第十五話 チートで揺らぐ想い
何で……。
どうしていきなり……。
「イアン!大丈夫!?ちょっと、いきなり殴るなんて……」
「黙ってろ。俺はこいつに用がある」
怒ってる。
一度だけいっくんが怒っているところを見たことがある。
私が悪口に何も言わないのに対してブチギレた。
いつも、いっくんがブチギレるのは友達のこととかに関してだ。
「イリヤ。お前、俺との約束を忘れたのか?」
「忘れる?何のことだ?そもそもお前は誰だ」
「そうか。しらばっくれるのか。どうせ気づいているのにな。……菜乃葉は返してもらうぞ。あいつはこのままじゃ幸せになれないからな」
何を話しているんだろう。
よく聞こえない。
でも、いっくんがすごく怒ってるのは分かる。
いっくんが何かを言った時、イアンの表情が暗くなった。
「よし!行こうか!菜乃葉、由梨奈、ユリィ!」
いっくんは明るく私達の名前を呼んだ。
さっきまで怒っていたのはどこへ行ったのやら。
私達はいっくんと一緒に教室を出た。
「……そんなの絶対許さない」
◇◆◇
「いやぁ、琴葉がまだ魔術を作ってさぁ」
「二人が定員だったんだけど、私はこの世界に弟と妹がいるから絶対送るって言ってくれて、結局琴葉と伊吹で争奪戦が起きたんだよね」
「で、見事に俺が勝ったのよ」
二人から詳しい話を聞いた。
やはり琴葉の仕業だったか。
「何で勝負したの?」
「聞きたいか?それはな……。トントン相撲だ」
私とユリィは椅子から滑り落ちた。
思っていたより平和的だった。
そこは指相撲であれ。
何でトントン相撲で勝負してんだよ。
「イアンのことだが……。セシリアのチート能力を使われているかもしれん」
チート能力……。
私とイアンの間にあった感情は、そんなもので消えるようなものだったのかな。
なんだか悲しい。
「確かにそれ以外にイアンの気持ちを揺らがせる方法なんてないものね」
「そんなのおかしいよ……」
私は勢いよく立ち上がった。
「そんなのおかしいよ!!だって……。だってイアンは……。あのイアンはこの世界のイアンとは違うんだよ!チートが効くのはセシリアに惹かれる相手だけじゃないの!?」
「だからだよ。イアンは本来、セシリアに惹かれる。運命が変わった相手とは言え、絶対にチートが効かないわけでもない」
納得できない。
セシリアの狙いは何?
分からない。
「菜乃葉、とりあえずセシリアと話をするのが先ではないかしら。目的は何なのか、どうしてイアンを狙うのかとかね」
「……」
どうでもいいよ。
優しいイアンを返してよ……。
――菜乃葉。
優しい声で名前を呼んでよ。
イアン……。
「まぁ、元気出せって。俺達がなんとか慰安を正気に戻してやるからさ」
「そうよ。一人で抱え込まないで、みんなで何とかしましょう」
「菜乃葉が私を必要としてくれたように、私も菜乃葉が必要。だから、支え合おう」
「伊吹、お姉ちゃん、ユリィ……」
みんなは微笑んだ。
その微笑みがすごく嬉しくて、温かい。
* * *
「イリヤ?頬大丈夫?痛い?」
セシリアはイアンの頬に手を当てて聞いた。
イアンは黙ったままだった。
「いきなり殴ってくるなんて、イリヤが可哀想よ……」
哀れみに満ちたその顔は、慈悲深い聖女の名にピッタリだろう。
しかし、イアンは何も言わない。
「あなた、ナノハちゃんの婚約者なのよね?彼、ナノハちゃんのお友達らしいし、怒らせちゃったのかしら……」
イアンは何も言わない。
ただただ立ち尽くし、黙ってセシリアを見つめるだけだった。
「今日はもう自習だけだしこの後は寮に戻ったら?お出かけはまた今度にしましょう」
イアンは頷いた。
イアンはセシリアに背を向け、寮に戻って行った。
「やっぱりあの女は菜乃葉だったのね。許さない。お前だけが幸せになるなんて」
* * *
俺は寮に戻る前に、外の手洗い場で顔を洗った。
気持ちが悪い。
菜乃葉に触れたい。
「はぁ……。何で俺はあんなこと言ったんだろう……。『触れるな』なんて……」
逆に触れられたかったな。
俺はまだ、菜乃葉と手を繋いだことすらないんだぞ……!
あ、一回だけ疲れすぎて抱きしめたことがあったな。
にしても、何で俺はセシリアの前だとうまく体が動かなくなるんだろうか……。
「今は正気なんだな」
今朝聞いた声に俺は振り向いた。
そこには魔法で姿を変えた伊吹がいた。
「一応聞くけど、お前菜乃葉が好きなのか?」
俺は伊吹に聞いた。
――菜乃葉は返してもらうぞ。あいつはこのままじゃ幸せになれないからな。
あの言葉がどうも引っかかる。
それに、菜乃葉も昔は伊吹が好きだったんじゃないか?
