第93話 無華塁の能力
私は無華塁。
今、会場まで続いてる通路を歩いてる。
ちょっと緊張。相手は殺さない。殺さない。殺さない。閃と約束した。
手加減。手加減。手加減。よし。大丈夫。
『無華塁ちゃん!。』
あれ?。ママだ。
私のママ。黄華。慌ててる?。
『ママ。』
『ああ。やっぱり無華塁ちゃんだぁ!今まで何処行ってたのよぉ…心配したんだから!。』
ママ…泣いてる。私。悪いことしちゃった?。
『ごめんなさい。修行してた。』
『もうっ!昔から貴女は!ママに心配させちゃダメだからね!。』
『うん。心配させない。』
『これからは行き先と帰る時間をママに言ってからお出掛けしなさい!約束ね!。』
『うん。約束する。』
私を抱き締めるママ。
甘い、いい匂い。ママの匂い好き。
『無華塁ちゃんは、どうしてこの大会に出たの?。』
『優勝賞品。閃にプレゼント。したかった。』
『あら?そうだったんだ。でも、閃君も大会に出てるよ?。』
『閃とは戦わない。約束した。』
『ああ、じゃあ閃君と当たったら棄権するの?。』
『うん。』
『そっか。ならそれまではママが応援してあげる頑張ってね!。』
『うん。やる気。いっぱい出た。』
ママに頭を撫でられる。気持ちいい。
『怪我はしないでね。危なくなったらすぐ逃げなさいね。』
『うん。気を付ける。じゃあ。ママ。行ってくるね。』
『頑張れ!。無華塁ちゃん!』
ママの大きな声の声援。嬉しい。けど。ちょっと恥ずかしい。
私は。会場に向かって。歩いた。
ーーー
ーーー5分前 VIPルームーーー
『ええええええええええええええええええええ!む、無華塁ちゃぁぁぁあああああん!?!?。』
『おっ!?びっくりした!?いきなりどうしたのかな?黄華さん?。』
『あっ…し、失礼しました。』
『次の選手…無華塁さんだっけ?知り合いかい?。』
『知り合いも何も…私の娘です。』
『は!?娘?黄華さん!子供いたのかい!?。』
あの白蓮が素で驚いている。その様子を見て幽鈴がクスクス笑う。
『前から言っていたじゃない。既婚者だって。』
『ああ、あれは赤皇の誘いを断るための嘘かと…。』
『そんなことありません!無華塁ちゃん!こんな場所で会えるなんて!ちょっと私!行ってきます!。』
黄華は勢い良く退出していった。
会議の時の黄華のイメージとは全く別の姿を見せ付けられ声を失う白蓮や銀、白雪。そして、端骨までも唖然としていた。
『子供がいる人妻なのに…若々しく、綺麗すぎますね…。…ズルい…。』
こっちも珍しく、普段無口な銀が呟いた。
ーーー通路ーーー
「それにしても驚いたわ。無華塁が黄華の娘だなんて。ビックリよ。」
幽鈴さんは無華塁ちゃんを知っているんですか?。
「ええ。無凱君に連れられて一緒にクティナやリスティナと戦った戦友よ。でも、そっかぁ。黄華の子供ね~。やっぱり、無凱君とラブラブじゃないの。」
昔の話です。今は嫌いです。
「ふふ。素直になれば良いのに。」
幽鈴さん…?。
「あらあら、ごめんなさいね。もう言わないわ。」
もうっ!意地悪な幽鈴さんは嫌いです!。
ーーー
ーーー会場ーーー
『対するは~。青コーナー!廃墟を拠点に暗躍する影のギルド~!ギルド 紫雲影蛇の特攻役~!黒騎士!怪影!』
リングに上がる全身が漆黒の鎧。
その鎧を見て、目を輝かす無華塁。
『黒い鎧。格好いいね。』
『…ありがとう。製造するのに苦労した。自信作だ。』
『うん。沢山のレア素材使ってる。とっても頑張ったみたい。』
『ほぉ。分かるのか?。』
『うん。伝説級のモンスターの匂い。いっぱい。早く戦いたい!。』
『…良いだろう。全力で行く!。』
『うん!。殺さない。殺さない。殺さない。』
『では!Dブロック、第四試合!無華塁 対 怪影…始めっ!。』
ーーー
ギルド 紫雲影蛇の怪影は、ギルドマスターの紫柄から、1枚の資料と共に、とある命令を受け大会に出場していた。
