第91話 翡無琥の能力
代刃が会場から離れると、役目を終えたと言わんばかりに形成された結晶の塔が消滅した。
『えっ…ええ…と、こほん。では、今度は1からリングを作りましょうか。土のエレメントよ。』
地面が盛り上がり高質化。瞬く間に新しいリングが作られた。
『さてっと!気を取り直して次の試合に行きましょうか!では、Cブロック1回戦!赤コーナー!盲目の美少女剣士!黄華扇桜の代表!翡無琥選手~。』
『あっ。私ですね。』
白杖を握りしめ立ち上がる翡無琥。
『1人で行けるか?。』
『はい。大丈夫です。ありがとう。お兄ちゃん。』
『ああ、頑張れよ!。』
『はい!。』
『貴女なら心配してませんが!翡無琥さん!お気を付けて。』
『はい。春瀬お姉ちゃん。』
ゆっくりとしたペースで控え室を出ていく翡無琥とちょうど入れ替わる形で入ってきた代刃。2人が何やら話て代刃が翡無琥の頭を撫でてから俺達の方までやって来た。
『うう…緊張したよ…。まさか、あんな神具が出るなんて…。』
『お疲れ。怪我がなくて良かったよ。』
『う…うん。』
『それにしても、ヤベェ神具引き当てたな。』
『そうなんだよぉ~。閃~。相手殺しちゃった…。』
『…まあ、難癖付けてきた奴だったし。お前神具の詳細知って助けようとしたんだろ?。』
『うん。ジャンプすれば範囲外に出られたから…。』
『なら、アイツの自業自得だ。お前が気にすることじゃなぇよ。それに、さっきのナンパの時、アイツは俺に掴み掛かって来たからな。正直、ちょっとスカッとした。』
『そう…だね。僕もちょっとムカってしたから…。』
『あんな自分本意の考え方する奴のことでお前が気に病む必要なんかないさ。』
『…うん。分かったよ。もう気にしない。』
元気を取り戻した代刃が俺の横に座る。
『一緒に翡無琥を応援しようぜ。』
『うん。』
ーーー
杖をつきながら長い通路を歩いていく。人の気配があちらこちらから感じる。
『…頑張ろう…。』
あまり戦いたくはないけど。お姉ちゃんやクロノフィリアの皆、お兄ちゃんの為に私は戦います。
リングの横にある階段を上がると、観客席からの声援が響く。ちょっと…緊張しちゃうな…。
『対するは~!強さを求めて強者と戦う!無所属にしてレベルMAX120~!。最強の剣客!今日はその居合いで何を斬る~。流浪の侍!心螺選手~。』
見るからに侍の姿で現れる男がリングに上がる。
『ふふ。私の初戦の相手が、こんな可愛らしい少女とは…。』
『はじめまして。翡無琥です。』
『ふぅん。はじめまして。心螺だ。悪いが君には負けてもらうよ。六大ギルドの1つ。黄華扇桜の幹部を倒したとなれば、必ず六大ギルドから誘いの話が上がる。可哀想だが君は私の踏み台となってもらう。』
『………。』
ーーー
『翡無琥ちゃん…怪我しないでね…。』
『ああ、彼女は会議の時にいた黄華さんの護衛の娘だったね。』
『ええ!私の天使です!。』
『…ははは。黄華さんが感情を表に出すなんて珍しいね。』
『ええ!あの娘に何かあれば私はあの侍を殺します!。』
『大会を無茶苦茶にしないで下さい…。』
『では、皆さんで私の天使を応援して下さいね?。』
『あ…はい…。』
黄華の迫力にたじろぐ白蓮。
「くすくす。貴女、面白いわ。黄華。」
ただ1人。その場にいる端骨だけが怪訝な表情で黄華を見ていた。
ーーー
『それでは~!両者出揃いましたので~。Cブロック~第1試合~!。翡無琥選手 対 心螺選手~!。始めっ!。』
開始と同時に心螺は、懐からリンゴを1つ取り出した。
『この…香り…リンゴですか?。』
『ああ。君は目が見えないようだね。けど、これは私の技量を観客の皆様にお見せしようと思って用意したものだ。少々待っていてくれたまえ。』
『はあ…。はい。わかりました。』
心螺は片手に持ったリンゴを高々く掲げる。
『行きますよっ!。はっ!。』
掲げたリンゴを頭上に投げ、腰に携えた刀を手にし鞘から抜き放つ。
一瞬で空中のリンゴ目掛け斬撃の閃光が走る。
『おおおおお…。』
ゆっくりとした動作で刀を鞘に納刀し、落下中のリンゴをキャッチ。
手のひらに納められたリンゴは綺麗に八等分に斬られた。
