第90話 並行世界の神具
ついに開催された白聖連団が主催する能力者による武闘大会。
その第一回戦を飾るのは、白聖連団が最高戦力、白聖十二騎士団 序列3位 灰鍵と、隠していた素性を馬鹿正直に公開した、ド天然騎士道少女、クロノフィリア所属 春瀬。
両者の戦いは灰鍵の怒涛の攻めにより激しく開始された。
全身から放出した魔力を空気に混ぜ、周囲の大気を操作。追い風を発生させ高速移動でリング内を駆け巡る灰鍵。
追い風とは言っても通常に発生する風ではない。風に乗って…いや、風になっている。
かなり鍛え上げられている能力だ。身のこなしも良い。素早く無駄がない。
更に、一撃離脱を繰り返すことで春瀬に的を絞らせない。
『どうだ!我が風のエレメントの力は!。』
『なかなか良いですわよ!。』
『ははは!あのクロノフィリアにお褒めいただいたとはな!俺の今までの鍛練も報われるというもの!。』
移動の速さ。その一点だけは完全に春瀬を上回っている。
様子見なのか春瀬は防御に徹しているようだ。一度も反撃をしていない。それに、目では灰鍵の奴を追えているようだ。全ての攻撃を聖剣で防ぎきっている。
『ちっ!これも防ぐか!なら!これならどうだ!。』
双剣をクロスさせ刃に纏う両の風を融合させた。
『風の宝双剣!エリブエル!!!。』
『っ!?。』
特大の竜巻を春瀬にぶつける。
聖剣を盾に真正面から受け止めた春瀬だが、突風に後押しされた双剣の一撃は春瀬を数メートル後退させた。
『これでも…防がれるか…。』
『今のは素晴らしい攻撃でしたわ!私を、その場から動かす攻撃を喰らうのは、同じクロノフィリアのメンバーくらいでしたのに…。』
『………。』
荒ぶる強風が治まり、足を止める灰鍵。
『あら?。どうしました?。』
『いや、このまま戦っていても埒があかないと思ってな。悔しいがレベルの差は抗えないほど明確に突き付けられた。…俺がどう攻めようが君は完全に防ぐだろう?。短時間だが、身に染みて理解した。』
『それは、仕方がないこと。たまたま私がクロノフィリアで、貴方が白聖だっただけですわ。ですが、私の方こそ貴方に敬意を表します。能力を含め、その剣技。同じ騎士の道を歩む者として貴方は私よりも高みにいる。私以上に努力と鍛練を積み重ねたのでしょう。』
『ははは。ありがたい。例え敵であれ、己の歩んだ武の道を認められるのは嬉しいものだ。しかも、その相手が、かのクロノフィリアのメンバーと来た。誉れ高い。』
『ふふ。事実を言ったまでですわ。』
満足そうに笑う両者。
灰鍵は春瀬から距離を取り。再び双剣を構える。
『最後だ。俺が持つ最強の技を君に放つ。騎士として真正面からな。』
『分かりました。私も全力の一振で迎え撃ちましょう!真正面から正々堂々と!。』
春瀬もゆっくり聖剣を持ち上げる。
振り下ろす為だけに全力を捧げる上段の構え。
『………ははははは!。』
『なっ!?何で笑いますの!?。』
『いや、すまない。構えがあまりにも初心者過ぎて思わず…。』
『むっ!?失礼な!私、騎士を志してから1日、1万回の素振りを欠かしたことは、ありませんことよ!。』
『1万…。』
『私!この構えには少々自信がありますの!覚悟して下さいまし!。』
『ふふ。面白いな。君は…ますます俺の全力をぶつけたくなった。風のエレメントよ!。』
灰鍵を中心に周囲の風が集まっていく…風の鎧だ。
『行くぞ!我が最大の奥義!。』
『ええ!行きますわよ!スキル【剛腕力】!。』
『精風王撃!。』
全身を取り巻く球体状の竜巻。
双剣をクロスさせ春瀬に向かって突進した。
触れるもの全てを巻き込む風の濁流。上下左右、縦横無尽に吹き荒れる風は地面を抉りあらゆるモノを吹き飛ばしていく。
『覚悟っ!。』
交差させた双剣が真空の刃と共に解き放たれた。
『はっ!。』
春瀬の一刀。
単純に力を込めただけの全力の一振。速く。重い。
それを目視した刹那。灰鍵は全身に恐怖が走り抜けた。
避けられない。
そう直感した灰鍵。
聖剣は、灰鍵の纏う風など一切関係なく、あらゆる障害を無と化した。
『ぐっ!。』
風の鎧を形成されていた魔力が強引に破壊され形を保てず爆発した。爆音と共に巻き起こる爆煙が2人の姿を覆い隠した。
『こ…これは…何て破壊力…。両者の姿は爆煙で全く確認できません!。』
実況の奏他も困惑しているようだ。さっきまで黙って暇そうにしていたが、終わりが見えた途端テンション上がって実況を始めやがった。
『おおっと!煙が晴れて来ましたよー。ええっ!?リ、リングが…割れて…。』
