Episode_2.0『The Administrator』
説明回ですね。前後二話構成にはなっちゃうかなぁ
空間の定義とはなんであろうか。そんな事を思わせる、床も壁も天井も見えぬ純白の中、三人の男が居た。一人は暗い灰色の着流しに身を包み、腰に黒漆の拵をした刀を差した男。もう一人の男は皮のギャンブラーハットに、皮のダスターコートを羽織った出で立ちで、腰のガンベルトについた左右のホルスターに二丁のリボルバーがに仕舞われている。その二人に相対す形で、三人目の男が立っていた。
「やぁ、お二人様か。突然のお招きで済まないがあまり時間がなくてね。既にイレギュラーに見舞われるとは思わなかったがまぁ良い」
肩ほどまで伸びた金髪に中性的な顔をした、少年から青年への過渡期にいるように見えながら、どこか無機質で得体の知れない印象を受ける男が残る二人に話しかける。
「僕の事は管理者とでも呼んでくれ。早速だが単刀直入に失礼するよ」
二人の様子など気にする素振りすら見せず、男は話を進めていく。
「二人とも気付いているようだけど、結論から言うと君達は死んでいるよ。死んでいる状態にあると言った方が適切なんだけどそれは長くなるから置いておこう」
流石にこの言葉に、状況が読めず聞き手に回っていた二人も遂に口を開いた。
「管理者だか何だか知らないが何がいったいどうなってんだ?あんた救世主にしちゃ随分青っちょろいな?」
「神だか仏だか知らんが俺をどうする。極楽浄土にゃ行けねぇこたぁ百も承知だが」
二人の発言を受けるも、管理者を名乗る男は答えるつもりはないと言わんばかりに片手のひらを二人に向ける。
「時間が無いと、僕は言ったよ。申し訳ないが君たちにはそのまま、生まれ育った星とは違う場所に行って欲しいんだ」
「違う星というか宇宙というか次元というか、あぁ君らの時代じゃ超弦理論だの量子重力理論だの多元宇宙論の話をしても理解できないか」
時間が無いと言う割にやたらと脱線しそうになっている男を見る二対の目は既に冷ややかになりつつある。
「つまるところ、その違う場所に行って僕の頼みを聞いてくれれば、君たちは肉体も精神も失うことなく、生きていられるってことさ」
「そいつは随分とうまい話じゃないか。で、裏は?」
「飲み込みが早いのは美徳だよジェイク君」
「僕の頼みはね、行ってもらう先の世界に起きる、災害を止めて欲しいんだ」
「災害だぁ?」
話の流れが急に不穏な方向に進んだことを感じながら、されど二人の表情に強ばりはなく、おかしな事に好戦的な笑みすら浮かび始めている。
「あぁ、災害だよ兼光君。終末と言っても過言ではない」
「終末ときたか。で具体的には?」
ジェイクと呼ばれた方の男が、管理者に説明を促す。先程までの冷ややかな目はすっかりなりを潜め、好奇心の色方が濃くなっている。
「まず前提として、君たちに行ってもらう世界には、人間とは異なる種族の人々が暮らしていてね。まぁ文明としては君たちの時代より二百年くらい遅れてると思ってくれていい」
二百年と言うと、豊臣が滅んだ頃か。
「大きく異なる点としては、魔法と魔物の存在かな」
「杖を振って炎を出したり、怪我を治したりする力が有ることと、龍とか妖怪のような、人と敵対する生物がいることだね」
言葉と共に二人の視界に、飛膜を持った巨大な蜥蜴や薄緑色の肌をした小鬼のようなもの、身の丈ほどの杖から火や水を放出する人のイメージが投影される。
「まぁ君たちがいた所とさほど変わらない、そこそこの平和とそこそこの暴力がバランスよく保たれている世界なわけだけど、ここに厄介なことに外から害獣が入ろうとしていてね」
唐突にイメージが切り替わり、今度は人の皮を被ったかのような様々化け物が映る。
「これが結構質が悪くて、命あるもの全てを破壊する為に存在してるみたいなんだ。人も魔物も動物も何もかもね」
「悪いがさっきの龍だの魔法だのと言いこの化け物と言い、俺らみたいなただの人間に相手が出来るとは思えないんだが」