『これが、私の秘剣…【一刀八斬】。どうかな?視覚で捉えられる1の斬撃の中に自由な角度で神速の8つの斬撃を放つ技だ。』
『……。』
『おや?あまりの凄さに声も出ないかな?。まあ、君が盲目でなければ、これから自分に向けられる私の太刀筋に腰を抜かしていただろうさ。』
『…はぁ…。そんなに剣速が速かったのですか?。』
『ふふ。面白いことを言うね。見えないからの強がりか、現状の理解できないお馬鹿さんか…。君のその白杖。仕込み刀だろ?。』
『はい。そうですよ?。』
『察するに君も居合いを主体として戦うスタイルだね?。』
『はい。主体…では、ありますね。』
『ならば、小細工はしない。どちらの居合いが優れているのか、決めようではないか。』
『…わかりました。』
ーーー
ーーーVIPルームーーー
「そう言えば。黄華は翡無琥ちゃんが戦うところを見たことがあるの?。」
あっ。はい。前に六大会議の時に1度。
「あら?それだけなのね。ずっと一緒に居るイメージだったわ。」
実際、初めて会ったのが六大会議の時でしたから。あの時は緊張しましたよ。でも、翡無琥ちゃんがとても優しい娘だって分かってからは、もう可愛くて可愛くて。瀬愛ちゃんと翡無琥ちゃんはもう私の2番目と3番目の娘なのです!。
「くすくす。そうなのね。じゃあ。今日が翡無琥ちゃんの 戦闘 を見る初めての日なのね。」
翡無琥ちゃんは強いのですか?私の中では可愛らしい天使なのですが。
「くすくす。黄華も面白いわね。」
え?何がですか?。
「何でもないわ。…そうね…翡無琥ちゃんはクロノフィリアで1番 戦いにくい タイプね。」
戦いにくい?…ですか?。具体的にはどういう?。
「この試合を見てれば理解出来ると思うのだけど… 見えない のよ…。速すぎて。」
ーーー
『では、余興も終わりだ。早々に勝たせてもらうよ。私は上に行かねばならないのでね。』
『私も!頑張ります!。』
『ははは、無駄だけどね。』
心螺は居合抜きの構えをとる。
『ん?君は構えないのかい?。確かに僕の居合いは速い。知覚した時には既に手遅れだろう。だが、構えないという無抵抗の相手を切り刻む趣味はないんだ。』
『え?構えていますが?。』
『は?。』
翡無琥は白杖を身体の正面に立たせた状態で鞘の部分を左手で柄の部分を右手で握っていた。端から見るとただ杖を持って突っ立っているだけに見える。
『ふざけているのかい?。』
『本気です。それに貴方の心を視ました。本気で私のことを殺そうとしています。ですから私も手加減はしません!。』
『手加減はしません…か。結構!。それに殺そうとしているのは正解だ。剣士の戦いに負けの次はない。負けは即ち死。強い相手を殺せばそれだけ強くなる。私はそうして生きてきたのだから。』
『…私は剣士ではありませんが、わかりました。全力で行きますね!。』
ーーー
ーーー心螺ーーー
世界が変異しゲーム時代の能力を使用できるようになって2年。
自分の鍛え上げた能力を更に研ぎ澄まし、ただひたすらに更なる強さを求めた。
数多くの強者との殺し合い。そして、勝利を勝ち取り続け今に至る。
その過程で培われた確かな観察眼。敵対者と対峙すれば相手の強さの大方を知ることが出来る。仕草や構え、佇まい、視線の動きなど強さを知る要素は多い。
だが、目の前の少女からは何も感じない。それどころか存在感が薄いとすら思える。
『スキル【攻勢範囲】!。』
視認した対象が持つおおよその攻撃範囲を知ることが出来る。
少女のあの構え…白杖を身体の前で抱きしめたような構え。あの構えからいったいどんな攻撃が繰り出されるのか。
私が 視た 少女の攻撃範囲は…。
『な…にぃ!?。』
リング上…全て…だと?。
どういうことだ…それ程の使い手だというのか!?。あの白杖で?。
『あのぉ?貴方から戸惑いを感じるのですが?そろそろ攻撃しても良いですか?。』
『あっ!?ふっ…すみませんね。私としたことが取り乱してしまいました。ふぅ…。では、いざ。』
刀を構える。居合抜きの構え。
油断はしない。これは命を賭けた殺し合い。例え相手が未知の存在であったとしても己が磨き上げた技と経験の全てをこの一刀に込める。
『秘剣!一刀八斬!。』
キンッ!キンッ!キンッ!キンッ!キンッ!キンッ!キンッ!キンッ!