リング上に居る2人の姿が確認できた。聖剣を振り下ろしリングに突き刺した状態のまま固まっている春瀬とリングに倒れている灰鍵。双剣は粉々に砕かれ、右肩から胸にかけてを切り裂かれていた。辛うじて身体がくっついていたのは、驚異的な反射で踏み込みを止め防御に切り替えたからだろう。
そして、何より会場の人間を驚かせたのは、春瀬の聖剣を基点にリングが真っ二つに割れ、片側が地面に埋まっていたからだ。
なんつぅ馬鹿力だ…。
『かはっ!。』
『驚きました。私の一振を 見てから 避けるなんて…初めてです。』
『はは、躱しきれなかったがな…。はぁ…はぁ…。見事な一振だった。』
『貴方も素晴らしい技でした。』
『…君と戦えたことを誇りに思う…今度は君の全力をみたいな…。』
『ええ。いつでも受けて立ちますわ!。』
『ははは。その機会はすぐに訪れると思うぞ?。』
『ん?。どういう事ですか?。』
『…時が来れば分かる。その時は、是非、本気で俺の挑戦を受けてくれると…ありがたい。』
『…ええ。約束しますわ!その時は全力で、お受けしますわ!。』
『…ああ。頼む。この戦い…俺の敗けだ。』
敗北を認めた灰鍵。
『ここで灰鍵選手が降参宣言!勝者ぁ!春瀬選手!!!。』
湧き上がる歓声。
1回戦目から白聖の選手が敗北することに観客達が驚いていた。
係員達がタンカーで灰鍵を運んでいく。
『やりましたわ~。仁さま~。光歌ちゃ~ん。見てくださいましたか~。』
モニターに向かって手を振る春瀬。
あろうことか仁さんと光歌の名前まで出して…。
『では、初戦でいきなりリングが壊される激しい戦いでしたので!まずはリングを直しましょう!土のエレメントよ~。リングを修理して~。』
リングに手をつく奏他。
リング全体に魔力は走り破損が修復されていく。あっという間に元の状態に戻ったリングの中央に上がりマイクを構えた。
『それでは~。どんどん行きましょう!。続いては~!Bブロックの1回戦!赤コーナー 美しい青髪を靡かせる女戦士~。代刃~。』
『あっ!僕の番だね!閃っ!僕頑張るね!。』
『ああ。気をつけてな。応援してる。』
『っ…うん!頑張る!』
嬉しそうに笑うと急ぎ足で控え室を出ていく代刃。はぁ…マジで、どうするかな…。胸の動悸が激しいわ…。
『戻りましたわ!閃さん!勝ちましたわっうちっ!?。』
笑顔で戻ってきた春瀬の頭にチョップを叩き込む。
『お前馬鹿だろ!何でクロノフィリアって堂々と宣言してんだよ。』
『………。ああっ!?っあうち!?。』
『ああっ!じゃねぇよ!。はぁ…俺が何のために…。しかも、仁さんや光歌の名前まで出しやがって…。』
『…うう。不覚ですわ。つい心が昂ってしまい…。』
『まあ、やっちまったことは仕方ねぇからな。これから気を付けろよ。』
『はい。ですわ。反省します。』
『ふっ。なら代刃の応援をしようぜ。』
『ええ。もちろんですわ!。』
モニターに映る代刃がリングに上がっていく。
『対するは~。青コーナー。ギルド、赤蘭煌王が最高戦力~九大王光が1人~。塊陸~。』
リングに上がる長髪の男。
『よぉ。さっきはどうも。クソ女。』
『あっ!?君はさっきの…ナンパの人。』
『あの銀髪の女といい、てめぇといい。俺等に舐めた態度とりやがって、覚悟しやがれよ?。』
『ふん!君達が無理矢理誘って来たんじゃないか!僕は君達に興味は無かっただけだよ!。』
『少し見た目が良いからって俺等の誘いを断れる理由にならねぇんだよ!』
『そんなの知らないよ!。』
『まあ、良いさ。この戦いの後、跪いて俺に許しを乞うことになるだろうさ。』
『そんなことにはならないよ!どうしてそんなに上からモノを言うんだよ!。』
『そんなもん!俺が強えぇからに決まってるだろうが!。』
肩に担げる程の巨大な斧を出現させる塊陸。
その重さに足がリングに埋まった。
『まずは両足を叩き斬って動けなくしてから、俺等の誘いを断わったことを後悔するまで辱しめてやる!。』
『そんなことさせないもん!。』
『なにやら、2人の間に何かあったようですね~。この試合も目が離せないですね!。では、第2試合っ!始めっ!。』
試合開始直後、ドッドッドッドッとリングに足跡を残しながら距離をつめる塊陸。
『らっ!!!。』
振り下ろされる斧を全力で跳んで躱す代刃。
『もう!いきなり乱暴だよ!お願いっ!良いの出てっ…神具っ!【並行世界接続門】っ!注入する魔力は8だよっ!。』
宙に跳んでいる間に神具を展開する代刃。門に10段階に区分けした魔力を送り込むことで並行世界に存在する神具やスキルをコピーし、10分の1の能力で一時的に召喚、獲得できる。
そして、今回送り込んだ魔力は8。何が出るか…。
『えぇと、スキル【鑑定眼(神具)】。』
これで出現したモノの効果を知ることが出来るスキル。
