第十九話 慣れちゃ駄目な理由
「ユリィ……?どうして泣いているの……?」
「え……?」
ユリィは頬に流れる涙を触った。
自分でも泣いていることに気が付かなかったんだろう。
ユリィの涙は止まらない。
「あれ?どうして?何で止まらないの?思い出して悲しくなるのには慣れたのに……」
――そっか、慣れるわけなかったんだ。慣れる人なんていないよね。
ユリィも慣れたと思い込んでいるんだ。
私と同じで、涙が出るわけも分からないほどに追い詰められたんだ。
「慣れるわけない!」
「え……?」
「慣れるわけないじゃん!同じ怪我をしても痛いように、心に負った傷にも慣れることはないんだよ!」
ユリィは目を見開いた。
私が大声を出したからだろう。
私はユリィの正面に膝をついて、ロープで縛られているユリィの手を取った。
「慣れちゃ駄目なんだよ。その痛みを忘れてしまうから。その気持ちに慣れるときは、きっと心が壊れたときだ。あなたが生き続ける限り、その痛みは、苦しみは、悲しみはついてくる」
私もそうだった。
どれだけ尽くしても裏切られてばかりだったときでも、その痛みに慣れることなんてなかった。
ううん、一度だけ壊れた時があったかな。
その時は本当に何も感じなかった。
「それでも心が壊れないように大事にして。たとえ禁忌を犯したあなたでも、ちゃんと心を持ってる。ちゃんと私達と同じ人間だ。その心を大切にして。壊さないように大事にして。いつかちゃんと報われるから」
私は真っ直ぐな瞳でそう言った。
ユリィは私の手を強く握った。
「だからさ、もうやめて。あなたの人生は人を殺すためにあるものじゃない」
「……っ!」
ユリィはさっきよりも大粒の涙を流して、私の顔を見て微笑んだ。
「ありがとう」
そのままユリィ眠ってしまった。
これで一件落着。
「チっ!」
ユアンが舌打ちをした。
オーリスはなぜか倒れていた。
「菜乃葉、下がれ。様子がおかしい」
イアンが私の前に立った。
私はユリィをイアンのベッドに寝かせて、イアンの斜め横に行った。
「オーリスがやられたの?」
「あの男、様子がおかしい」
「あーあ、全部台無しだよ。せっかく四人まで殺したのに」
確かにユアンの様子がおかしい。
四人殺したのに計画が台無しになった?
もうユリィは十人の命乞いをやめようとしているから、計画を続行する必要はないんじゃない?
「確かにそいつがやろうとしたことは十人の命乞い。でも、そいつを利用して僕がやろうとしたのは別の禁呪。術を使うのは僕、願いを叶えるのも僕。十人殺してくれれば後は三十四人僕が殺せば完全だったのになぁ。」
ユリィが十人、ユアンが三十四人?
「……っ!四十四人の犠牲者……」
四十四人の犠牲者は、願いを叶えるだけの十人の命乞いよりも遥かに強力な禁呪だ。
十人の命乞は十人の命を代償にそれに合った願いしか叶えられない。
それに対して四十四人の犠牲者は世界レベルの願い事ができる。
発動条件は、最初の十人は十人の命乞いと同じ条件で殺す。
残りの三十三人までは誰でもいい。
そして、最後の一人は深い絶望を抱く者を殺す。
「一つだけ教えてやるよ。役割が他の人に移動するってのは嘘だ。まさかお前の味方するやつがいるとは、思わなかったけど。ま、最後に死ぬお前が、ちゃんと『死にたい』って思ってくれることを願っているよ」
「え?待って!ユアン!」
ユアンは消えた。
イアンがオーリスに駆け寄った。
最後に死ぬ私が「死にたい」と思う?
どういう事?
それに、役割が人に移動するのは嘘?
じゃあ、もう悪役を演じなくても良いの?
「大丈夫か!?」
「しっかりしろ!!」
「オーリス、大丈夫!?」
「うるせぇよバーカ。まぁ、危うく殺されるところだったけどな」
どうやらオーリスはやられたふりをしていたらしい。
とりあえず無事で何よりだ。
「それよりあの男、何かやばいオーラが出ていたが……」
「明日の大舞踏会、何ともないといいけどね」
「そうだなぁ」
ん!?
みんな何かさらっと言ってるけど、明日は王家主催の大舞踏会じゃん!
忘れてた!
もう悪役を演じなくてもいい。
それが分かっただけで、こんなに嬉しいなんて。
私は明日の大舞踏会が少しだけ楽しみになった。
でも、嫌な予感があるのは全員一緒だろう。
何事もないといいな。




