第四話 幸せな生活
「ユリィ」
誰かに名前を呼ばれて、私は目を開けた。
眠ってしまったらしい。
私の顔を覗き込んでいる女性は、金色の髪の毛と緑色の瞳。
多分、ユリィの姉だろう。
確か、リリア・セーリア。
4歳ほど年が離れていたはず。
……昔の夢を見た。
嫌なような……。
嬉しいような……。
複雑な感情だ。
「ユリィ、もうすぐ晩餐の時間だけど……。調子はどう?」
私は体を起こして、お姉様と向き合った。
お姉様のこの表情……。
似てるな……。
◇◆◇
「菜乃葉。調子はどう?」
風邪を引いている私の部屋のドアを開けて入ってきたのは、お姉ちゃんだった。
「お姉ちゃん⁉駄目だよ。風邪が移っちゃう!何でここに……。お父さん達には止められなかったの?」
「止められたよ」
「何で……。」
「菜乃葉が心配だからだよ」
「……」
私は何も言えなかった。
普段はそんな素振りは無いのに。
急にどうしたんだろう。
お姉ちゃんの顔を見る限る、心配しているというのは嘘ではないだろう。
でも、どうして?
「お父さん達には内緒だよ」
◇◆◇
そう言って口元に人差し指を当てて笑ったお姉ちゃん。
なんで忘れてたんだろう。
お姉ちゃんは私に決して無関心だった訳じゃない。
熱で意識が曖昧だったから、覚えていられなかった。
きっとあの後、私の部屋に来たことがバレて、私と接近する事を禁じられたんだ。
両親はお姉ちゃんが私達に接触することを嫌がっていた。
少し考えれば分かったのに……。
「ユリィ?」
お姉様が心配そうな表情で聞いてきた。
心配をかけてしまった……。
「あ、なんでもない晩餐には行くよ」
「そう。じゃあ私と遊んで待ちましょうよ」
あれ?
悪役令嬢の姉ってこんな性格だっけ?
少しだけ悪役令嬢の姉の性格が書かれていたはず。
思い出せない。
「トランプとかどう?」
そうお姉様が言った時、廊下からバタバタと凄い足音が聞こえてきた。
「坊ちゃま!お待ち下さい!坊ちゃま!」
「僕もユリィと遊ぶ!」
扉が勢いよく開けられた。
そして、声の主は私に思い切り抱きついてきた。
「ユリィ!」
「アーサー!?」
金色の髪と、青色の瞳。
この絵に描いたような美少年は、悪役令嬢の弟。
アーサー・セーリアだったかな。
現在はおそらく5歳。
ユリィにいじめめられて、精神が崩壊して自殺をする。
アーサーをどうしても、あの子と同じに見えてしまう。
あの子と同じ運命を辿るから。
でも、いじめめは始まっていない……?
分からない。
私に転生する前のユリィの記憶は無い。
「アーサー!まさか遊ぶって単語を聞いてきたの?」
「ユリィと遊ぼうと思って部屋に近づいたら聞こえたから!」
前世で、妹と弟がいた。
名前は雪菜と唯斗。
二人は私やお姉ちゃんと比べられていた。
私なんかよりもずっと苦しんでいた。
ストレスが溜まって、二人は自殺をした。
元々睡眠薬に頼って寝ていた。
時折不気味に笑うこともあった。
二人はストレスのせいで、精神的に壊れてしまったのだ。
私達はお母さんの言いつけを馬鹿みたいに守って、大切な二人を自殺まで追いやった。
――雪菜と唯斗には関わらないように。話しかけられても無視しなさい。
お母さんからそう言われていた。
その言いつけが、二人を傷つけ、苦しめた。
お母さんの言いつけを守らなければ……。
いや違う。
私は、自分の意志で二人を無視した。
雪菜と唯斗を愛して、間柄を引き離されたら私も傷つく。
そう思ったから。
傷つくのが嫌だった。
愛すのが怖かった。
でも、今世では違う。
いくら愛しても、仲を引き裂かれない。
なら、全力でやってやる。
前世で兄弟を愛せなかった分、今世では沢山の愛情を注いでやる!
「ア〜サ〜!盗み聞きなんて良くないよ〜!ほぉれ!こちょこちょこちょ!」
私はアーサーを捕まえて、脇腹をくすぐった。
「あっはははははは!」
アーサーは大きな笑い声を上げて、私の腕から抜け出そうとしている。
「ユリィ……。やっ……。やめてッ……。あははははは!」
「ユリィ!アーサーを虐めすぎよ。全く……。アーサーの敵ぃ!」
お姉様が私をアーサーから引き離して、私をくすぐり始めた。
「あはははははは!くすぐったい!あははははは!」
「僕もやります!」
アーサーまで私をくすぐり始めた。
くすぐったくて、楽しくて、前世では経験できなかったような感情が押し寄せた。
これが、家族で過ごす幸せ?
分からない。
この感情が何かはわからない。
でも……。
楽しい!
