第8話 炎天の妖狐
ゲーム エンパシスウィザメントには、数多くのスキルが存在する。
スキルの種類は大きく分けて2種類。
ゲームスキルとオリジナルスキル。
ゲームスキルは、種族によって入手出来るモノが決まっている。ゲーム内に予め用意されていて効果も単純なモノが多い。
一方で、オリジナルスキルは、プレイヤーが自由に作ることが出来るスキルだ。
プレイヤーは、初期の段階でゲームスキルを1から5つ取得した状態からゲームを始める。
そして、レベルが10上がる度にゲームスキルとは別に独自のスキルを獲得することが出来る。
レベルが10の桁になると、プレイヤーの画面にテキスト入力画面が現れ、その画面に獲得したいオリジナルスキル名と能力内容を記入する。
そして、記入したスキルを獲得するために必要な素材やミッションなどが提示されるのだ。
簡単なスキルならスキルポイントを使用するだけで獲得することが出来るが複雑な能力や強すぎる能力を得るにはそれに伴った難易度の任務が与えられる。
クロノフィリアのメンバーは全員がレベル150。つまり、全員が最低でも15個のオリジナルスキルを持っている事となる。
戦闘においてスキルの多さはそのまま戦況を左右する程の重大な要素になり、MAXレベルが120の他のギルドよりも抜きん出た存在となっている理由の1つでもある。
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何事もなく無事に廃ビルの中に潜入出来た30人の部隊があった。
目的地である、クロノ・フィリアメンバーが集う店がある区画まで繋がるビル内部、複数のビルは地下の通路で行き来することが出来るようで30人は無人の階段を地下の通路に向かい音もなく降りて行く。
『副隊長、上手く潜入に成功しましたね。』
『ああ。狂渡隊長は数人の隊員だけで正面から潜入するみたいだ。あんな敵陣に突っ込むやり方は俺には真似できんよ。せいぜい無駄死するだけさ。』
『隊長の考え方は理解できませんね。』
『あの人は、ただ自分が良ければそれでいいからな。単純なのさ。それに、今回の相手は謎が多すぎる。下手に突っ込もうモノならどうなるか分かったもんじゃないさ。と。着いたな。地下通路の入り口だ。』
たどり着いた地下通路の入り口。
それは、ただただ真っ直ぐに延びているトンネルだった。数百メートルはあるだろう。
『長い道ですね。向こう側が見えません。』
『明かりが点いているし使われてはいるようだな。』
『そうですね。どうします?』
『進む…しかないな。』
『了解です。』
30人いるメンバーの内、3人が先行し残りが列でゆっくり進んでいく。先行の3人が罠などを探りながら部隊を誘導していく。
『何もありませんね。』
『ああ。不気味だが、ただの運搬用の通路なのかもしれないな。』
『副隊長。』
『どうした。』
隊員の1人が呼び止めた。
『すみません。何か気温…暑くないですか?』
『え?』
確かに警戒心に気を取られていたが、夜の、しかも地下だというのに頬に伝うくらいの汗をかいていた。
『何だ…この異常な暑さは…』
『副隊長、あれを。』
『ん?』
部隊全員の視線が一ヵ所に集中した。
前方に見える人影。
着物のような、チャイナドレスのような、揺ったりとしながらも身体のラインが分かるような独特な服装の少女。
頭には狐の耳、お尻からは狐の尾がある。しかも、耳も尾も青白く揺らいでいた。
見た目からの特徴で分かる種族はレア種族、天炎妖狐族。妖狐族の上位種に該当し、聖魔翼族には及ばないものの100人くらいしか確認されなかった種族だ。
そして、衣装の隙間、腹に刻まれるⅦの刻印がクロノフィリアメンバーの証であることを示していた。
『君はクロノ・フィリアメンバーなのか?』
『………はい。貴方たちの敵です。』
『そうか。つまり、君を倒さないと先に進めない。そういうことか?』
『………はい。』
『わかった。』
副隊長の男が手の動きで29人の隊員に命令する。
出したサインは、
全員で一定の距離を保ちつつ、相手の能力を分析、弱点を探りながらの持久戦だった。