その内容は、資料に記載されている人物リスト一覧。つまり、クロノフィリアだと思わしき者との試合の際は、可能な限りの情報を入手する、ということ。
そのリストの名前には目の前の少女 無華塁の名前もあった。
俺の使命は相手に本気を出させること。
リストに記載されているということは、白蓮さんが持つスキル【バグ修正プログラム】に反応があったということ。
仮にクロノフィリアだとした場合、レベルは150。当然、レベル120の自分では相手になろう筈はない。敗北は見えている。
まずは、彼女の実力を見定める。
『はっ!。』
初撃に全力で拳を繰り出す。
相手は格上。ならば出し惜しみはしない!。
『ん?。』
『なっ!?。』
身長150センチ程の小柄な少女が、身長2メートル以上ある俺の拳を片手で止めただと?。
『今度はこっちの番。やっ!。』
『ぐっ!?はやっ!?。ごぶっ!?。』
無華塁の何気ない拳が鎧冑を吹っ飛ばした。
『あっ。顔が無い?。』
『………。』
漆黒の鎧の冑の下は…何もなかった。鎧と冑の間には霧状の黒いモヤモヤが立ち上っているだけ。人の…人間の身体が存在しなかった。
『…顔だけではないよ。』
そう言うと、腕の甲冑の籠手を外す怪影。そこにも人間の腕は無かった。黒い霧が人の形を成しているだけ。
『…種族?。』
『そうだ。俺の種族は【鎧憑黒霧王族】。本体は鎧に取り憑く黒い霧だ。よって鎧が本体であり、黒い霧も本体だ。』
『不便?。』
『最初はそうだったな…。鎧が無ければ何も出来ないし…人間だった頃にしていたことは何一つとして楽しめなくなった。俺に残された唯一のことは戦闘だけだった…いや、それだけしか自分を証明できる方法が残らなかったからな。』
『可哀想。』
『哀れむ必要はない。お陰で戦闘に全てを捧げることが出来たからな。そんな日々は充実していたし、この世界を生き残るには必要なことでもあった。』
『私も。沢山。戦った。』
『…そうか…。…1つ…いや2つ、だけ聞かせてほしい。ああ、安心しろ上に報告するつもりは無いから。…お前は…クロノフィリアか?。』
『ううん。違うよ。』
『そうか。お前のレベルは?。』
『150。』
『………。』
クロノフィリアでは無いがレベルは150…。ならば、クロノフィリアとの繋がりがあると見て間違いないか。
ならば、出し惜しむ必要はないな。
俺は、霧状の身体を伸ばし飛ばされた冑を拾う。そして、レベルの上限を上げる リヒト を取り出し吸収した。
『うっ…がっ…ぁぁぁあああああ!!!。』
『何…してるの?。』
『はぁ…はぁ…はぁ…。なぁに。レベルを強制的に上げたのさ。』
『何それ?。凄い。』
『思った以上に身体への負担が凄いな…。』
『でも。危険な気がする。』
『身体。もつの?。』
『…命を…削っている。服用すれば長くはない。だから…。1人の戦士として…。全力のお前と戦いたい…。』
『戦士…うん。分かった。私も。全力出す。』
『有難い。』
鎧の隙間、間接部の全身から吹き出る黒い霧。それは、俺自身の身体であり、武器でもある。
『スキル【黒霧武刃】。』
全身から溢れ出る黒霧を自在に刃に変えるスキル。つまり、全身が武器となった。
リヒトでレベルが150になった今、黒霧の効果範囲はリング状全てとなった。身体から離れた黒霧は自在に操れる為、彼女に逃げ場はない。
『使う気無かった。けど。使う。神具…。【界震崩天戟】。』
彼女の低身長とは不釣合な程の大きさを持つ戟。並々ならぬ魔力を宿すその巨大な戟を彼女は片手で軽々持ち上げている。
薬の効果でレベルを底上げしていなければ彼女の持つ武装が纏う魔力に逃げ出していただろう。
これが、レベル150の世界か…白蓮さんが警戒するのも理解できる。
『…っ!?。』
ピキッ…と小さな音と共に鎧に小さなヒビが入る。
種族の固有効果で装備した鎧がそのまま自身の肉体として扱われる。
つまり、鎧の崩壊が死を意味する。
薬の副作用による崩壊は既に始まっているということか。
『スキル【鎧装修復】。』