…チンッ!。
八度の金属がぶつかり合う音と、少女が白杖に仕込み刀を納刀した音。
は!?。何をされた?。私は確かに秘剣を放った。本来ならば既に目の前の少女はバラバラの死体となっている筈なのに…。
『全て打ち落としました。』
『打ち落としただと?。』
馬鹿な。少女の刀を見ることも出来なかった…。
『私の刀…見えましたか?。』
『………。』
この少女は危険だ。ここで、仕留めなければいずれ私の道を妨げる障害となるだろう。私の奥義で早々に方を付けるしかない。
ーーー
『お願いします。棄権してください。』
今ので力の差は分かってもらえた筈。出来ることなら命を奪いたくない。
でも、彼の心からは揺らぎは感じても、諦めは感じられない。
まだ、続けるのかなぁ。
『………。悪いが全力だ。君を排除させてもらう。』
まだ、やるみたいです。
もう、彼は構えてるし…やる気だし…。仕方ないのかなぁ…。
『奥義!。一刀十ざ「チンッ!」。』
『ごめんなさい。』
私は彼の刀を持つ手を切り落とした。
『え?ぎゃぁぁぁあああああ!手がぁぁぁあああああ。』
『その…もう諦めてください。その手ではもう刀は握れない。貴方に勝ち目は無くなりました。』
私は必死に訴える。切り落とした手は、お兄ちゃんにお願いして治してもらえるように頼んでみる。
お願いします。諦めて…。
『降参してください。』
『ぐっ!君の強さは…その白杖に仕込まれた刀があってこそだろう?。らっ!。』
手と一緒にリングに転がっている刀を私に向かって蹴り飛ばした。
『え!?。あっ!?。』
私は白杖を盾にし飛んできた刀を弾いた。けど、気付いた時には彼の気配が目の前に…。
彼が白杖を私から無理矢理奪い取るとリング外に投げ捨ててしまった。
『ははは。これで君はただの少女と成り果てた訳だ。この手の恨みと私から未来を奪った怨みを晴らさせて貰おう。』
そう言った彼が私に殴り掛かる。
ーーー
『翡無琥ちゃん!!!。』
「ああ…彼は読み違いをしちゃったわね…。」
え?どういう?。
「翡無琥ちゃんは 戦いにくい って言ったじゃない?。」
ええ。
「翡無琥ちゃんの居合抜きは 見えない 。チンッ。って音が聞こえた時点で既に斬り終わってる後なのよ。」
そうですね。先程、彼の腕を斬った時も全く見えませんでした。
「けどね。仮にその居合いを掻い潜って翡無琥ちゃんに触れようとしたら…。」
したら?。
「翡無琥ちゃん。素手の方が強いのよ…。しかも、相手が信頼できる人じゃなかった場合、無意識で防衛してしまうの。」
え?。
ーーー
殴り掛かろうとした腕を掴み、身体を回転させ彼の体重移動による動きを利用し、身体の位置を入れ替え遠心力で地面に叩き付ける。
『がっ!?。』
『私の白杖…何処に、捨てましたか?。』
『ひっ!?。』
心螺のお腹に膝をつき胸に手を当てる。地面への衝撃で一時的に身動きが取れない心螺は為す術もない。
心螺の目には布で覆われた翡無琥の目が自分を睨んでいるように見えた。
『もう、終わりにします。スキル【崩墜砕破点】。』
『ぐっ!ぎゃぁぁぁあああああ!?!?!?。』
翡無琥にしか 視る ことの出来ない物体に備わる弱所の一点。そこを破壊されると物体は粉々に砕け崩壊する。
