも俺との記憶だけ。

どうしてこんなことに……。

俺はこんなところに彼女を置いておいちゃ駄目だと思い、俺は菜乃葉を連れ出すことにした。

由梨奈様の方も連れ出したかったけど、一人が限界そうだったからやめておいた。

俺は半年後、菜乃葉の部屋に行った。


「逃げよう。俺と一緒に。この地獄から。俺はお前を信じてる。お前も俺を信じてくれ。俺達なら逃げれる。この地獄から逃げ出そう」


俺は菜乃葉に手を差し出した。

菜乃葉は手を伸ばしたが、迷ったように俺の手を取るのをやめた。


「あのね、伊里也。私……」

「いたぞ!娘をたぶらかす愚か者だ!追い出せ!」


菜乃葉が何かをいいかけた時、旦那様の声が聞こえた。

俺は逃げなかった。

ここで逃げたくない。

結局俺は捕まった。

せめてこれだけは……。

これだけは伝えたい。


「菜乃葉!俺は……。俺は絶対にお前を迎えに来る!助けに来る!だから……。それまで生きてろ!死ぬなよ!」


そういった俺は、菜乃葉への接近禁止令が出た。

もちろん執事の仕事も解雇されて、親には死ぬほど怒られた。

でも、自分の行いに後悔なんてしてない。


* * *


「それって結局私が君に迷惑をかけただけなんじゃないの?」


私がそう聞くとイアンは首を振ってみせた。

そして私に微笑んだ。


「俺は俺自身の意志で行動したんだ。俺の行動を否定しないでくれ」

「……あ」


――私なんかって言わないで。私は菜乃葉の絵が好きだから頼んでるの。自分を否定しないで欲しいし、私の選択を否定しないで欲しい。

――そんな顔しないで。これは私達が決めたこと。否定されるのはいい気分がしないわ。


誰かに同じようなことを言われた気がする。

誰だろう。


「菜乃葉」


イアンは私の名前を呼んだ。


「俺や他のみんなは、お前が一人で抱え込むことをよく思わない。悩みは打ち明けて欲しいし、自分を犠牲にして欲しくない」

「……」

「たとえその役割がお前にしかできなかったとしても、勝手にいなくならないでくれ」

「……」

「みんな、お前を待ってる。帰ろう、菜乃葉」


イアンは私に手を差し伸べた。

――私にこの手を取る資格はない。

いつかギリギリのところで取るのを諦めた手。

自分にはそんな資格がない。

まだ両親に期待されている。

そういう本当に淡い夢を抱いていたから、伊里也は私の目の前からいなくなった。

あの日、この手を取っていたら……。


「菜乃葉、さぁ」

「駄目だよ……。分かってるでしょ?私がメイラール国とアスクレイン王国の戦争を起こしたことを」

「もしかして記憶が……?」

私は頷いた。

思い出したよ。

私がした事のすべてを。

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