装備している武装を修復するスキル。
俺の場合は、鎧が肉体という扱いの為HPを回復するスキルと同義である。
それを仕様し続けることで魔力が続く限り薬の副作用は気にしなくて済む。
そして、種族の特性スキル【魔力増大】と【魔力自動回復】で俺の魔力量は補正を受けている。
【魔力自動回復】の回復量より僅かに薬の副作用が上回っているが、この戦いの間だけなら問題ない。
さあ、準備は整った。
『行くぞっ!。』
俺は黒霧を操り少女 無華塁に霧の刃を飛ばす。
『その霧は危険。はっ!。』
『甘い!。』
戟の横払いを、黒霧を操り包み込むように避ける。そのまま黒霧を刃に変え無華塁に攻め込む。
『甘くない。』
『っ!?。』
無華塁が戟を地面に突き刺すと周囲のリングが破壊され、破片が持ち上がり無華塁を取り囲むように黒霧を阻む壁となった。
姿を
『ぐっ!だが!今の俺なら!。』
更に黒霧の放出を強め、宙に舞う破片を細かく砕くも、既に無華塁の姿はそこには無かった。
『何っ!?。』
『ここ。』
いつの間に移動したのか、少し離れた位置で戟を構えている無華塁がいた。
あんな距離で構えている?何かしらの飛び道具を持っているのか?。
『スキル【極震】。はっ!。』
振り抜いた戟から放たれる目に見えない攻撃が俺に向かって来ている。
なぜ向かって来ているのが分かるのか。それは、地面が破壊されながら近づいてきているからだ。
しかし、何と言う攻撃範囲だ。避けきれん。
『くっ!。』
黒霧を全面に集中させ防御壁を作る。霧には刃の特性を付与しているので、触れたモノ全てを切り裂いていく。
『無駄。』
『これは!?空気の震動か!?。』
壁に使っていた黒霧が霧散していく。
『ぐぅぅぁぁぁぁぁあああああ!!!。』
ソニックブームとなった衝撃波が黒霧を吹き飛ばし鎧を破壊した。
『そう。でも。本気だから。まだ。終わらない。スキル【局地極地震】。』
地面に突き刺した戟を中心にリング全体が揺れる。その瞬間、リング全体が揺れ始めた。
『ぐっ!?。』
あまりの揺れに平衡感覚を失い立っていられない。仕方なく膝をつく。
驚異的な揺れに耐えられないのかリング全体が徐々に崩れ始めた。
『これで。終わり。』
跳び上がった無華塁が戟を振り下ろした。
『まだだ!。』
最大範囲で黒霧を操作し、鎧を各パーツに分裂させる。
『バラバラになった。しかも。自在に操作してる。凄い。』
この自分が優位な状態ですら相手の能力を賞賛する無華塁。
『これが俺の奥の手だ。鎧の各パーツを拡張した黒霧で個別に操ることが出来る。最大7体に分身したと考えてもらえれば分かりやすいだろう?。』
『うん。』
『流石のお前も7体全ての斬撃による攻撃は防ぎ切れまいっ!。』
俺は7体同時に操り、砕けた足場を蹴り無華塁へ跳び掛かる。スキル【分割意識】により7体の鎧全てを自在に動かせる。
『私の能力は震動。魔力を通したモノを。高速で震動させる。』
『何を?。』
いきなり自分の能力を説明し始める無華塁に戸惑う。
『貴方は自分の全てを使ってくれた。だから。お返し。』
『ははっ!。』
薬を仕様してしまった以上。例え…この試合を制したとしても、俺の命は長くはない。
無華塁の全力を引き出すのが目的とは言え、我ながら無茶をしたものだ。
だが、俺の死相を察してか、単なる気まぐれか…無華塁は戦士として俺に応えてくれた…ということか…。
『お前が相手で良かった。』
『私も。』
無華塁が戟を回す。何を!?。
『全力で。神技!【天地震界破局】!。』
『ぐっ!?がぁぁぁああああああああああ!!!。』
本日三度目の光景。
地面に突き刺される戟。
その瞬間、無華塁を中心に、魔力を含んだ震動が余波となってリング含めその外側まで広がって行く。
次の瞬間、周囲は地獄と化した。
地面は揺れ、裂け、割れ…爆発した。地中から吹き出る炎の柱が何本も天へ向け聳え立った。
全てが白くなった。静寂が戻った時、残っていたのは無華塁とその無華塁が立つ小さな足場だけだった。
