表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

さわちぃショートショート集

大切なものには名前を書こう(ショートショート・1672文字)

作者: 上ヶ見さわ

「あー、こっちにも書かないと……!」


 ソファに腰掛けてテレビを見ていると、妻が忙しそうにしていた。

 彼女の前には、散乱した小物たち。上履き、タオル、バッグに着替え、巾着袋。


「どうしたんだ?」

「保育園に持っていくもの、全部に名前を書かないといけないんだって。地味に大変で……」

「そうなのか。手伝うよ」


 僕はサインペンを用意し、妻と手分けして名前を書いていく。


「苦労かけてごめんねぇ」


 記名する様子を見て謝ってきたのは、僕の母だ。

 僕は妻と共働きで、仕事に行っているあいだは、母へ娘を預けていた。


 しかし最近になり、母が体調を崩しがちになった。

 これからのことも考え、娘を保育園に入れることにしたのだ。


 娘の様子をうかがうと、テレビに夢中だった。

 彼女は、おばあちゃんっ子なので、入園を納得させるのに苦労した。

 しかしおばあちゃんに長生きしてもらって、ずっと一緒にいるには必要なことなのだと説得し、ようやく前向きにとらえてくれた。


「謝らなくていいですよ。今までご苦労かけっぱなしで……」


 妻の方も申し訳なさそうに頭を下げる。


「せめて小学校に入るまで面倒を見れたらよかったんだけど……」


「母さん。幼稚園や保育園を利用するのは、最近じゃ普通のことだよ。それで教育に悪影響なんてことはないよ」


 母は古い人間なので、妻が育児休暇を終えて職場に復帰するときにも難色を示していた。母の愛を受けて育つのが一番だ、と。


 それでも説得を受け入れ、妻とも良好な関係を築いている。


「パパたち何してるの?」


 名前入れを再開してしばらくすると、テレビに飽きた娘が興味深そうに近寄ってきた。


「おまえの名前を書いてるんだよ。幼稚園に持って行くものすべてに書かなくちゃいけないんだ」

「これ全部に? なんで?」

「大切なものには名前を書かないといけないんだ。そうすれば、なくしても戻ってくるだろう? だから、なくしたくない大切なものには名前を書くんだよ」

「ほぇー、そうなんだ。わたしも手伝う!」


 娘が手を上げてアピールしてくる。

 その様子はとてもかわいらしいが、娘はまだ文字がかけない。


 大丈夫だから、と言ってもなかなか聞いてくれない頑固者だ。誰に似たのやら。


 正直、邪魔でしかないが、親切心を否定するわけにもいかず弱ってしまった。


「わたしにまかせて」


 祖母が娘に話しかける。


「ほら、こっちに書いてね。おばあちゃんがお手本書いてあげるから」


 落書きセットをおもちゃ箱から引っ張り出して、娘にクレヨンを渡す。

 母は見本として、落書き帳に娘の名前を書き込んだ。


「これ、大切なものなの?」


 娘の疑問はもっともだ。

 名前を書く意味をさっき教えたばかりだ。

 いつも使用している落書き帳に、その価値があるとは思えないだろう。


「あのね、紙がないと大好きな絵本も作れないんだよ。絵本、なくなっちゃったら、こまるでしょ?」

「それはこまる!」


 娘は、母のデタラメを信じたようだ。

 大変だ、とばかりに、母の膝を座布団替わりにして、見よう見まねで書き始める。

 落書き帳にミミズがのたくったような文字が量産されていく。


「ありがとう。これで最後よ」


 室内用の上履きに名前を書き込み、すべての物に記入し終えた。

 娘も母に「お手伝いありがとう」とお礼を言われ、満足気な顔をしていた。


 翌日の朝。


 僕が食卓で朝食ができるのを待っていると、母がやってきた。

 母は早朝に散歩へ出かけるのが日課なので、それを済ませて戻ってきたのだろう。


「おはよう、母さん……って、その顔は……!」


 僕は思わず吹き出して、笑ってしまった。

 母はなんのことかわからず、困惑している様子。


「鏡で確認してみなよ」


 僕は笑いをかみ殺して言った。

 母が手鏡で、みずからの顔を確認する。

 その顔には、クレヨンがぐちゃぐちゃに塗りたくられている。


「まあ、なんてこと……! あの子ったら、どうしてこんなイタズラを……」


 母は顔を真っ赤にして狼狽している。

 顔に落書きされたまま散歩に出かけてしまっていたのだから、なおさらだろう。


「イタズラなんかじゃないさ。だって昨日、僕は言ったじゃないか。なくしたくない大切なものには名前を書くんだよ、って」


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!


少しでも面白い! もっと読みたい! と思っていただけたら、


『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!




評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