『行くぞ!』
『はっ!』
30人の戦士が少女に攻め込んだ。
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戦闘が開始して30分が経とうとしていた。
30人の精鋭たちは各々で驚愕していた。
『強い…これがクロノ・フィリアか…』
波状攻撃のヒットアンドアウェイ戦法を行っている30人。
10人ずつのグループに分かれ、10分毎に交代。
一人が攻めれば、死角にいるもう一人が間髪いれずに攻め立てる。
それが30分続いているのだ。
だが、今だに目の前の少女を攻めきれないでいる。
口数の少ない彼女が口にした言葉。
おそらくオリジナルスキルの名称であろうが、そのスキルによって部隊全体を圧倒していた。
『炎舞葉…』
それが彼女の発動したスキルだった。
揺らめく炎のように、風に舞う木の葉のように実体を掴ませず舞うような動きでユラユラと陽炎のように戦っている。
攻撃そのものが幻を攻撃しているような手応えの無さ、命中しそうな攻撃も両手に持つ扇子で受け流される。
『副隊長、ラチがあきませんよ。』
『隊員たちの体力も減ってきています。』
『くっそ!当たらねぇ。』
副隊長の男は隊員たちの言葉を聞き入れ短期決着の作戦を即座に考えていた。
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『うぅ。怖そうな男の人が沢山いるよぉ。私1人じゃ無理だよぉ。閃ちゃん…助けてぇ。』
複数の侵入者から少し距離がある隠し通路の中に狐の少女 智鳴 がいた。
現在、侵入者30人が戦っているのは、智鳴のスキル 炎舞 炎傀儡 。
炎で出来た自分そっくりの分身を作り出し、ある程度、独立して動かすことが出来るものだ。
身体能力は智鳴本人とほぼ同じ、スキルは今発動している 炎舞葉 しか使えない。
炎舞葉は、侵入者たちが感じているように実体に空気の温度差による蜃気楼に似た現象を作り出し撹乱するスキルで、1対1は勿論のこと1対多数の両方で扱いやすいスキルだ。
もともと戦闘向きの性格ではない智鳴は戦闘の全てを傀儡に任せ本体は物影から自分の分身を応援していた。
そんな状況が30分続いている。
『智ぃちゃん。まだ、やってるの?』
『氷ぃちゃん。』
後ろから声をかけられた智鳴は声の主を一瞬で言い当てる。
声をかけたのは 氷姫 だった。
智鳴が勢いよく抱き付くと氷姫も優しく抱き締めた。
『うぇぇん。もう、怖かったよぉ。男の人ばっかりだし、閃ちゃんもどっかに行ってるしぃ。』
『侵入者、早く片付ければ?』
『だって、男の人、怖いもん。』
『ふぅ。相変わらず、だね。』
智鳴はクロノ・フィリアメンバー以外の男が苦手で視界に入れることすら恐怖して逃げてしまうほどの男嫌いだった。
『そう言う氷ぃちゃんは、どうしてここにいるの?持ち場は?』
『終わった。変なカッコしたの入って来たから、全部、凍らせて、砕いてきた。』
『相変わらずは氷ぃちゃんでは?』
氷姫は、クロノ・フィリアメンバー以外は完全に眼中にない。どうなろうと気にすらしないので大抵のことは凍らせて砕いて終わらせてしまう。
『ああ。でも、もう、終わりそう。』
戦闘の様子をチラリとみた氷姫が声を溢す。
『え?どうして分かるの?』
『あのリーダー、みたいな人、捨て身で、動くみたい。』
『あぁ。ちょっと離れた方が良いかな?』
『そうね。『あれ』は、私でも、防げない。』
智鳴と氷姫は隠し通路の奥に入っていった。
『副隊長!何を?』
この30分余りの攻防で少女の行動パターンを分析した副隊長の男が、一瞬の隙を突き分身の背後を取った。
分身から放出される強烈な熱気と体温に男の身体が重度の火傷を負っていく。
『ぐっ…全員でかかれぇ!』
自らを犠牲にしたその叫びに隊員たち全員が拘束された分身へ攻撃を加えた。
ある者は剣で、ある者は槍で、己の持つ最大の攻撃が分身に命中した。
『やった!倒したぞ!』
誰かの声。喜びを含んだ声に皆が安堵し胸を撫で下ろした、その時だった。
キュィィィィィィイイイイイイイイ!
