第81話 黒い男の目的
神無ちゃんの影の中で見た光景。
ボロボロの身体で傷付きながらも、もっとボロボロの煌ちゃんを庇おうと黒い男の人の前に立ちはだかる神無ちゃんの姿。
急がなきゃ!。
『行くよ!』
そう思い私は自分の神具に跨がりフルスロットルで影の中から飛び出した。
『神無ちゃん!煌ちゃん!。』
2人を神具に乗せ黒い男から距離を取った。
『姉さん。ありがとう。』
『機美…遅せえよ…。』
『ごめんね。2人とも。後は任せて!神無ちゃん、煌ちゃんを連れて私の影に入っていて。』
『ええ。気を付けてね。姉さん。』
『うん!私!少し怒ってるからね!あの黒い人絶対倒すから!影の中で見てて!。』
『…頑張って…。何か、あればすぐ戻るから。』
神無ちゃんは煌ちゃんを連れて影の中に消えていった。
『お前は、居なかったな。何処から現れた?。』
『何処だって良いでしょ!それより、よくも2人をボロボロにしてくれたね!許さないから!。』
『許さない。だと?。意味の分からないことを…私はバグとバグの仲間を倒すために此処にいるのだ。そのバグの仲間の感情など知る必要は私にはない。』
『良いもん!私が勝手に怒ってるだけだから!貴方は勝手に私にやられちゃえば良いんだ!。』
『ほぉ。私を倒すと?先程の男でも今の私を倒すことが出来なかった。お前に私が倒せるとでも言うのか?。』
『やるからには勝つよ!。』
ーーー
影の中で機美と黒い男の会話を聞いていた神無と煌真。
『機美は大丈夫か?引きこもり生活で2年ぶりの戦闘だろ?。』
『何言ってるのよ。姉さんが戦闘でクロノフィリアメンバーの中で何番目に強いか知ってるでしょ?。』
『ちっ…どうせ…俺は負けたさ。』
『まあ、私もだけどね…。』
クロノフィリアで強さの順位。
単純に能力と戦闘技術で比べる1対1での戦い。その結果、総当たりでの勝利数の数で順位をつけるとした場合。
一位は当然 閃 になる。
続いて2位は 無凱 。
そして、3位は…。
『姉さんは強いわよ。』
機美となる。
ーーー
『戦闘モードに移行。』
自分の深層意識にあるスイッチを入れる。
これは、閃ちゃんが男の子の姿から女の子の姿に変わる時のやり方と同じらしい。
アイテムBOXを兼用している【電脳格納庫】からヘッドギアと2本の棒状の機械を取り出す。
スイッチを切り替えたことで私は機械的に何よりも効率的に行動することが出来る。
『圧縮光学刀…レーザーソード。神具…重装甲ホイール変形…人型へ。』
棒状の機械からレーザーが放射される。
そして、私の神具…二輪の大型バイクが変形し女性型のロボへと姿を変えた。
『機械の人形か…面白い。はっ!。』
煌真の時と同じ初動の動き。
滑るように移動し拳を叩き込む動作。
この動作は神無ちゃんの影の中で観察した。
『スキル【思考加速】【並列思考】【高速演算】起動。』
【思考加速】で、周囲の現象はゆっくり、スローモーションで見えるようになる。
【高速演算】で、周囲の状況から起こり得る可能性の高い結果を予測する。
【並列思考】で、様々な可能性を導き出す。
この3つのスキルを組み合わせることで相手の行動を予測し対処する。
私は目の前の男の人が放つ腹を狙う右の拳を紙一重で避ける。その動作は非常にゆっくりと私の目には映って動いている。これが【思考加速】の効果。
そして、その動きと僅かにブレるように複数の男の人の姿が見える。これは【高速演算】と【並列思考】の効果。
男の人がこれからする行動の予測による先読み。ブレ1つ1つが彼の今までの行動から演算し導き出された行動予測。数百以上のブレは彼の行動が進むにつれ再演算により徐々にその数を減らし最終的に1つとなる。
見えたブレと同じ動きで重なる突き出された腕の側面を開放した肘のブースターから魔力をジェット噴射の如く勢いで放出。男の人の腕はその勢いで弾き飛ばされ身体の体勢を崩した。