伊吹は怪訝な顔をして言った。
「俺には由梨奈という妻がいるのだが。……それを聞くってことは、菜乃葉の浮気を疑っていると?」
伊吹は明らかに不機嫌そうな顔をして言った。
菜乃葉の浮気を疑っているわけじゃない。
ただ不安なんだ。
前世でも菜乃葉と深い関わりがあった伊吹と俺とでは、知っていることが違いすぎる。
菜乃葉が落ち込んでいる時、俺はどうすれば菜乃葉が喜ぶのか分からない。
「そうじゃない。俺はただ……」
「まずはお前、身の安全のことを考えたらどうだ?」
「どういうことだ?」
「セシリアのチート能力を食らっている。分かっているのか?」
何だかここ最近おかしい気がしていたんだ。
それがセシリアからの精神干渉ゆえだったとは……。
「それが分かっているなら、菜乃葉を返してもらうとか言わないでくれ」
「それは無理だな。それしきの精神干渉に屈するくらいの想いのやつに菜乃葉は任せられない」
「……琴葉からの伝言か?」
「みんなそう思ってるんだよ。琴葉はもちろん、由梨奈も、柚木も、ディーアも、カイルも、オーリスも、俺も、みんなそう思っている」
全員が思ってると言われたら、俺達は何も言えないだろう。
それより、ディーア達が生きていることに驚きが隠せないんだが。
「あ、一つ教えてやるよ」
伊吹が不敵に笑って言った。
何を言われることやら。
「俺は由梨奈一筋だから違うけど、お前のライバルは結構多いからな。せいぜい攫われないように気をつけるんだな」
「……は?」
「んじゃ」
伊吹はそう言って転移魔法でどこかへ行った。
こめかみで何かがピシッと音を立てた。
「はぁぁぁぁぁあああ!?」
◇◆◇
「うわっ、びっくりした。何!?野生の魔物でも出たの?」
寮の部屋でユリィとお姉ちゃんと一緒にユアンと遊んでいたら、どこかから叫び声が聞こえて来た。
人間のものとは思えないほどデカい上になんか汚い声だった。
「よ……う。ただ……。いま……」
伊吹が転移魔法で部屋になぜか笑いながら帰って来た。
お姉ちゃんは爆笑する伊吹に近づいて話を聞きだした。
よほど面白いことがあったのだろうか。
「伊吹……。それは……。性格が悪いんじゃない……?」
お姉ちゃんまで笑い出した。
私とユリィは顔を見合わせて首を傾げた。
そんなに面白いことがあったのか。
関係ないか。
「小さくなったユアンは初めて見たけど、可愛いわね。瞳の色も元々の綺麗な色に戻っているし」
「ユアンの元々の瞳を見たことがあるの?」
「王宮に飾ってある肖像画でしか見たことがないけどね。肖像画でもとっても綺麗な瞳をしていたから」
「にしても……。このプニプニほっぺ〜」
ユリィはユアンの頬を突きながら言った。
確かに小さい子の頬は国宝級に柔らかい。
私は伊吹の頬を突いた。
「あ?」
「うん、ゴミ」
「ぶっ殺すぞ」
大きくなるとこんなにプニプニしてたものがガチガチになるなんて。
今度はお姉ちゃんの頬を突いた。
「あ、すごい。伊吹のとは比べ物にならない。さすが女性の頬」
お姉ちゃんは少しだけ照れた。
「俺の扱いが雑」
「知らん」
伊吹の扱いを今更どうこう言っても何もならないからな。
扱いが雑なことに今気がついたことにも驚きだけどね。
「そう言えば、そろそろ大舞踏会があるんじゃない?」
「あー、私達がまともに出れてないやつね」
一回目はユアンに潰されたし、他の二回も私とイアンは眠りについていたからなぁ。
思い返すとバタバタしてたな。
「今回は出られそうでよかったじゃない」
「そうだね。あ、ユリィは人をいじめないでね。怪我しない程度ならいいとか思っちゃダメだよ」
「やらないわよ。どうせ役割を全うしたって繰り返すんだから」
ユリィは苦笑しながら言った。
今回人をいじめていたのは役割を全うすれば何とかなると感じたかららしい。
まぁ、当然無意味だと薄々気づいていたらしいけどね。
「にしても、普通の学生時代がこんなに平和とは思いもしなかったな……」
伊吹が外を見ながら言った。
最近は公務とかが忙しくてのんびりしている暇はなかったらしい。
琴葉は大事な仕事以外はたまに放棄するし。
「あ、なぁなぁ。なのはの高校時代を教えろよ」
伊吹は思い立ったように私に聞いた。
お姉ちゃんはピクリと体を反応させて私を見た。
硬い顔になった私を見て、すぐに伊吹はあまり良くなかったことを察したらしい。
「言いたくないなら言わなくてもいいが……」
「うーん、別に言ってもいいんだけどね……」
聞いてもらった方が気が楽になるし全然いいんだけど。
どこから話そうかな。
入学式からの方が分かりやすいよね。
みなさんこんにちは春咲菜花です!「ごきげんよう」よりも「こんにちは」のほうが我ながら合っている気がしたので戻しました!次回はついに……!ついに菜乃葉の高校時代が解禁されます!!喜ばしいわけではないんですけど、みなさん気になっていたのでは?中学生、大学生の間が明かされていなかったので。次回はついに明かされますよ!みなさんお楽しみに!ブクマ、リアクション、レビュー、感想をくださると、もっと頑張りますよ〜!それでは皆さん次回お会いしましょう!




