第一話 晶は可愛い男のコ
思い付き短編です。
どうぞお楽しみください。
「武蔵先生、ご飯できました」
「あぁ、今行く」
アシスタントの晶の呼び声に、ペン入れの手を止めて部屋を出る。
扉を開けると、胸の高さくらいにある晶の頭。
中性的、と言うより八割女性的な整った目鼻立ちに胸が高鳴る。
サラサラの髪に一瞬手が伸びそうになるのを慌てて止める。
「いつも悪いな」
「そんな事ないです! 先生のご飯作れて、僕毎日嬉しいんですから!」
「っ」
屈託のない満面の笑みに思わず目を逸らす。
……可愛い。
確かに可愛いのだが、晶は男だ……!
「今日は先生がお好きだと聞いた天麩羅にしたんです! いっぱい食べてくださいね!」
「あぁ、ありがとう」
晶が来るまで数年火の灯っていなかった我が家のキッチンで、まさか手作りの天麩羅を食べる日が来るとは……!
これまでに作ってもらった料理も、どこか懐かしさと温かさを感じた。
言わばお袋の味に限りなく近いのだが、晶は男なんだ……!
「そうそう、付け合わせは胡瓜の浅漬けと、ミニトマトの塩麹漬けにしました。野菜苦手な先生でも、これは美味しいって言ってくれたから……」
健康に気を遣いつつ、好みを押さえてくるけれど、晶は男、男なんだ……!
平静を装いながらリビングの扉を開けると、香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「うん、美味そうだ」
「お酒、どうします?」
「……まだ仕事があるからな。今日はやめておこう」
「わかりました。じゃあ炭酸水用意しますね」
「助かる」
「他にも何かお手伝いできる事があれば、何でも仰ってくださいね」
んがわいぃっ!
小首を傾げる姿が信じられないくらい可愛い!
抱き締めてしまいたくなる!
だが晶は男だ!
そしてすまない晶!
本当は今週分の仕事はとっくに終わってるんだ!
何なら来週分の仕事もほぼ終わりそうなんだ!
晶が来てから仕事が捗る事捗る事!
今夜一杯や二杯酒を飲んでも問題はないんだ!
だが晶が精一杯作ってくれた天麩羅をつまみに酒なんか飲んだら、何をやらかすか……!
晶は男、晶は男、晶は男……!
「……いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
晶の笑顔に見守られながら、海老の天麩羅を天汁に浸して口にする。
「どう、ですか……?」
店で食べるようなサクサク感はないが、市販のめんつゆを生かした素朴な天汁が衣から染み出すのが心地良い。
まだ不慣れながら一生懸命に作ってくれたのだろう。
不安と期待の表情に応えなければ。
「……美味い」
「良かったぁ」
「っ」
「じゃあ僕もいただきまーす」
天使の笑みで舞茸の天麩羅を頬張る晶から少し目を逸らしながら口にする天麩羅は、さっきの三倍は美味い気がした……。
「ご馳走様。美味かった」
「ありがとうございます! 僕、先生に憧れてアシスタントにしてもらえたのに、絵では全然お役に立てなくて……」
「いや、ん、まぁ……」
今連載している『皇! 雄斗呼学園』は、いわゆる一昔前のバトル漫画だ。
最強を求める男達が集う学園で、主人公・櫻樹益荒男が頂点を目指して、絶え間ない闘いの中、強さと漢気を示す姿を描く。
担当の好みに合致したお陰で連載はできていたが、読者人気は下から数えた方が早かった。
人気の低迷に伴って重くなる筆。
そんな状態を心配した担当が企画した『先生の一日アシスタント体験!』に応募してくれたのが晶だった。
『む、先生の漫画、大好きです! 今日はよろしくお願いいたします!』
ぱっと見女子中学生みたいな晶の、顔を真っ赤にした精一杯の言葉。
それが再び胸に火を灯してくれた。
……絵は画伯レベルだったから、そっちで役立っていないのは確かだけど……。
「……こうして食事や掃除をしてくれるだけで、十分助けになっている。だから」
「でももっとお役に立ちたいんです! ……その、資料用の写真とか、は、恥ずかしいですけど、先生のためなら、僕……!」
や、やめてくれ!
そんな潤んだ目で見つめないでくれ!
確かに担当から『ヒロインを出したらきっと人気出ますよ』との勧めに、藁にもすがる思いで晶に着てもらったセーラー服。
本物よりも女子高生らしい姿に我を忘れて写真を撮りまくり、そこから雄斗呼学園長の孫で主人公にほのかな想いを寄せる美少女・千枝李が爆誕した。
その可愛さに『皇! 雄斗呼学園』人気はうなぎのぼり。
雑誌内全てのヒロインのナンバーワンを決める人気投票では、千枝李がぶっちぎりの一位を獲得。
ファンからの『千枝李ちゃんの可愛さで今週も無事死にました』といういわゆる『死亡報告!』が一時トレンド入りしたほどだ。
だからもう十分なんだ!
これでメイド服とか着られた日には、晶が男だという認識が崩れてしまう!
そうなったら……!
「ありがとう。必要な時はきっと力を借りよう」
「はい!」
ふぅ、何とか乗り切った……。
今後も気持ちを緩めずにいかないとな……。
「じゃあ後片付けしたら帰りますので、先生はお仕事の続き、頑張ってくださいね」
「あぁ。ありがとう」
「お風呂洗ってありますから、後はお湯張りボタン押したらすぐ入れます」
「いつもすまないな……」
晶が女だったら、一緒にお風呂とかも入れるのに……。
いや待て何を考えている!
晶は男! 晶は男!
「シーツ変えておきましたから、お仕事終わったら早めに休んでくださいね」
「助かるよ」
洗い立てのシーツで晶と添い寝……。
い、いかんいかん!
晶は男!
男なんだから!
「先生は美人なんですから、夜更かしして目にクマとか作らないでくださいよ?」
「びっ!?」
お世辞でしかないはずの言葉なのに、顔が上気するのがわかる!
だが学生の頃から漫画にのめり込み、恋愛経験ゼロのまま三十路を迎えようとしている喪女が、今更自身の恋愛なんて考えられるわけもない!
可憐で無邪気な少女のような姿でも、晶は二十歳の男だ!
だから気を抜かない!
気を抜いたら、自分がどうなってしまうのかわからないから……!
読了ありがとうございます。
可愛い男の娘BLだと思った?
残念! 叙述トリックでしたー!
うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、このタイトルを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい
そう思って、この作品を書いたんだ。
じゃあ、感想を聞こうか。
……シテ……。許シテ……。
お楽しみいただけたなら幸いです。