そのままブースターの推進力を利用し身体を回転。手に持つレーザーソードで男を斬り裂く。
『ぐっ!?速い!?。』
僅かに身体をずらした男の人は辛うじてレーザーソードの刃を避け、私との位置関係に不利を感じて距離を取ろうとする…。
けど、その行動も予測済み。
『予測と一致。追撃。』
私の機械の腕は自在に間接を折り曲げたり切り離したりすることが出来る。
レーザーソードを持つ腕を折り曲げ更にレーザーソードの出力を上昇。刃が伸びたことで不意を突かれた男の人の左腕腕の切断に成功した。
『ぐっ…。変則的過ぎる…。』
『まだ。』
私は両手を切り離し有線で繋がっている手を自由にコントロール。不規則に宙を動く手と自在に刃の長さを変えるレーザーソードを驚異的な反射神経で躱していく男の人。
『この技、確かに受けるのは難しい。だが、懐に入りさえすれば、無防備な胴体が弱点だ!!。』
レーザーソードを掻い潜る男の人が私に迫る。
『もらった!。』
『クリスタル内…魔力チャージ完了。エネルギー砲…発射!!!。』
『なっ!?。』
目と鼻の先まで迫った男の人は、私の胸元に埋め込まれたクリスタルから放たれたエネルギーの放出に至近距離で巻き込まれた。
『追撃。』
人型に変形した神具の両腕から連続発射される魔力弾がエネルギー砲で吹き飛ばされた男の人に更に魔力弾の雨が降り注ぐ。
『まだまだ。』
両腕を突き出し手の平にあるクリスタルから極大の魔力砲撃を放つ。
直線上の木々を薙ぎ倒し弾丸の雨を受け続ける男の人を呑み込んでいく。
『トドメ!。』
神具の全身に仕込まれた大小様々なミサイル、レーザー、ビーム、実弾とビームのガトリング、大型キャノン砲撃、グレネードランチャー等々…が一斉射撃により森を破壊していった。
ーーー
爆炎に侵食されていく森林。
環境破壊以外の何ものでもない現状に言葉を失いつつ会話を始める煌真と神無。
『やりすぎじゃね?。』
『でも、これでも多分倒せていないと思うわ。』
『久し振りの戦闘なのに躊躇いが全くねぇ…。』
『これが姉さんの強さの秘訣なのよ…戦闘が始まったら妹の私にでさえ容赦なく攻撃してくるわ…。』
『怖えぇな…。』
『ええ、そうね。』
ーーー
『駄目押し。』
2本のレーザーソードを連結させ、背中から伸びるエネルギー転送装置を接続。超巨大な高出力レーザーソードを大地に振り下ろした。
ドゴーーーーーーーーーーーーーーーン!。
…と、大きな音と衝撃を周囲に撒き散らした。
ーーー
『………。まだ、やんの?。』
『これが…姉さんよ…。』
『普段の泣き虫な姿は?。』
『あれも、姉さんよ…。』
『……………。』
ーーー
『戦闘モード。一時停止。スリープモードのまま待機。…ふう。あっ!ああああああああああ!また、やっちゃったよぉ…。どうして私はいっつもやりすぎちゃうのよぉ。』
メラメラと燃え上がる森と焼き焦げた大地を見ながら泣き始める機美。
『姉さん…。』
『機美…。』
影から姿を現した煌真と神無が遠巻きから声を掛ける。
『神無ちゃん…煌ちゃん…。やっちゃった…。』
『ええ。見てたわ。』
『ああ。見てた。』
『だよね~。うぅ…。』
機美が鬱モードに入りかけた時…炎の中からゆっくりと立ち上がった黒い男。
『恐ろしい破壊力だ。戦闘ではなく殲滅を主眼を置いた能力か…私とは相性の面でも優位に立っている。』
ボロボロの身体で歩いている黒い男が少し嬉しそうに近付いて来る。
『くっ!?まだ!動けるの?。』
『いや、無理矢理に干渉を強めた影響だ。暫く戦闘は出来ない。よって戦闘の意思は…もう私にはない。』
『なら…どうするんだ?。』
『1つ。確認したい。』
『え!?私?何!?。』
黒い男が機美を見て言う。
『今の戦闘…全力か?。』
