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転生者は容赦しない

作者: 夕綾 るか


「実は私、転生したのです」


 真っ赤な髪をサラリと後ろにはらうとロゼッタは弱々しく笑った。


「前世で私は悪女として断罪されました」


 彼女のその悲しげな微笑みに、婚約者である第二王子ヴィンセントは憐憫の眼差しを送る。


「ですから、これからは心を入れ替えて過ごしていくことをお約束いたしますわ」


 それでは、と美しい礼をとり、ロゼッタはその場を後にする。

 そこに残された者たちはただ呆然と彼女の後ろ姿を見送ったのだった。




 ロゼッタは侯爵家の令嬢である。所作や教養などは完璧で、容姿も美しかった。

 ただ性格が……最悪だった。


 気に入らないことがあれば侯爵家の権力を行使し、自分より秀でる者がいれば蹴落とし、格下の者はゴミのごとく扱う。

 最低最悪の、いわゆる悪役令嬢であった。


 ある日。ロゼッタは自分の婚約者である第二王子ヴィンセントがクラスメイトである伯爵令嬢と一緒にいるところを目撃し、激昂した。


 学園に通うようになってから、その令嬢とヴィンセントがよく一緒にいるという噂が立っており、苛立ちを募らせ一方的に嫌がらせをしていた。

 それにもかかわらず、凝りもせず並んで歩いている。その姿を実際に見てしまったことでロゼッタの怒りは頂点に達したのだ。


 昂る感情を抑えきれず、その令嬢を階段から突き落とそうと手を伸ばした、その時――


「えっ……?」


 ヴィンセントがその令嬢の腕を引いた。

 そのためロゼッタの手は空を切り、そのまま階下へ転げ落ちた。


 頭を打ったロゼッタは三日間、目を覚まさなかった。しかしその後、無事に目覚めたロゼッタは学園に来るやいなや先ほどの発言を残して颯爽と去っていったのである。


「いったい……どういうことだ?」


 ロゼッタの意味不明な言動に首をひねる第二王子たち。


「突然、心を入れ替える、といわれましても……」


(それならば……まず謝罪が先なのでは?)


 今まで数々の嫌がらせをされ、挙げ句、突き落とされそうになった。あの時、第二王子に腕を引かれていなければ階下に横たわっていたのは――私だ。


 あらぬ疑いをかけられ、第二王子の婚約者にいびられていた伯爵令嬢。それが、私。


 これから先どうしようとそれは勝手だが、過去の過ちはしっかりと清算していただきたい。


 心を入れ替える、と? 

 だから今までのことは水に流せ、って?


 冗談じゃない。それこそ、自分勝手なご都合主義じゃないか。ふざけるな。


 悪役令嬢は所詮、悪役。性格はそう都合よく簡単には変わらない。


 転生? ループ?


 何度やったって中身が一緒なら性格も同じ。そうそう劇的に変わるものではないんだよ。


「ヴィンセント殿下」


 心を入れ替えた(?)らしいロゼッタが柔らかい微笑みを浮かべて第二王子を呼んだ。


 私はビクリと肩を揺らす。あの鈴音のような声が聞こえるたびに陰湿な嫌がらせを思い出し、背筋に嫌な汗が流れる。

 第二王子はそんな私にチラリと一瞬視線を向けてから、ロゼッタに笑いかけた。


「おはよう、ロゼッタ」

「今日もお二人はご一緒ですのね」

「ああ。この後、予定があってね」

「さようでございますか」


 ロゼッタはニッコリと微笑んだ。

 その穏やかな様子に私と第二王子は驚き、目を見開く。いつもであれば憎しみを含んだ視線を送り、ぎりぎりと奥歯を噛み締めて、最後には周囲に聞こえるようにわざと私を蔑む言葉を吐くのだ。