翡無琥は決して力が強い訳ではない。クロノフィリアでも筋力、腕力は下から数えた方が速いだろう。
だが、このスキルは魔力を込めた手のひらで軽く 点 を押すだけなのだ。
その破壊力は、心螺の骨を粉々に砕き、内蔵を破壊。翡無琥がいる位置を中心にリングが大きくひび割れた。
仮に建物向けてスキルを放った場合、一撃で建物を倒壊させることも出来る。
『えぇ!?またリングが!?…まあ、直せば良いかな。えーと、心螺選手は…ダメですね。勝者!翡無琥選手~。』
ーーー
『翡無琥ちゃん…。』
こんなに強かったんですね…。
「ふふ。驚いたでしょ?黄華。でも、結局、凄く手加減してたみたいね。」
でも、怪我がなくて良かったです。
「ええ。皆無事で終わってくれると良いのだけど。」
はい。そう願います。
ーーー
翡無琥はゆっくりと立ち上がると投げ捨てられた白杖を探す。すると、そのさ迷う手に白杖を握らせる人物がいた。
『お兄ちゃん…ありがとう。』
その人物は控え室から会場に来た閃。
『気にするな。良く頑張ったな。怪我がなくて良かった。』
『はい。けど、彼が。』
『はぁ。自分を殺そうとした奴の心配か?お前優し過ぎるだろ?。』
『…ごめんなさい…。』
『ははは。何も悪くねぇよ。俺はそんな優しい翡無琥が好きだからな。』
『え!?。』
『だから、こんな奴を、お前が気に掛ける必要は無いからな。【転炎光】。』
閃の手から放たれた3色の光が心螺の身体を元の状態に戻していく。
『ついでだ。【感情操作】。』
つつ美のスキルを発動。
心螺がクロノフィリアのメンバーに関係を持とうと行動した場合、強制的に恐怖の感情に支配されるようにしておく。
これで、復讐に走ることもない。
『これで良いだろう?。』
『はい。ありがとう。お兄ちゃん。』
『1人で戻れるか?。』
『はい。大丈夫です。』
翡無琥が控え室へ戻っていく。
そして、傷を癒したが未だ気絶している心螺は担架で運ばれて行った。
『さて、順番通りなら次は俺だろ?。』
『………。』
『おい?聞いてるのか?。』
『え!?あっ!すみません…あまりにも綺麗だったので思わず…。貴女は?。』
『セレナだ。次の試合はDブロックの第一試合だろ?。』
『あ…はい。そうです!。それでは先にリングを直しちゃいましょう!。土のエレメントよ。』
たちまち修復されるリング。
『それでは!続きまして!Dブロック!第一試合!赤コーナー!絶世の銀髪の美女!クロノフィリア所属!セレナ選手~。…って!?クロノフィリア!?。』
『おう!そうだ!。』
『そ…そうですか…。まぁ、今は試合が優先ですね!。では、青コーナー!赤蘭煌王が最強の男!自称 赤皇を越えた2代目ギルドマスター!火車選手~!って…あれ?選手が変わってる?。』
反対側の控え室へ続く通路から歩いて来たのは、先程の予選の時、閃達を強引にナンパしようとした4人の1人だった。
『てめぇ…奏他!殺されてぇのか?。』
『殺されるのは嫌ですよ~。』
『ふん。白蓮の野郎に言って選手交代して貰った。覚悟しろよ?銀髪!ギルドマスターになった俺の力…存分に味わわせてやる。』
勝利を確信しているような…自信に満ち溢れている火車が閃を指差した。