『ど…どういう意味?。』
『まだ。上の攻撃方法があるのかと聞いた。正直に答えて欲しい。』
『あ、あるよ!。』
『…確かか?。』
『うん!まだ神具の能力を使って無いもん!。』
『…そうか。ははははは。』
『何コイツ…急に笑い出して…。気持ち悪い…。』
『キャラ変わってねぇか?。』
突然、笑い出す黒い男に困惑する3人。
『お前達とは私の全力で戦いたくなった。お前達の 全力 とな。』
『俺はさっき全力だったぞ?。』
『 この世界 ではそうだろうな。だが、それでも…あれだけの力を発揮できるのだ。…はは、アイツ等が私達を裏切ってお前達に協力する理由が少し理解出来た。』
『この世界では?。』
『何を言っているのですか!!!。』
その様子を見ていた端骨が会話に割って入る。
『む?。』
『貴方ほどのお方がそのような世界の秘密を敵に教えるなど!それは裏切りではありませんか!』
『教えてなどいない。私は彼等の全力と戦いたいだけ。その為の言葉を紡いだだけだ。それが私の新たな目的を達成させる結果へと繋がるからな。』
『…まったく、勝手な方だ。』
『世界の秘密など貴様も全貌は知るまい?ならば、貴様が怒りを表すことの方が間違いだ。』
『ちっ…分かりました。それで?彼等をどうするのですか?この場をどう収めると?。』
『端骨!。』
少女の声が響いた。
『おや?これは、これは…美緑様。お元気そうで何よりです。』
『っ!よくも、ぬけぬけと…。』
森の茂みから現れた美緑。
『珍しいな。煌真、ボロボロじゃねぇか?。』
『ははは、旦那。下手っちまった。』
『神無も、よくやったな。見ていないが、その姿で大体分かる。』
『はい。主様…。』
『そして、久し振り。機美。元気そうで良かった。』
『閃ちゃぁぁぁぁぁあああああん!!!。』
『おっと!?。』
遅れてやって来た閃。
閃に泣きながら抱きつく機美を頭をポンポンと撫で、後ろにいる睦美に目配せをする。
『畏まりました。旦那様。煌真さん、神無さん、機美さん。そこに集まって下さい。』
『え!?睦美ちゃん?そんな喋り方だったっけ?。』
『まあな。色々あったんじゃよ。説明は後にして先に傷を治してやる。機美は魔力の回復じゃ。』
『その喋り方も記憶に無いよぉ!?。』
『ええい!喧しいわ!【転炎光】!。』
再生の光に包まれ傷と魔力が癒える3人。
『あれが、バグか…。』
その様子と閃を見つめる黒い男がボソリと呟いた。
『端骨!皆をどうした!。』
『律夏さん達は?。』
『砂羅さんと累紅さんも一緒でしたか?丁度良い。貴女方が探している仲間達は此処ですよ?。』
端骨の後ろに並ぶ八龍樹皇の4人。
『兄さん…。』
全員が立ち尽くしているだけの状態。一点を見つめ目に光が宿っていない。
『累紅さんは見ていたではないですか?彼等に何があったのかを。』
『そうだね。そこの黒い男が指を鳴らしたら皆が倒れた。気付いてたんだ私が見てたの?。』
『ええ。もちろんですよ。貴女を見逃せば美緑様に伝わるでしょ?現に美緑様を連れて来たではありませんか?計算通りですよ。』
『私に何かご用でしょうか?。』
『ふふふ。』
薄気味悪い笑みを浮かべ、どす黒い瞳で美緑を見下ろす端骨。
『私はね。感謝しているのですよ。貴女には。』
『か…感謝?。』
『貴女が私を追放してくれたお陰で私は彼等に出会え、世界の真理の片鱗を垣間見えました。驚きですよ?世界はこんなにも広くで強大な力を持っていたのですから。…ですが。1つ、どうしても許せないことがあるのですよ。』
『っ…。』
端骨の瞳には美緑への憎悪がひしひしと宿り、その瞳で美緑を睨む。
『確かに私は私欲で部下を利用して失った。ギルドにも損失を与えたことでしょう?ですが、私を追放した理由もまた、貴女の私欲だったようですね~。』
『………。』