ーーー
鎧の欠片1つすら残らなかった怪影。
『これで。苦しんで。死ななくなった。』
満足そうに天を仰ぐ無華塁は。天に向かって一礼するのだった。
『ええ。っと、すみません。無華塁選手が、あまりに強力な能力だったので隠れていました。どうやら、勝負は決したようですね。勝者~!無華塁選手~!。そして、これを持ちまして全てのブロックの第一回戦が終了しました~。今から30分の休憩時間を設けますので、選手の皆さん、観客の皆さん、自由に休憩をお取りくださ~い。私はその間に会場の修理で~す。はぁ…魔力持つかなぁ…。』
30分の休憩。
閃達と合流する無華塁。そのまま5人は控え室を後に観客席の白と裏是流と落ち合う。
人目を避け、会場の外の林の中で裏是流のスキル【溶合隠遁】で彼等の姿は外部の者から認識されない。
『あれ?閃先輩は?。』
『さっきまで居たのに?。どこ行ったの?。』
『ちょっと用事だって。』
『其方の方は?。』
『ああ、僕が途中で助けた時雨ちゃん。青法の人達に追われてたところを助けたんだ。』
『あっ。無凱さん達が言っていた方ですね。初めまして、翡無琥です。』
『あっ…ご丁寧にどうも。時雨です。』
『ここは危ないからね。閃が戻って来たら拠点に連れていって貰おうと思ってたんだ。』
『ああ。それはそうですね。』
『閃さんが戻って来るまでここで隠れていましょう。』
ーーー
ーーー大会会場 とある密室の部屋ーーー
『やあ、セレナさん。だったかな?どうだい?この大会は君を楽しませるに足っているかい?。』
『まぁな。それなりに歯ごたえのある奴は出ているみたいだな。で?そんな話をする為に俺を呼んだのか?白蓮?。』
皆と合流した時、銀が俺の元を訪れた。その銀に連れられて来た場所は、この何もない部屋。その部屋には想像通り白蓮1人で待っていた。
『はは。そうだよ。って言ったら怒るかい?。クロノフィリアさん。』
『怒らねぇよ。』
白蓮が両手に1枚ずつ持っている紙の内の一枚を銀に渡し、銀から俺に渡された。
その紙には、俺の名前を一番上に、春瀬、代刃、翡無琥、無華塁、裏是流、白の名前が順番に書かれていた。
その更に下に黄華さんと時雨の名前が仲間という括りで記されていた。
『そこに書かれている人達が僕が調べたクロノフィリア…そしてクロノフィリアに連なる者達だ。訂正はあるかい?。』
やはり、白蓮は俺達の存在を調べる術を持っていた。それは【バグ修正プログラム】を白蓮が手中にしているということ。
クリエイターズとの繋がりは…ほぼ確定。
隠し事は通じそうにないな。
『ああ。その通り。良く調べ上げたな。』
『そうか。黄華扇桜とは同盟でも結んでいたのかい?。』
『ああ。お前がクリエイターズとかいう連中と手を組んでいるようにな。』
『!。はは。探りを入れていたのは、お互い様だったようだね。』
嬉しそうに笑う白蓮。
『それでどうする?俺の仲間に危害が及ぶようなら俺はこの場でお前に斬りかかるんだが?。』
『その必要はないよ。君も私の…いや、僕の考えに気づいてるんだろ?。なら、安心して良い。』
『…そうか。じゃあ、残りの試合も精々楽しませて貰うさ。』
『あっ…最後に1つ、質問良いかい?。』
『ああん?。』
部屋を出ていこうとする俺を白蓮が呼び止める。
『君はクロノフィリアで 何番目 に強いんだい?。』
『………。白蓮。お前は何処まで教えられた?。』
質問を質問で返す俺に白蓮が目を丸くする。だが、ふっ…と笑うと。
『半分かな。』
…と答えた。。
『そうか…。』
俺は部屋を出る。
出る瞬間、白蓮と目が合い。ニヤリと笑って人差し指を1本…立てた。
ーーー
閃が居なくなった部屋の中で白蓮と銀が無言いる。
『はははははははははは…そうか…。別人だったらどうしようかと思ったよ。けど、 彼 は僕に応えてくれるようだよ。銀。』
『ええ。そのようですね。』
白蓮の手に握られているもう1枚の紙は閃の手配書だった。