第十話 その手を離せるように
「であるから、こうなるんでしょ?」
「あー、そういう事?」
「さっき授業でやってたよ」
私は勉強をしているクラスメイトたちの横を通った。
女の子が大事そうに使っている万年筆が目に入った。
『あれを奪って壊しちゃえ』
その声を聞いた瞬間、私の体は軽くなった。
私はクラスメイト万年筆を奪い取った。
「少々お借りいたしますわ」
「……っ!駄目っ!それはお母様の!」
急いで立ち上がった万年筆の持ち主は、震えていた。
「なにか文句でも?」
私は万年筆を折った。
中からたでて来た黒いインク。
それは机に滴った。
「あぁ……」
持ち主は生気を失ったような顔をしている。
一緒に勉強していた令嬢は、私を睨みつけた。
「公爵令嬢だからってこんな事して許されるの?」
「下っ端は上のものに従うのが常識よ」
「なにそれ、偉そうに」
「これ、お返ししますわね」
私は折れた万年筆を持ち主に返した。
持ち主は涙を流した。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私は教室から出て行った。
『よくできたじゃん』
* * *
「おい!あんな美女この学園にいたか!?」
「え?どこだ!?」
「あれだよ、あーれ!」
「うわっ!美少女!どの学年の子だろう!」
なびく金髪、赤色の瞳。
整った顔立ち。
学園の誰も知らない生徒。
「こんにちは、可愛いお嬢さん。どうして泣いているんですか?」
鈴を転がした声とはこの事を言うんだろう。
さっきユリィに万年筆を折られた生徒に、優しく声をかけた少女の正体は誰も知らない。
「お母様の形見を……。壊されてしまって……」
「見せてもらってもいい?」
謎の少女は、折れた万年筆を眺めた。
何をするのか、きっと誰もが気になっているだろう。
少女は、万年筆に片手をかざした。
まばゆい光に包まれた万年筆は元通りになっていた。
「書いてみて。きっと元通りになっているから」
そう言って微笑んだ少女は、天使かと思うほど綺麗だった。
急いで紙に万年筆を使った。
すっかり元通りの万年筆を見て、女子生徒は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!インクづまりまで直していただいて……。あの、お名前を聞いてもいいですか?」
女子生徒は少女に向かって言った。
目を少しだけ潤ませて。
先程までの悲しみとは違う涙。
少女は少し悩んで言った。
「ジゼル」
少女がそういった瞬間、少女は消えた。
少女の魔法だろうか。
あの天使のような少女は一体何だったのか。
それは、誰もが思っただろう。
* * *
私はクラスメイトの万年筆を折った後も、次々に悪事を働いた。
戻ることはできない。
みんなのためにも。
「ユリィ・セーリアが悪事をした後にだけ現れるジゼルっていう少女知ってる?」
「金髪赤目の美女?」
「そう、学園の生徒じゃないんだって」
「え?どうやって学園に入ってるの?」
「転移魔法じゃない?」
「へ〜、あっ。ユリィ・セーリアよ。行きましょう!」
私は近づくだけで逃げられる存在になった。
悲しいけど、目的に近づいている気がする。
「もうすぐ国王主催の夜会……。か」
『いい機会じゃないか。そこで大きな事を起こす、これで色んな人が君を悪女だろ認めるよ』
「そう……。だね」
「ユリィ」
どこからか声が聞こえた。
視線を向けた先には、琴葉といっくんがいた。
「なんです?」
「お前は、本心でこんなことをしているのか?」
「誰かに脅されているの?」
こんなに悪事を働いているのに、まだ私に情をくれるんだね。
嬉しい。
でもね、私は脅されてもいない。
私は自分の意思でやっている。
「イーベル様、セシリア様、一体何を言っているんですか?本心?脅されている?くだらない話なら私、興味はありませんの」
「待て!菜乃葉、お前は人から妬まれることを望んでいるとは思えない」
「そうだよ!あなたは前世からずっと幸せになることを望んでいたでしょう?これがあなたにとっての幸福なの?違うでしょ!」
二人とは付き合いが長かったから、私にとっての幸せがなにか知っている。
――菜乃葉は本当に人の笑顔を見るのが好きだね。
――そう?
――口角が少しだけ上がってる。
もう、私は人の笑顔を見て笑えない。
そんな資格はない。
「私の幸福は私が決める。知ったような口を聞かないでくださる?」
「……」
私はその場から立ち去った。
だいぶ距離ができてから、琴葉は私に言葉をかけた。
「嘘つき……!菜乃葉の!嘘つき……!」
ごめんね、ごめんね。
もう、私はあなた達の手を取って、「大丈夫だよ。元気出して笑って!」そんな言葉をかけることはできない。
なのに私はあなた達に今、手を握られたら振り払えない。
いつか……。
いつかその手を離せるようになりたい……。