 何を勘違いしているのか分からないが、そもそも第二王子と行動を共にしているのは互いに仕事なのだから仕方がない。


 入学する前に必ず行われる儀式がある。

 神殿にて啓示を受けその後の進路を決めるというものだ。学園ではそれに合った学習をしていく。


 私は『聖女』の啓示を受けた。


 そのため王家のことも学ばなければならなくなった。だから第二王子は私の教師であり、護衛対象でもあるというだけの関係だ。


 ロゼッタは「では失礼します」と小さく礼をしてくるりと背を向け、去っていった。

 今までのように罵倒されずに済んだが、胸の奥が何だかモヤモヤする。


「あのような言い方をされては誤解されます」

「ん? いったい、何のこと?」


 私は小さく息を吐くと、ロゼッタの後ろ姿から、第二王子の端麗な顔に視線を移した。


「ハッキリと否定されてください」

「どこを? 僕は嘘をついていないし、今の話に否定するところなんてなかったでしょ?」

「今の話にはありませんでしたが誤解はされているでしょう。そもそも殿下がしっかりと『公務である』とおっしゃってくだされば、ロゼッタ様が私を目の敵にすることなどなかったのでは?」


 第二王子は徐ろに口角を上げ、小さく首を傾げるとひょいと肩を竦めた。 


(腹黒王子め……絶対楽しんでるじゃない!)


 私は王子に対する不敬も厭わずに、思いきり眉をひそめたのだった。



 ◇



「えっ……婚約破棄?」

「正確には婚約解消、かな」


 第二王子の執務室に呼ばれた私は驚きのあまりあんぐりと口を開いたまま固まっていた。


「何故です? あんなに殿下に付きまと……んんっ、御好意を寄せられておりましたのに」


(危ない、危ない。思わずそのままの意見を言いそうになってしまったわ)


「さあ、何故だろう? あちらから提案されたようだよ。先日した怪我の影響が少なからずあるだろうから王家には嫁げない、ってね」


 私は顎に手をかけ、ふむと考える。


「転生した、というのはロゼッタ様の思い込みではないのかもしれません」


 ロゼッタは自分で「前世では悪女として断罪された」と言っていた。恐らく第二王子から婚約破棄を突き付けられたのだろう。


(……それなら、私はいびられ損じゃない?)


 今までがなかったことになんてならない。

 さて、どうやって断罪しようか、と考えていると王子が口を開いた。


「まあ、僕にとっては手間が省けて良かったけど」

「あの……それはどういう意味でしょうか?」


 第二王子はニッコリと微笑み、そっと包み込むように私の手を取った。


「僕と聖女ルシアが結ばれる運命はロゼッタが転生者であろうと変えられない。……いや、僕が変えさせない。ロゼッタは何で()()()()が転生していると思ったのだろうね」

「え……?」


 目を丸くした私を見ると、第二王子は満足そうに笑みを深めた。


「前世でロゼッタが断罪され、追放された後、君は僕の婚約者になったんだよ」

「ちょっ……ちょっと待ってください! あの、もしかして殿下は……」

「ルシア、君が思った通り。僕も転生したんだ」


 第二王子の告白に驚愕の表情を浮かべ、私は否定するように小さく首を横に振った。


「そ、そんな……ことって……」

「信じられないかい? 僕も最初はびっくりしたんだよ。まさかロゼッタも転生していただなんて」


 困った顔をした第二王子は、握っていた私の手に再度力を入れた。


「でも……断罪を恐れたロゼッタが自ら婚約解消を申し出てくれて本当によかったよ。僕も断罪なんてしたくなかったからね」

「殿下……」

「ヴィンセント」

「えっ?」


 少し頬を染めた第二王子が手を握りしめたまま、上目遣いで懇願してくる。


「ヴィンセントと呼んでくれないかな」

「そ、それは……」


 私は静かに目を伏せた。そして、ゆっくり目を開けると第二王子をまっすぐに見つめて微笑んだ。


「お断りいたしますわ」

「……え?」


 ニコニコと微笑む顔とは反対の返事に第二王子は戸惑いを隠せない。


「ル、ルシア? いったい……どうしたんだ?」

「どうもこうもございません。殿下と私はただの教師と生徒。そして、護衛対象と聖女という関係以外にございませんので、私が殿下をそのようにお呼びすることは今後一切、永久にございません」


(お前……ふざけるなよ? あの嫌がらせを断罪するために見て見ぬふりをしていた、と? そんな人を誰が好きになるのよ?)


 呆然と佇む第二王子に淑女の礼で御挨拶すると、私は執務室を後にした。


 ロゼッタに続き、第二王子まで転生者だったことには正直驚いたが、何度転生し、過去に戻ってこようと、何度だって断罪してみせる。


 二人がどう足掻いたとしても、絶対に()()()()()許さない。


 何故、私が結末を知っているかって?

