3、今日はピアノコンサートに繰り出します。と思ったら知らない方が着いてくる事になりました。
「今日はこの子も一緒に参加させてほしいの。マティルダ・ユーリー。王家の遠縁のお子様でいらっしゃるわ」
「え……わかりました。今日はラフマニノフのピアノコンサートですけれど、ご趣味に合うでしょうか?」
「ピアノはお好きだそうだから大丈夫よ、マティルダ様と呼んであげてちょうだい」
さあ、身支度も済んで今から出かけるぞ、という所で、お母様に部屋に呼ばれて行ってみると、私と同じくらいの背の女の子を紹介された。
気弱そうで、目深に濃い白のレースが垂れたヘッドドレスを被って、首元からくるぶしまで布地なロングドレスを着ているので、どんな子かほとんど分からない。
ただ、仕草が気弱そうで、マティウス殿下を思い起こさせる。
王家の人って皆こんな感じ……いえ、違うわね。陛下とか王妃様は堂々として立派な方たちだわ。
ちょうど喉のところにくるように大きな魔石のネックレスをしているのが、印象的だ。
何らかの魔法が発動しているようだ。
喉が弱くてサポートしてるとか?
「よろしく……」
「ええ、よろしくお願いします。マティルダ様」
か細い声で囁くように挨拶するマティルダ様に、私はにっこりと微笑んだ。
「マティルダ様は、ナタリーが最近始めた『神の世界の作品』の文化視察活動にご興味が御有りらしいの。失礼のないようにね」
「文化視察活動? は、はい、分かりましたわ、お母様」
部屋を出るときに私にだけお母様が囁く。
お母様の言う『神の世界の作品』とは前世であったバレエで言えば、この前見た『くるみ割り人形』、今日で言えば『ラフマニノフの楽曲』という事だ。
この世界とは違う文化で生まれて、明らかにこの世界の物ではなく、初めからあったそれら作品を、この異世界の人たちは『神の世界の作品』と言って、特に疑問もなく受け入れている。
もっと言えば、その作品を表現するバレエやクラシック音楽だって、この世界に当たり前のように存在しているけれど、皆、普通に受け入れている。
だから、私はそれらを楽しむことを、普通に遊びに行くことだと思っていたけれど、『文化視察活動』と言われてしまうとは……。
「ナタリー嬢の事、尊敬してます。『神の世界の作品』に深く親しまれているとか……。この前、ナタリー嬢が視察したフラガリアバレエ団は、次期王太子妃が贔屓にしているバレエ団という事にもなって、観客動員数が爆発的に増えたとか。今では前以上にチケットが取りづらくなったそうです」
行きの馬車の中でマティルダ様が、指先をもじもじとすり合わせながらか細い声で言う。
「ナタリー様のご慧眼は本当に素晴らしい事ですわ。私、ナタリー様に誘って頂いて、一緒にお話してくださったお陰で、よりバレエに深く親しめるようになりましたの。一緒に楽しめる方が居ればこんなに楽しいなんて思いませんでしたわ」
「プリマが半獣人の方でしたが、本当にバレエの抒情性を感じさせて素晴らしかったですわね」
「本当に。人間にしかバレエは表現できないかと思っていましたが、大間違いでしたわ」
「すべてナタリー様のおかげですわね」
いや、私は特に、半獣人だからどうとか考えていなかったけれど、一緒に馬車に乗っている貴族令嬢たちが無理やりに感じられるほど私をヨイショしている。
いや、プリマが半獣人とか特にこれと言って思い入れはないし。
誘ったのもチケットがもったいないからだし。
そうだ、誘うと言えば、乙女ゲーム『秘密の宝石箱~イケメンコレクション~』では、ゲーム制作者の貴族に対する勝手なイメージなのかなんなのか王子とか宰相の息子とかが好きなデートスポットは『バレエ』とか『クラシック音楽コンサート』『オペラ』とか多かった。
ここで疑問なんだけれど、もしかして、このデートスポットを一緒にめぐって好感度を上げるイベント、貴族令嬢と行っても上がるんじゃないのかな?
何か私への好感度が上がっているような気が……それとも次期王太子妃に対してのヨイショかしら。
まあ、どちらでもいいわね。
他のご令嬢と仲良くできるのは良いことだ。
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「あぁっ、本当に素晴らしかったですわね。皆さま。ラフマニノフの素晴らしさを再確認しましたわ」
私は客席から立ち上がって拍手をした。
マティルダ様も感極まったように夢中で手を叩いている。
「今日のピアニストの方は、魔法使いらしいですが。『身体強化』の魔法を使っているのかスタミナがありましたわね」
「ええ、力強くそれでいて繊細な演奏が胸を打ちました」
今日のピアニストは、パンフレットに『新進気鋭の魔法使いカイト』と書いてある。
『『身体強化』の魔法を使えたので、周りには騎士になることを勧められたが、『神の世界の作品』を表現するために、音楽家への道を選んだ期待の新人』
だそうだ。
あれ? 期待の新人多いなあ。
この世界のアーティストに関してはなかなかに素人だから全部手配は執事に任せているのだけれど、私がそういう新人好きだと思われているんだろうか?
あ、もしかして貴族はそういう新人を発掘して保護するものだから、私もそういうものを求めていると思われているとか?
今日はコンサートが終わった後、楽屋に招かれて魔法使いでありピアニストの『カイトさん』と握手した。
「スタンディングオベーション嬉しかったです」
「あら、見えていらっしゃったの?」
「ええ、もちろんです。ありがとうございました」
なんだか、ひいきにできそうなピアニストと握手もできてお話もできて嬉しかった。
バレリーナのマイヤさんに続いて、カイトさんのファンにもなりそうだ。
ちなみにマティルダ様はカイトさんと握手はせず、何故かカイトさんと握手した私の手をジトッとした視線で見ていた。目にレースがかかっていてあまり分からなかったけれど、それでも分かるくらいの視線だった。
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