分身を構成していた核に魔力が集束。一瞬で臨界に達すると侵入者たちは逃げる間もなく巻き込まれることになる。
分身の消滅とともに発生する大爆発に。
『し、しまっ…』
周囲は高熱の爆風と炎に呑み込まれた。
あらゆるものを燃やし、溶かし、吹き飛ばす。
『やっぱり、えげつない。』
爆炎の過ぎ去った中に氷の壁だったモノが残り砕け落ちた。
隠し通路の奥には、通路から50メートル程行くと監視用の小部屋がある。
氷姫は、通路の入り口から小部屋までの50メートルの間を隙間なく氷の壁で埋め尽くした。しかも、ただの氷ではなく、氷姫の全魔力の半分を消費し最高の硬度と冷却能力を持った壁だったのだが。が、残ったのは、数センチの氷の欠片のみ。それ以外は溶けて無くなってしまった。
『結構、頑張って、作った、壁、だったのに。』
『むぅ。怖いよぉ。死んじゃうところだった。』
『この、能力、考えたの、智ぃちゃん?』
『ち、違うよ!こんな怖いの想像も出来ないよ!考えたのは灯月ちゃん!』
『…ああ、納得した。』
氷姫を先頭に2人は大通路へ出る。
ここの壁や天井、床は魔力を吸収し分解する特殊な素材で出来ている。先程の爆発でも傷1つつくことは無かったようだ。
『何も、無い。』
『うぅ。傀儡さんに勝てないって分かれば逃げ帰ってくれると思ったのに、あんな方法で倒そうとするなんて…。』
爆発で侵入者は跡形も無く消滅してしまったようだ。逃げ場の無い1本道で、しかも至近距離での大爆発に巻き込まれたのだ。塵1つ残っていなかった。
『一件落着。』
『えぇ。後味悪すぎるよぉ。』
『こんな、弱肉強食な、世界で、私たちに、喧嘩、売った、これが、必然。』
『氷ぃちゃんは、変わらないね。』
『……。智ぃちゃんも、変わらない。』
お互いに笑い合い。
『まあ、でも。氷姫ちゃんの言う通りだよねぇ。ウチらに喧嘩売っておいて無事で帰れるわけないしねぇ。』
『出た、黒智鳴。』
突然、持っていた扇子で口元を隠した智鳴が鋭い視線でそんなことを言い出した。
『苦しまないで一瞬で消し炭になれたのだからウチに感謝して欲しいくらいだよねぇ。ふふふ。』
扇子に隠れた口元は怪しげに笑みを浮かべ満足そうに笑う智鳴。
『相変わらず、突然、替わるね。』
『はっ!?』
そして、急に驚いた様に扇子を落とし両手で顔を隠す智鳴。
『また、なっちゃった。』
『これも、灯月?』
『そう…智ぃ姉さまは優しすぎるからこんなスキルはどうでしょう?って言って作ったスキルで 性格変化・戦闘狂 って言うの。ゲームだったらオンオフの切り替えが出来たのに…この世界になってからはコントロールできないんだよぉ。』
『初めて、見た時、驚いた。急に、発言が、過激に、なったから。』
『ごめんね。氷ぃちゃん。』
『大丈夫、慣れた。』
『閃ちゃんにはこのスキルのこと言わないでね。内緒なの。』
『ん、言わない。でも、閃、知ってるよ。』
『え?本当に?』
『うん、もうだいぶ、前から。』
『は、はは。ははは…。』
何とも言えない表情のまま渇いた笑いしかできない智鳴と何事もなかった様にポケットから本を取り出す氷姫。
二人は会話もなく集合場所へ戻るのであった。