先程から余りに絵物語的な存在を次々と見せつけられ、二人には己がそれらと対峙し、その全てと対等に渡り合えるビジョンは見えていなかった。
「まぁそこは適度に調整するよ。主にジェイク君の銃だったり兼光君の刀だったりをだけど。君たち本人に関しては恐らくあまり問題はないと思うけどね」
「俺の刀を強くしてくれんのは良い。だがそれだけじゃ斬れんモノばかりだと思うが?」
(幾らよく斬れる刀があっても、使い手の力には限度があるだろ。あの小鬼ぐらいなら何とかなるが、妖術士の業なんかどうしろってんだ)
己の技量にはそれなりの自信がある兼光だが、それでもその限度は生きていた頃から散々理解させられてきた。
「それはなぜ君たちなのかという事にも関わってくるんだけどね、二人に行ってもらう世界では、力というものは筋力や技量だけがものを言う訳ではないんだ」
「魂それ自体の力、魂魄力と便宜上僕は呼んでいるがね、その力が強ければ強いほど、この世界の武人は強力になる傾向にあるんだ」
「なら尚のこと俺なんかよりよっぽど強ぇ奴が居るだろ。卜伝でも信綱でもよ」
(誰だそいつらは。東洋の名前ってのはどうしてこう名前っぽくねぇんだろうな)
横の男が上げた名前に覚えはないが、ジェイクの脳裏にも同じ疑問が浮かんでいた。自身の持つ射撃の技術は確かにかなりの水準には達しているものの、名を馳せたガンマンは何人もいる。
「あぁ、まさにそれを説明しようとしていたんだ。名を残せた者は他の世界には送れないんだよ。生まれ死んだ世界の一部として強く結ばれてしまうからね。」
「なるほどね。仮にその誘いをもし断ったら?」
「君達にはこのまま死んでいてもらう。のもそうなんだけど、困ったことにそうなると終わってしまうのはその世界だけには留まらないんだ」
「そいつぁどういう意味だ?」
兼光の質問に管理者は思案するように少しばかり返答に間を置き、こんな例え話を始めた。
「世界は幾つもあるんだけど、そのどれもが厳密には繋がっているんだ。目には見えないし普通は行き来できないけど」
「毛織物を想像してみてくれればわかりやすいかな。糸の一本一本ががそれぞれの世界と思ってくれていい」
「それぞれは個だけど全体で一つなんだ。そしてその糸が一本でもどこかで切れたり抜けてしまうと…」
先程まで様々な異界の生き物を映していたものが、正方形の毛織物に切り替わり、生地の内の一本がスルスルと抜けていく。そしてそれに伴り、生地はどんどんその姿を歪め、仕舞いにはいくつかの抜け目が生まれていく。
「このように、全体に波及してしまうんだ。つまりその世界が文字通り終末を迎えてしまうと、全ての世界に影響を及ぼしてしまうことになる」
(おいおい、ただのガンマンと剣士にどんだけの責任押し付ける気だこいつは)
宙に浮くイメージに目を向けながらも、ジェイクは先程から晒されているこの情報の奔流の中必死に思考を纏めているが、なんとか話について行くのが精一杯だ。
「これはまた、名も残せなかった男に背負わせるには随分重い荷じゃないかい?」
「俺はともかく横に立ってる木偶の坊にゃ土台無理な話だろう。見てりゃ立ち姿も重心の位置も、武人のそれじゃねぇ」
先程からその姿に目をやっていた兼光だが、隙のなさや強者独特の纏う雰囲気は感じるものの、刀を扱う彼に銃士であるジェイクの技量は全くと言っていいほど読めなかった。
「おいおい、未だに棒切れ振り回して喜んでいるような愉快なお猿さんの方が俺は心配だぜ」
お互いずっと視界に留めてはいた。横にいる男の存在を。しかし説明を聞くほど、なぜこの場にいるのが二人なのかが分からなかった。
「まぁ、そもそも一人しかお呼びするつもりはなかったからね」
「「俺だな」ぁ」
「これだけ息がピッタリだと、この結果にも何処か納得が行くよ。一人分の席しか用意してなかったのに二人現れた時はどうしようかと思ったけど」
「流石に全く同じ魂魄力を持つ人間が二人も居るなんて僕ですら考慮できなかったからね。まぁこうなってしまっては仕方ない。これは向こうに行った際に気をつけて欲しいことなんだが…」
「どっちかが死ねばもう片方も死ぬから」