『えっ!?。あっ!?マズイ…ねぇ君!とっ!マイクの娘!今すぐ全力でジャンプして!速く!お願い!。』
空中で必死に塊陸と奏他に叫ぶ代刃。
『え?私もですか?。』
『何言ってやがる?そんなに高く跳びやがって、着地の時が、てめぇの最後だ。俺はただ待ってるだけで勝利よ!。』
『んんー。私は何となく彼女に従いましょうか。ジャーーーーーンプ。!』
『速く。早く。このままじゃ…あぁ…ダメだ…。』
代刃が先程まで居た場所の空間が歪んでいく。歪みは徐々に広がり、リングや周囲の破片や小石が小さな魔力の粒子になって消えていく。
それはリング全体に広がっていき、全てを粒子に変換していった。
そう全てだ。リングに上に居た塊陸も例外ではなかったのだ。
『なっ!?何だこれ?腕が?足が?はぁ?消えてくだと!?てめぇ!何しやがったんだ!?。』
最初に消えたのは手に持つ斧だった。
次に足…手…腰…胸…最後に…。
『止めてくれ!死にたく…ね…ぇ。』
頭が粒子になって消えた。
分解され、粒子になった魔力は次第に集まり、やがては結晶の柱が聳える塔が形成された。
・神具【クラリアクゥポォト】
属性 空間支配
周囲の物質を魔力の粒子に分解、再構築し結晶塔を造り出す。
『ひえぇぇぇえええええ…塊陸選手が消えちゃった…。』
『うう。殺すつもりはなかったのに…。』
リングが無くなって地面が現れた場所に着地する代刃と奏他。
『え…っと、代刃選手はリングアウトですが、塊陸選手の方が先に戦闘不能状態となりましたので、この試合は…代刃選手の勝利でーす!。』
目の前に起きた出来事に言葉を失っている観客達。何とも言えない表情で、そそくさと控え室へ逃げ帰る代刃だった。
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ーーークロノフィリア拠点ーーー
拠点にいるクロノフィリアメンバーも会場の観客達と同じように言葉を失っていた。モニター越しで見ていた光景はクロノフィリアメンバーにとっても信じられないモノだった。
『久し振りに代刃の能力を見たが…またとんでもない神具を引き当てたな…。』
『前から思ってたが…異世界の神具強すぎね?。』
『あれで10分の1の能力なんだろ?。』
『ったく、何処の誰の神具だよ!あれっ!。傍迷惑な。』
代刃の呼び出す神具は、必ず何処かにある並行世界に居る 誰か の所持品である。10分の1の能力のコピー物でありながら、その能力はクロノフィリアメンバーが所有する神具に匹敵する。
先程の映像で流れた結晶の塔もそうだ。10分の1の能力で、あのリングと周辺のモノ全てを巻き込んで発動した。
なら、本来の威力だったら…。リングどころか会場とその周辺の全てを消し去っていたことだろう。
『まぁね。僕らじゃ、並行世界なんて干渉できないし、代刃ちゃん自身も何処の誰のモノかも知ることが出来ない。そんな曖昧さの上で獲得した神具だからね。能力のピーキーさで言えば僕らの中でもトップクラスだろうね。』
あの周囲を巻き込む能力が使われたのなら味方側でも堪ったものではないだろう。おそらく、防御不能だろうし。
『それより~。代刃ちゃんが~。女の子の姿で~。出てきたってことは~。閃ちゃんに~。ちゃんと~。言えたんだね~。』
『そのようじゃな。やっと自分の気持ちに正直になったということか…。』
『ただ、偶然バレちゃった可能性もあるよね…。』
『姉さん…。そんなこと言っては…。』
『代刃お姉ちゃんは、お兄ちゃんの女の人の姿に似てるね。』
『閃ちゃんの~。女の子の姿は~。閃ちゃんと灯月ちゃんが~。考えた~。理想の女性の姿なんだよ~。その姿に~。似てる~。代刃ちゃんは~。閃ちゃんのとっても好きな姿なの~。』
『お兄ちゃんは代刃お姉ちゃんが好きなの?。』
『悔しいが、ドストライクじゃろうな…。…ぅぅ、旦那様ぁ…。』
『大丈夫よぉ~。閃ちゃんは~。睦美ちゃんを~。誰よりも~。信頼してるから~。』
『っ!?…本当ですか!?。』
『ええ~。だから~。安心してね~。』
『…はいっ!お義母様!。』
『あらあら~。可愛いわ~。』
『つつ美さん!私は!?。』
『私も。知りたい。』
『ふふ。み~んな。私の娘よ~。幸せ~。2人も大丈夫よ~。智鳴ちゃんと~。一緒にいる時の~。閃ちゃんは~。とてもリラックスしてるわ~。氷姫ちゃんと~。一緒にいる静かな時間も~。閃ちゃんの~。お気に入りなのよ~。』
『そうなんだ…やったっ!。』
『ふふ。私もお気に入り。』
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