 ふふ。だってそれは私も――なんですもの。


「真実を教えなくてよかったのか?」

「構いません。何度やり直そうと根本が腐ってますから、上手くいくわけがない。そう思いません?」


 私の婚約者である第一王子アドルファスは苦笑いを浮かべた。


「そもそも他人の婚約者に手を出そうとなんて思いませんし、ましてや婚約者がいるのに他の令嬢にうつつを抜かす人となど……その後の結婚生活、絶望しかありませんわ」

「ぷっ、ククッ……辛辣だな、私の婚約者殿は。しかし、その通りだ。そんな君が婚約者で私は幸せ者だよ、愛しのルーシー」


 アドルファスは私をぎゅうと抱きしめる。


 病弱設定の幽霊王子。滅多に表に出ないのでその存在すら忘れられている。だから彼が私の婚約者になるということはとても都合がよかった。


 王家としても聖女と縁を結びたい。しかし、第二王子には既に婚約者がいた。第一王子との縁談は私からの提案だ。


 転生したと気づいた時点で不幸な未来は見えていた。まあ、既にロゼッタからの嫌がらせでボロボロだったのだが。それが第二王子の計略だったということも分かっていたし。


 正直、彼と結婚しても幸せになれなかった。次から次へと愛人を作り、しまいにはそのうちの一人に刺されて死んだ。勝手な痴情のもつれに私も巻き込まれたのだ。転生した彼はそれを覚えていなかったのだろうか?


「すまない」


 突然、頭を下げてきたアドルファスに慌てる。


「頭をお上げください! 何故、アドルファス様が謝るのです?」


 アドルファスはポツリと話し始めた。


「あの時、君を救ってあげられなかったから」

「……はい?」


 訳が分からずに首を傾げている私をアドルファスは再度、抱きしめる。


「でも、()()()安心してもらいたい。ロゼッタ嬢がルーシーに酷い嫌がらせをしていたこと、それをヴィンセントは見て見ぬふりをし、さらに私の婚約者であるのに手を出そうとしていたことをすべて父上に報告させてもらったから」

「ええ……?」


 抱きしめていた腕を緩め、瞳を合わせるとアドルファスはニッコリと笑った。


「ヴィンセントは学園を卒業したら辺境へ出すことになった。ロゼッタ嬢には北の修道院に行ってもらった」

「……行ってもらった? もうすでに?」

「そうだよ。怪我の影響があるからヴィンセントとの婚約を解消したいと申し出があったからね。そこでゆっくり療養したらいいよ、って提案させてもらったんだ」

「え……」


(北の修道院って……確か、牢獄のようなところだと聞いた気がするのだけど……第二王子の辺境行きもかなり厳しい環境なのでは?)


 断罪するにはまだ罪は少ない。しかしながらアドルファスの制裁は容赦なかった。


(相手が転生者だけに私がお話しした過去の分も含まれているのかしら?)


 首をひねる私に、シャキッとした張りのある声が耳元で聞こえる。


「ちゃんと覚悟を決めた。もう逃げない。私が王太子になるよ」


 アドルファスは私の肩をがっちり掴むと真剣な瞳を向けた。


「もっと早く決断していたら。ルーシーを救ってあげられていたのに。本当にすまなかった」

「えっと……あの、アドルファス様?」

「実は私も……転生者なんだ」

「え、はっ?」

「というか、私のせいで皆、転生してしまったようなものなのだが……」


 アドルファスは申し訳なさそうに頬をポリポリとかいた。


「王家には秘密の術があるんだ。それは王妃教育で詳しく知ることになる。それと、私の『啓示』についてもね」

「あっ……」


(そうか! 婚約者であるアドルファス様が王太子になるのだから私は……王太子妃になるのか!)


 それは少々荷が重い気がしてきて、私が苦い顔をしているのに気がついたアドルファスは美しい笑みを浮かべて言った。


「今、教えてしまおうか。そうすれば、ルーシーは王太子妃になるしかないもんね。私の『啓示』はね――」

「――あっ、ああぁぁーっ!! 今、伝えていただかなくて結構です!!」


 慌ててアドルファスの口を両手で塞ぐ。

 驚いて見開かれた瞳は幸せそうにゆっくりと細められた。



 ――転生者は、転生者には容赦しない。


ご覧いただき、ありがとうございます!

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