4、遊び歩いていたら王宮のお茶会に呼び出されました……と、思ったらピアノ??
バレエにピアノコンサートに、順調に遊び歩けていると思ったら、王宮に呼び出された。
何故だろう??
王太子妃教育も勉強もマナーも頑張っていて、現王妃様からも問題なしとの評価を頂いているのに。
取り急ぎ、王宮に行く用コーディネートとしてストックしておいたドレスで王宮に向かった。
もちろん、悪役令嬢として処刑されるまで遊びに全力を尽くすと決めたからには、オシャレにも気を使っている。
前世に気づいてからは、侍女に任せるだけでなく、お母様とも相談してアクセサリーやドレスにも侯爵令嬢として全力を尽くしている。
最近、コーディネートの事とかでお母様と結構相談しているからか、お父様が時々拗ねている。
お母様に、
「ちょっと、あの人と何か話してあげてちょうだい」
と言われたけれど、私も有能すぎるお父様と何を話していいか分からない。
だって、オリハルコン鉱山見つけたんだよ? お父様。
侯爵家の歴史でもそんな事なかったし、アイステリア王国の歴史でも数えるほどじゃないかな。
もちろん、オリハルコン鉱山と言ってもそこまでの埋蔵量じゃないはずだけど……だって希少金属だし。
だからこそ、それって見つけられるのって話だよ、お父様。
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王宮に行くと、王宮の音楽ホールの方に誘導された。
王宮には施設が何でもあり、音楽ホールもその一つだ。
ちょうどいい感じのこじんまりとした音楽演奏を楽しむためのホールが素晴らしい。
音響も計算されつくしている。
王妃になったら、もちろんこの音楽ホールに気に入った演奏家とか歌手を呼びまくりではないかしら。
権力によって……ああ、権力ってそういう意味では素晴らしいわ。
……って、だから私の運命は処刑だってばという話よね。
もちろん、どんな処刑なのかゲームでは詳しく出ていないから分からないけれど、痛み止めを事前に調達して隠し持っておくことは大事よね。
痛いのは嫌。
……一気にテンションが下がった私は音楽ホールの中央席に座ってステージを見る。
もちろん、王宮の女官にそう誘導されたのだ。
ステージ上にはいつも常設されているグランドピアノがあるっきりだ。
何が始まるのかちょっと待っていると、俯きながらステージ上にマティウス殿下が現れた。
……おお、久しぶりに見た感じするわ、マティウス殿下。
「文化視察活動がお好きと聞いたので、あ、あの僕、王宮の倉庫で何代目か前の王が書いた楽譜を見つけたので、ナタリー嬢に聞いて欲しいですっ」
線の細いマティウス殿下はそう言って、ちょこちょこと歩いてピアノに寄る。
私はこんな展開は予想していなくて、でも、王族なんだから楽器の一つや二つ確かに弾けるだろうと納得していた。
そして、私は、
『これってマティウス殿下がヒロインの為にピアノを弾いてくれるイベントじゃない?』
と思い立ったのだ。
マティウス殿下はそこまで攻略していなかったので、中盤(?)くらいまでしか見ないで、後は攻略本でストーリーやエピソードを読んで済ませていた。
まあ、マティウス殿下のルートは読み込んでなくても全然大丈夫だ。
結局のところ、悪役令嬢であるところのナタリー・ド・オランジェ侯爵令嬢は、ヒロインがどのイケメンルートを選んでもヒロインが気に入らない。
男爵令嬢であるところのヒロインを、16歳に入学する貴族学校でいじめ抜き破滅させようとしてくる。
ヒロインは光魔法が得意で王国では『聖女』の特別な称号が与えられるか否かというところまで、学生の身なのに評判が高まっていた。
だけれど、ナタリーにとってはそれは問題ではない。
乙女ゲームにふさわしい動機として、色々なイケメンからモテまくるヒロインがとにかく気に入らないのだ。
自分がこの国一番のいい女でなくては気が済まない。
そんな動機だった。
いや、一体どういう事だ。そんな動機知らないよ。
私、そんな動機でヒロインを妨害して、18歳で『聖女』ヒロインを害した罪で処刑されちゃうわけ?
と、まあ、そんなチンケなゲーム設定はともかく、『秘密の宝石箱~イケメンコレクション~』で確か……マティウス殿下は好感度がちょっと上がった本当に序盤でピアノを弾いてくれるイベントがある。
豊富なシチュエーションを提供してくれるゲームらしいイベントだ、と思ったものだ。
そこでマティウス殿下は確か無難なピアノ曲をランダムに弾いてくれるはずだ。
ロマンチックすぎず、なおかつ好感度の上がったヒロインにふさわしい曲を。
私はワクワクしていた。
ゲーム中では本当に無難なクラシック曲『ザ・名曲アルバム』みたいな曲の冒頭が流れるだけだ。
だけれど、ここは嬉しくも現実。
ゲームキャラクターが実在して私の為に曲を弾いてくれるのだ。
何代目か前の王が書いた楽譜って、そんなの聞いたことない。
緊張した面持ちのマティウス殿下が椅子を引いてピアノの前に座る。その金の髪がサラリと揺れた。薄い緑の目が真剣な色に染まる。
流れてきたのは面白い曲だった。
無難な曲ではない。
例えて言うならうっすらかすかにムソルグスキーの『展覧会の絵』に雰囲気が似ている。
キラキラとした情景と陰鬱な情景と、入れ替わり流れていく、みたいな雰囲気の素敵な曲だ。
途中で変拍子や転調が効果的に使われている。
私は自分がチョロイ事に気づいた。
だって、自分の為だけに自分の恋人(まあ、婚約者)が、ピアノを弾いてくれるという前世から一切なかったシチュエーションにおおいにときめいた。
私の心は実に単純で、初めて聞く素敵な興味深い曲にときめいているのか、シチュエーションにときめいているのか、私が音楽が好きだと知って(王宮には私の行動はもちろん逐一報告がいっていると思う)倉庫から楽譜を引っ張り出して引いてくれるマティウス殿下の優しさにときめいているのか、それともその全部なのか。
まあ、結論としてはとにかく胸が高鳴っていた。
いずれ断罪して処刑されるのだ。
今ぐらい楽しんだって構わないだろう。
「素敵ですわ、マティウス殿下。ありがとうございます」
もちろん、マティウス殿下のピアノの腕は、先日ピアノコンサートで聞いたカイトさんには及ばない。
だかれど、芸術の評価は多分に主観が入るものだ。
マティウス殿下は真面目で誠実な人なんだろう。
ピアノもそんなマティウス殿下の性格が表れていて、非常に私の好みだった。
楽譜はまだ見せてもらってないけど、きっと正確で忠実に作者の心情を表している。
私の手放しの賛辞に、マティウス殿下ははにかんだように微笑んで頭を下げた。
読んで下さってありがとうございました。
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