「ちょっと!やめてよ!あははははは!」
「あら?皆揃って。楽しそうね」
部屋に女性が入ってきた。
白髪緑目のこの女性はユリィ達の母だろう。
小説にはユリィの両親は登場しない。
「ユリィがやっと僕達の相手をしてくれたんだ!」
「どうしたの?急に……」
不安そうな顔をして私に聞いた。
そりゃ、中の人がまるっきり性格の違う異世界の人間ですから。
なんて言えない。
「怖い夢を見て、時間と、周りの人間を大切にしようと思ったんです」
「そう……。良き進歩よ。みんな、貴方と遊びたがっていたの。その気持ちに応えているあなた、すごく輝いているわ。最近何か思い詰めたような顔をしていたから……。まぁ、今まで向き合わなかった分、その子達やこれからの社交界で出会う人達とも仲良くしなさいね」
穏やかな顔でお母様はそう言った。
社交界は7歳から始まる。
そして、私は再来月の誕生日に社交界デビューする。
「まだ晩餐には時間があるわ。しばらくこの部屋で貴方達の様子を見ているわね」
「え〜。遊びにくいじゃないですかぁ」
アーサーが不満げに言った。
◇◆◇
「菜乃葉姉ちゃん!」
「……」
懲りないな。
私は、笑顔で話しかけてくれる唯斗を無視した。
「菜乃葉姉ちゃん遊ぼ!」
「……遊ばない」
「え〜……」
◇◆◇
その時の唯斗の表情が、アーサーに重なる。
「良いじゃない。別に。お母様も一緒に遊びましょう」
「ん?いいの?」
お姉様の提案に笑顔で返すお母様は、すごく混ざりたそう。
ここで嫌という訳にはいかない。
「お母様!お姉様を捕まえて下さい!」
「ユリィ⁉」
驚いた声で私を呼ぶお姉様は、あっさりお母様に捕まった。
「レイリ、捕まえた♪」
「なぁんで楽しそうなんですかぁ〜?お母様〜」
お姉様は顔をひきつらせ、お母様から逃げようと暴れている。
私は不敵に笑って、お姉様に言った。
「さぁ、反撃の時間ですよ。お姉様♡」
「い……いやぁぁぁぁあ!」
お姉様の叫び声が屋敷中に響き渡った。
廊下から沢山の足音が聞こえてくる。
よし、逃げるか。
私は走る姿勢をとった。
その時、丁度ドアが開いた。
「リリア!何事……だ……?」
「ぷ……くくくくく……あっはははははは!あは!あははははは!」
爆笑するお姉様。
そのお姉様を捕まえるお母様。
お姉様をくすぐるアーサー。
逃げようとする私。
無言のお父様。
口元が緩み、震えている使用人。
「……」
「……」
お父様と私はお互い無言だ。
「あははははははは!そこ!そこ駄目!あはははははははは!」
「……」
「……」
私達は爆笑するお姉様を見てから、顔を見合わせた。
そして、私はお父様に微笑んだ。
「ニコッ」
お父様は私の顔を見て笑った。
「ニコッ。じゃない!」
流石お父様。
ノリツッコミのキレが良い。
◇◆◇
私達はお父様からのお説教をたっぷり聞いてから、晩餐を始めた。
私の隣にいる少女は、5歳の妹だ。
アーサーの双子の妹。
ユリィと同じ白髪と、お姉様と同じ緑色の瞳を持っている。
「はぁ、全くお前達は……。ユリィ……。お前本当にどうした?」
「失礼ですね。改心した事をもっと喜んでくれるかと期待した私が馬鹿みたいじゃないですか」
「いや、嬉しいよ。でもな……。でも……。変わりすぎててお前が本当にユリィか疑っちゃうんだよ!!中身だけ誰かと入れ替わってないか!?」
元々のユリィはどんなだったんだよ。
信用なさすぎるだろ。
「でも、いいタイミングだったんじゃないですか?もうすぐ社交界デビューですし」
お姉様は食事を貴族らしく食べながら言った。
食事の作法などに関しては、前世でも一応お金持ちの家庭の生まれなので知っている。
それにしても、お姉様の食事の作法、お姉ちゃんのちょっと癖のある作法に似てるなぁ。
「え?」
「どうかしましたか?お姉様」
私は何かに驚いているお姉様に聞いた。
どうしたんだろう。
お姉様だけじゃない。
アーサーも、アリスも、私の手元をじっと見ている。
「ユリィ……。その作法……。どこで……」
なんかおかしかったかな?
あ、そっか。
ユリィは勉強が嫌いで、自分についていた家庭教師を全員クビにしたから、作法がまともにできるはずがない。
どうしよう。
「ユリィが家庭教師を全員クビにしたから、雇うのを辞めたが……。元々できていたからクビにしたのかい?」
これは……。
お父様からの助け舟なのでは……!
お父様メシア!
これは乗るしかない!
「作法に関してはできます。ですが、勉強の方が……。」
「これを機に、また家庭教師を付けてみるのはどうかしら。ユリィも真人間になったことだし」
「家庭教師ですか……?」
異世界の家庭教師のイメージがとんでもなく悪いので嫌です。
なんて言えないよなぁ。
でも、この世界の事をよく知りたい。
「やります。やらせて下さい」
「じゃあ、明日から手配するわね」
「頑張るんだぞ」
「はい」
お姉様は、黙ったままだった。
どうしたんだろう。
いやぁ……。楽しそう。もうすごい楽しそう。はい、どうも春咲菜花です(笑)。楽しそうな家庭ですね。みんな楽しそう。私の家はあまりこういう事しないので羨ましいです!さて、今回は菜乃葉の過去や転生後の菜乃葉の様子などを書きました!シリアスなシーンと楽しそうなシーンがありましたね!楽しそうなシーンが羨ましく思うのは私だけでしょうか……?今回もご覧いただきありがとうございました!それではまた次のエピソードでお会いしましょう!毎度毎度この挨拶しかしてない(笑)