『ですから、決めたんです。私からギルドの全てを奪った貴女の全てを奪うと。』
『私の…全てを…奪う?。』
『ええ。そうです。まずは貴女の大切な仲間と家族を奪いました。見てください彼等を。彼等はもう元には戻らない、壊れ…ただ私の命令でのみ動く人形です。ほら、逆立ちしなさい。』
端骨の言葉に律夏を含め5人が言われた通り逆立ちをする。
『そ…そんな…。お兄ちゃん…。』
実の兄の悲しき姿を目の当たりにして、その場に崩れる美緑。
『そして、既にこの支配エリアに住む全ての住民、ギルドメンバーは彼等と同じ状態だ。バグを倒すだけの存在に…人形になったのです。元に戻す方法は無く、止める方法は命を奪うしかない。美緑様も現在、バグの影響を少なからず受けているご様子。もし、このままギルドに戻るようなら出会う人間全てに命を狙われることでしょう。貴女達もですよ?砂羅さん、累紅さん?。』
『何て、ことを…。』
『酷い…。』
『ふふ。今の私の目的は貴女を殺すことです。美緑様…いえ、小娘。貴様のような小娘に私の人生は一度滅茶苦茶にされたのだ。この屈辱を許すことなど出来ようか?いや、出来ない!ならば、この手で必ず小娘…お前を殺してや…ッブッ!?!?。』
長々と話す端骨の顔面を殴り飛ばす閃。
『お前と美緑の 私欲 は全然ちげぇよ!クソが!。』
木の上から地面に叩きつけられる端骨。
『閃…さん…。』
『ギルドの為を思い、仲間を思ってしたお前の行動が間違ってる訳ねぇだろう?ギルドマスターとしても、家族としてもお前は正しいよ。美緑。』
『…はぃ。』
『な、何をするバグの分際でぇぇぇぇええええええ!この私を殴りやがってぇぇぇぇええええええ!!。』
『おい。』
『え!?。』
端骨を睨む黒い男。
『お願いです。アイツを…あのバグを貴方様の手で倒して下さいぃぃぃぃいいいいいい!!。』
『黙っていろ。』
『はえ?。』
『黙れ。そして、消えろ。』
『は…はぃ…も、申し訳ありません…。』
端骨は八龍樹皇のメンバーを引き連れ、その場を離れていく。
入れ替わるように、閃に近付いて来る黒い男。
『………。』
『………。』
睨み会う閃と黒い男。
『お前がクリエイターズって連中のメンバーか?。』
『そうだ。お前がバグ…クロノフィリアの閃だな?。』
『ああ。で、どうする?あの馬鹿の言う通り、お前が俺と戦うのか?。』
『…ふ。そんなことはしない。そっちの3人との戦闘で私の身体も限界だ。今の状態ではお前と戦っても戦闘にすらならずに殺されるだろう。』
『なら?どうする?言っとくが逃がす気は無いが?。』
『…成程。お前とも楽しそうだ。ははははは…私の目的はお前達と全力で戦うこと。その為にはここでお前と戦う訳にはいかない。そこでだ。これをお前にくれてやる。』
『っ!?お前…これ…。』
男の手に握られたリスティナの宝石。
『取引だ。ここで見逃してくれるのなら、このリスティナの宝石はお前のモノだ。だが、お前が断れば、この場でこれを破壊する。』
『ああ。そう言うこと…。』
『…。』
『…。』
暫しの沈黙。
『ふ。良いぜ。最初からここに来た目的はその宝石だ。そっちがくれるって言うんなら、ありがたく貰っとくぜ。だが、良いのか?お前等にとっても必要なモノなんだろう?。』
『いや、私の独断だ。目的の為には、これを渡すのが一番速いからな。』
『…変な奴だ。』
『だが、私の最終目的はお前達を滅ぼすことだ。それだけは変わらない。』
『敵であることは変わらないか…。』
『そうだ。』
閃に宝石を投げ、背中を向ける黒い男。
『皆、一旦ここを離れるぞ。』
閃は女の姿に変わると急いで 箱 を出し全員を放り込んだ。
『あれが、バグか…ははははははははは…。』
クロノフィリア側が居なくなった森の中、黒い男が閃達の消えた方を見ながら満足そうに笑う。