Episode_3.5『Break Out』(後)
さて、ミアの指示に従って彼女と別れ、扉を潜った二人。此方はそこに広がる光景に圧倒されていた。右を見ても左を見ても、所狭しと金銀財宝が陳列されていたのだ。眩い黄金の光を放つ壺や燭台等の調度品に、如何にも価値のありそうな絵画がたちが壁一面に並べられ、そこかしこに置かれた台座には何かしらの力が込められているのであろう、武具や装飾品の類が並べられていた。
「こいつはすげぇ。文字通り宝の山じゃねぇか」
控えめに口笛を鳴らしながら帽子のつばを押し上げ、感嘆の声を出すジェイク。
「こりゃ宝物庫か。どこへ行っても宗教家は抜け目なく溜め込んでやがるな」
豪華絢爛なその空間で、兼光は周囲に視線を巡らせ、心底憎ましげにそう言葉にすると共に床に唾を吐く。
「どっかで聞いたが、日本人ってのは何にでも神が宿るって信じてるぐらいには信心深いんじゃないのか」
「手前ぇに大陸人と日本人の区別がついたたぁ驚きだな」
「極東の剣士ぐらい話には聞いてたさ。あの時代に銃より刀を選ぶ愉快な奴らなんざ、お前ん所の民族ぐらいだろ」
「違ぇねぇな。まぁ俺ら日本人にも色々居んだよ」
「ま、それもそうか。所で…」
先程から装身具が置かれている辺りで飾られている品々を眺めていたジェイクがどこか此方を測るような目を兼光に向ける。
「どうなるかは知らんが、この先金目のもんはあって困るこたぁねぇだろ。ましてやここは敵地だ。目立たねぇ程度に持ってくか」
二人は珍しく意見が一致し、それぞれ嵩張らず、かつある程度価値の有りそうな物を幾つか懐へと忍ばせる。
「お、これとか結構いいじゃねぇか。ちょうど二人分あるぜ?どうだ」
そう言ってジェイクは並べられた装身具の山から、どこか神聖な雰囲気を纏ったアミュレットを兼光に見せる。
深縹色をした見たことも無い宝石の玉を、金と銀の輪のような装飾が包みんだような形をしており、不思議なことにその二つの輪は交互に玉の周りを循環し続けていた。
「御守り代わりにでもなればいいが。どんな代物か見当もつかん」
そう言うと兼光はそのアミュレットを受け取り、一応物は試しと首に掛ける。特段何かが起きた様子はない。
「まぁ武具の並ぶ所にあったんだ、呪いの品ってことはないだろ」
ジェイクも自分の分のそれをコートのポケットに仕舞うと、扉の向こうから聞こえる足音に気付く。
「ミアとその連れか?」
「恐らくな。一応死角に入る。娘らじゃなかったら、左右から挟撃でいいな」
ジェイクが頷くのを見やり、兼光は扉の裏へ身を隠す。ジェイクはその反対だ。程なくしてゆっくりと扉が開く。入ってきたのはミアと、牢に入れられる前、兼続の刀を観察していた壮年の騎士だった。
「ここまでは問題なしか。俺はヴァイアット。そこのミアのまぁ、親代わりみたいなもんだ」
「その言い方だと、うちの両親がもう居ないみたいになっちゃいますけど」
本人に茶化すように指摘されて頭を掻きながら、改めて二人に見定めるような視線を向ける。
「ジェイクだ。宜しく」
「兼光だ。助力にゃ感謝する」
その視線を真っ直ぐに受けながら、二人はそう返した。
(この二人があの客人様、ねぇ…)
未だ完全に二人をそうだと信じた訳では無いヴァイアットは、しかしその身に纏った武の威をひしと感じていた。帽子の男の方はやや脱力したような感があるが、逆に言えば無駄に力の入っていない自然な立ち姿で、その眼はまるで空間全体を俯瞰するかのような隙の無さが憶える。剣士の方はある程度の武芸者ならひと目で分かるだろう、達人の域に至った者のみが持つ独特の覇気を放っていた。剣技だけで言えばゲオルグと互角か、下手をすると彼を上回る程度の実力はあるかもしれない。
(もし刺客だとしたら、あぁも簡単に拘束されるような真似をするような素人じゃないことだけは確かだな)
「あぁ、よろしく。見張りの目は誤魔化せたとはいえ、そう長くない内に牢の異変には気付かれるだろう。先を急ごう」
そう言うとヴァイアットは宝物庫の奥、あまり人の立ち入らない場所なのだろう、ところどころに張った蜘蛛の巣や埃が目立つ、広い宝物庫の隅の方へ進んでいく。積み上げられた宝の間を縫うようにしばし進むと、何の変哲もない壁の前で立ち止まった。
彼は懐から見事な装飾のされた儀礼用と思しき短剣を取り出すと、その壁にかざし呪文のように何事か唱える。すると見る間に壁はすうっと消え、その裏から下へと伸びる階段が現れた。
「まぁ、城と言えば隠し通路だよな」
予想通りだとでも言うように得意げな顔をするジェイクだが、ミアが不思議そうな顔をする。
「大聖堂の宝物庫に、なんでこんな盗人に都合のいい逃走経路があるんですか?」
「有事の際には此処に逃げ込み、財貨を持って逃げる為に造られた、と総長が言っていたな。一応、今のも含めて盗人なんかが使えないよう、幾つか仕掛けもある」
「聖遺物等も幾つもありますし、そう思えば納得ですね」
ヴァイアットが説明すると、感心したような声を上げるミア。
「業突く張りの聖職者共らしい理屈だな」
一方の兼光は相変わらずだった。
「ここを進めば大聖堂の外、防壁の手前までは距離が稼げる。俺より前を行くのもお勧めしないが、あまり離れるなよ」
そういうとヴァイアットは、階段の入口に置かれた蜘蛛の巣が張った松明を手に取り、火をつけて先を照らしながら一行を先導した。