アット・ホーム
「ふう……ただいま」
「おかえりなさい、エネット」
エネットは母イザベルに告げた。
エネットは自転車で自宅にまで戻ってきた。
エネットの母――イザベル・シルヴィ(Isabell Silvi)――は暖かくエネットをもてなした。
今日の公開授業で注目されていた美女はこのイザベルである。
イザベルは少し前に魔法学院から自宅にバイクで帰ってきた。
「コーヒーにしますか? それともお茶にしますか?」
「コーヒーがいいな」
「はい、ではコーヒーを入れますね」
イザベルは慣れた手つきでコーヒーを入れる。
エネットは18歳、イザベルは28歳である。
二人は養母と養子の関係だった。
エネットはテーブルの席に腰かけ、コーヒーを沸かすイザベルの姿を見つめた。
「ふん、ふん、ふん」
イザベルは鼻歌を歌った。
イザベルは母親らしいことをしたくてたまらないのだ。
イザベルの職業は軍人である。
その輝く金髪から「金色の女戦士」とか「イシュタル(愛と美の女神)」とか呼ばれている。
階級は大尉。
イザベルはエネットの弁当まで作ってくれている。
イザベルは軍人としても、母親としても一流だった。
「はい、コーヒーができましたよ」
「ありがとう、母さん」
「いいえ、どういたしまして」
エネットはミルクをコーヒーに入れた。
エネットはブラックのコーヒーは苦手だった。
エネットはカフェオレが好きだった。
エネットはコーヒーを飲みながら思った。
「今日の公開授業ではなんだかんだ言って、母さんが一番注目されていたね?」
「そうですか? 自分ではわからなかったのですが?」
「だって母さんはきれいだから……」
「きれい、ですか?」
きょとんとするイザベル。
「うん。ぼくから見てもそう思うよ」
「うふふふふふ。ありがとうございます。でも。エネットも注目されていましたよ?」
エネットは照れて。
「あれはパオラ先生が言ったからだよ。みんなから笑われてはずかしかったよ」
「ですが、一種の誉め言葉としても取れましたよ?」
「そうだね。正直、あの内容の授業じゃ、ぼくには新しく学べることはないよ。ぼくはもっと先を行っているからね」
「さすが、天才魔法使い。やっぱり違いますね」
「天才、ねえ……」
エネットはそれまでばらばらだった魔法を理論化し、体系化した。
1 攻撃魔法
2 補助魔法
3 回復魔法
また、エーテル兵器を開発し、軍に売り渡したため、莫大な版権収入がある。
エネットの方がイザベルより収入が多いのだ。
「そうですよ。初めて会った時は泣き虫だったのに」
「それは言わないでよ。今でも恥ずかしいんだから」
エネットとイザベルが出会った時。
今から八年前。
「ぐすん、ぐすん」
泣く10歳のエネットにイザベルが尋ねた。
「お父さんとお母さんが死んじゃった……ううう……」
「そうですね。あなたのお父さんとお母さんはもういません」
「ぐすん……お父さんとお母さんはどこに行ったの?」
「きっと天国に行ったと思います」
「天国って何?」
「死んだら善良な人が行くところですよ。悪人は地獄行きですが……」
「ぼくはこれからどうなるの?」
「私があなたの母親になってあなたを育てます」
そう言うとイザベルはエネットを優しく抱きしめた。
イザベルの暖かさが肌を通して、エネットに伝わった。
「私を『母さん』と呼んでください。今日から私があなたの母です」
「母さん?」
エネットはイザベルの親戚の子供だった。
それが縁で、イザベルはエネットの母親となり、現在に至る。
「明日は外出するね」
「おや、どうしたのですか?」
「うん。友達と遊びに行くことにしたんだ」
「エネットにしては珍しいですね」
「そうかな?」
「そうですよ。いつもだったら、部屋に閉じこもって一人で勉強か研究かしているじゃないですか」
「まあね」
「それでは、楽しんで来てください」